コープス・リバイバー
彼奴は俺の親友だった。そして妹の想い人だった。だが、彼女の想いに彼奴は首を縦に振らなかった。
俺はその時、「理由は何だ」と問い詰めた。彼奴は傷ついた瞳をした。
何でそんな目をするんだよ。泣きたいのは妹の方だ。
そう言ってやろうとして、彼奴の胸倉を掴んだ。彼奴は俺の勢いに動じるどころか、哀し気に俯いた。
「……俺は」
彼奴はそう呟いて、それから黙った。黙り続けた。
俺は抜け殻の様な彼奴の様子に、掴んだ彼奴のシャツからそっと手を離してしまった。俺が付けた皺が目に映る。
不意に彼奴が俺を見た。透き通った瞳で、俺を貫くように、真っ直ぐ。
震える彼奴の唇。何処か青ざめている様にも見えた。
「……俺、俺……。……もう、会えない」
「は?」
俺が聞き返す間も無く、彼奴は踵を返して走り去った。
それが、最期だった。
次の日。
高校の朝学活で。彼奴の訃報が伝えられた。
自殺だった。
一瞬、何のことか分からなかった。頭が真っ白になって、それからゆっくりと担任の言葉を脳が咀嚼した。
何故。
たった一言が俺の頭に浮かんだ。
思い当たる節は、俺との喧嘩。昨日の。
俺の、所為?
ハッとした時には教室は静まり返っていて、担任が持ってきていた花の活けられた花瓶がコトリと彼奴の席に置かれたところだった。
涙する者。呆然とする者。様々だった。
非日常になってしまっても、授業はやらねばならないらしい。
その後は気まずい空気のまま、一日が動き出した。
放課後、俺は担任から呼び出された。
「……これ、山本のご家族から久隅へって」
渡されたのは一通の手紙。シンプルなクリーム色の封筒だった。封は閉じられている。
「遺書とは別にあったそうだ。もし何かあったら、ご家族に伝えるから教えて欲しい」
「……はい」
羽根の様に軽いはずの手紙が、鉛の様な重量を持って俺の手に収まった。
部活を休み、俺は真っ直ぐ家に帰った。
そして上手く動かない手で、手紙の封を開けた。
内容は、俺への彼奴の想いだった。
まずは喧嘩の内容についての謝罪から始まった。そして妹を傷つけたことも謝っていた。そして、昨日言えなかった事が何なのかが書かれていた。
……好きだった、と。俺の事が。
……恋だった、と。涙の跡のある便箋が告げていた。
殴られた様な衝撃。
不快感は無かった。代わりに申し訳なさが俺を襲った。
俺は、彼奴の気持ちを一切無視して、俺の感情を彼奴に押し付けてしまったのだ。
その所為で。その所為で、彼奴は。
すうっと涙が左目から一筋零れた。どうしようもない感情が、俺を圧し潰そうとした。
親友だと思っていた。ずっと一緒だと思っていた。
擦れ違っていた思いは、何処で正せば良かったのだろう。どうして、気付かなかった、いや、気付けなかったのだろう。
俺が本当に彼奴の親友なら、汲み取ってやらなければならなかったのに。
俺はベッドに身体を放り投げた。そのままうつ伏せで、俺は何時間も過ごした。
三年後。
俺は大学生になり、二十歳を迎えた。そして、最初に飲むと決めていた酒を口にした。
コープス・リバイバー。
迎え酒として飲まれる酒。訳は「死者を蘇らせる」。カクテル言葉は「死んでも貴方と」。
静かなバーで、若すぎる奴が飲むには大人な酒。
訳の通りになるのなら、俺は本当に蘇らせてしまうかもしれない。彼奴を。
やり直せるなら、やり直したい。
けれど、時は戻らない。過去は変えられない。死んだ者は生き返らない。
たった一杯の酒を飲んだだけで、俺はバーを後にした。
カランカランとベルの鳴るドアが閉まった瞬間、俺は空を仰いだ。
見事な満月だった。綺麗だ、綺麗だ。
――夜空に向かい、俺は呟いた。
「俺も、もうすぐ逝くよ」




