#3
「仰け反り過ぎだ。落ちるぞ」
手すりに背を預けていると、空気を震わす低音が聞こえた。
月に向けていた視線を真下にスライドする。そこには眼鏡を掛けた長躯の青年が佇んでいた。
夜の闇の中でも艶めく黒髪。見れば見るほど惹かれる、端正な顔立ち。
本当に、何年経っても変わらない。
「友悠! ごめんな、こんな遅くに」
「いや。……俺もさっきまで残業してたから」
彼は瞼を伏せ、悪戯っぽく笑った。
幼なじみで、弦美の体質を知る唯一の青年、城川友悠。
感情を表に出さず、常に超然としている。感情がすぐ顔に出てしまう弦美にとって、友悠は理想そのものだった。
一番すごいと思うのは、ずっと一緒にいるのに彼から悋気を感じたことが一度もないということ。
「遅くまでおつかれ。どう、飲みに行っちゃう? もちろん、俺が奢る!」
「馬鹿、お前既に相当泣いただろ。目も真っ赤だし、呑んだら脱水で倒れるぞ」
目元をそっと撫でられる。
「第一、危険だろ。そこらの男がお前の泣き顔なんか見たら……」
「見たら……何?」
「……」
何だ。何故そこで黙る。
ただならぬ空気を感じるものの、彼の表情は変わらない。
友悠って昔から色々高速で考えて、ひとりで解決するんだよな。と思ってると、案の定彼は踵を返して歩き出した。
「帰ろう」
「あ、はい。ほんとすみません」
御足労をおかけして……とまごまご言って駅へ戻る。彼と俺は方向が違う為改札前で別れようとしたのだが。
「あれっ。ち、ちょっと友悠さん?」
何故か腕を引かれ、彼の向かう路線に連れていかれた。これだと俺の自宅は逆方向だ。
どういうことかと思ってると、彼はわずかに顎を上げ、目的のホームを指し示した。
「あの、どちらへ」
「俺の家。もう遅いし、泊まっていけばいい」
「ええ。いきなり悪いよ」
「俺としては、そんな顔で帰す方が心配だから」
家まで送っても、別れた後になにかあるかもしれないし、と彼は肩を竦める。
女性はそれぐらい警戒していいと思うけど、俺は男だ。心配し過ぎな気もする。
……でも突っぱねることはしなかった。本音を言うと、一秒でも長く彼の傍にいたいから。
「ありがとう、友悠」
彼は俺が焼きもちを焼いた、最初で最後の存在。
恋愛感情というものを知ったのは彼がいたからだけど、恋をすべきでない、と気付いたのも彼がいたから。
なのに今もこうして、彼の善意に甘えようとしている。
俺は最低だ。
一体いつになったら、彼を諦められるんだろう。




