#14
口調からして仕事の電話みたいだ。友悠は廊下の角を曲がり、話し始めた。
「……はぁ」
あっという間だったけど、良い日になったな。
鞄に入れていたスマホを取り出し、時刻を確認しようとしたが。
「あれ。楠木?」
「鈴原……!」
心臓が跳ねる。情けないが、嫌な汗が額に流れた。
このところずっと仕事で嫌がらせをしてくる同僚、鈴原が現れたからだ。彼もちょうど、この階にあるレストランへ行くらしい。
「そういえば今日は随分仕事速かったな。ああ、分かった。新しい男とデートだろ?」
「ち、違う。友達と会う約束をしてたんだ」
何も馬鹿正直に答えなくていい。でもあまりに皮肉った態度をとられて、思わず言い返してしまった。そして、友達いたんだ、と言われる始末。
普通に悪口だけど、そう揶揄したくなる理由も分かる。
彼の前で何度か他人の悋気を感じ、泣いてしまったことがあるから。
「ていうか約束なくても、いつもそれぐらい仕事速ければ助かるんだけど。実は手ぇ抜いてんじゃないのか?」
終わらないのは自分の仕事まで振ってくるからなのに。
でも言い返したら火に油を注ぐだけだ。妬まれて泣いたら、彼を喜ばせるだけ。
こらえろ。いつもそうしてきたんだから。
俯いて口端を引き結ぶと、後ろから高い靴音が鳴った。
「弦美、……こちらは?」
振り向くと、スマホを持った友悠が佇んでいた。眼鏡を外し、鈴原のことを無表情で見据えている。
反対に、鈴原は友悠を見て驚いていた。
「し、職場の……同僚の」
「鈴原です。初めまして。楠木さんのお友達ですか?」
俺を押しのけ、鈴原は友悠に笑顔で挨拶した。先程とはまるで違う、弾んだ声。友悠が彼のタイプということが容易に想像できた。
「はい、中学校教諭の城川と申します。弦美がいつもお世話になっております」
友悠は会釈し、完璧な笑顔で対応した。俺も向けられたことのない笑顔で、何だか複雑になる。
鈴原は、彼の笑顔でさらに射抜かれたらしい。
「学校の先生ですか! ああ、何か分かるなぁ。今日は楠木と二人だけで食事されてたんですか?」
「えぇ。彼とは幼なじみなので」
「それじゃ、良ければ今度一緒にお食事しませんか。俺も、楠木とは職場で一番長いんですよ!」
「なっ?」と振られた為、小さく頷く。でも実際は気が気じゃなかった。
彼が目の前にいるだけで膝が震えそうなのに。……一緒に食事なんて、とてもできそうにない。
段々息苦しくなって首元を押さえる。すると、鈴原は掠れた声で笑った。
「楠木の失敗談も山ほど知ってるから、面白いと思いますよ〜。今も伝説になってるのは、打ち合わせ中に突然泣き出したことで」
「へぇ……。せっかくですが、ご遠慮します。俺も仕事ができない方で。弦美に会う時間をつくるのが精一杯なんです」




