#10
本当は分かってる。
友悠の言う通り、身体は悲鳴を上げてる。脳が鳴らす警鐘も、聞こえないふりをしてるだけだ。仕事中も目眩がして、時折横に流れそうになる。車の運転なんて間違ってもできない。
そしてこの不調に拍車をかける存在がいる。
出勤早々、膨大な量の書類を俺のデスクに置いてる青年がいた。彼は俺のことを認めるとニヤつき、すれ違いざまに肩を叩いてきた。
「それ昼までによろしく。設営スタッフ足りなくて停滞してる案件もいくつかあるから、頓挫しないよう頑張って」
この野郎……。
許されるなら回し蹴りをしたいところだが、エナジードリンクを飲んで踏みとどまる。ケースを置き、心を無にして仕事を始めた。
こんな量、昼までに終わるわけがない。これは嫌がらせだ。
さっきの男は鈴原といって、かつては仲の良い同期だった。拗れたのはここ数ヶ月のこと。
大きなプロジェクトが終わり、彼と二人で打ち上げに行った。そこで告白された。
同性愛者だったことは驚いたし、素直に嬉しかったが、恋愛をする気はないと穏便に断った。友悠以外に自身の体質を話すつもりはなかったし、友悠以外と付き合うなんて考えられなかったから。
だがそのせいで彼の恨みを買ってしまった。
憎しみを帯びた嫉みは、鋭利な刃と同じだ。彼が近くにいるだけで、涙が零れそうになる。気持ちは負けまいとしても、気合いで何とかなるものではなかった。
常に妬いてる彼の影響で、業務のさまざまな部分に支障が出ている。無茶な仕事の振り分けは勿論、涕泣による周囲の戸惑い。上司は中々捕まらず、人事に相談できるような雰囲気でもない。
俺の居場所はどんどん縮小して、追い詰められていた。
だから何だ、と思うぐらいには強くなったけど。……今日も、気付けばデスクの上に水滴が零れている。
「大丈夫……か」
日付けが変わり、フロアに誰もいなくなってから、ようやく本当の涙を流した。
これは他人の為の涙じゃない。
いつだって自分を心配してくれた、大切な人。……“彼”を想って零した涙だ。
スマホの電話のアイコンに触れ、履歴を眺める。
会おうと思えばすぐ会いに行ける距離なのに、大人になるほど気軽に連絡することが難しくなってしまった。
こうして、皆フェードアウトしていくんだろうか。
目の前のことに追われて、大切だった繋がりが断ち切られていく。込み上げる孤独に胸を押さえたとき、スマホから軽快な音楽が流れた。
「……あ」
スマホの画面に表示されている名前。それは、今一番声を聴きたい彼のものだった。




