#1
「弦美っておかしいよな。泣いてる奴を見ると泣き出すんだもん」
幼い頃によく言われた言葉。
でも、子どもならあるあるだろう。周囲の状況に過敏に反応し、号泣してしまう子は多い。
問題は、成長してもそれが直らないことだ。
泣いてしまう原因は自分にも分からない。別に悲しくないし、何なら名前も知らない、通りすがりの人の声を聞いて号泣してしまうこともあった。
これではおかしい奴認定されて当然……しかし俺は、自分が泣いてしまうある“条件”に気が付いた。
「ねぇ、私と仕事どっちが大事なの!?」
あああ、やめてくれ。
漫画やドラマでは耳にたこができるほど聞いた言葉。
それを生で聞いてしまったことに、感動と絶望の両方を抱く。
夜。落ち着いたカフェの窓際席で、キーボードを打つ手を止めた。
思えば、隣のテーブルにいるカップルは最初から重たい空気を発していた。気にはなったものの、他に空いてる場所がないから仕方ない、と席についたのだが。案の定雲行き怪しい二人に、脳は退避勧告を出している。
でも今席を立ったらあからさま過ぎて感じ悪いよな。深読みする性分ゆえ、ひやひやしながら隣を一瞥する。男性は露骨に狼狽えて、女性の方は顔を赤くしながら彼に詰め寄っていた。
いかん。
彼女は、彼が自分よりも仕事を優先してると思い、“焼きもち”を焼いている。
悋気が、伝わる。
天秤にかけられてると思ったら傷つくのは当たり前だ。けど、彼女に同情できないほど、今の俺も大変な状況にあった。
「…………っ」
隣から伝わる“焼きもち”を感じ取り、楠木弦美は大粒の涙をこぼしていた。
困るのは、一度症状が出ると中々おさまらないこと。袖で拭おうがタオルを押しつけようが、子どものようにぼろぼろと号泣してしまう。
店内は険悪な空気に支配されていたが、弦美のすすり泣く声が間に入ることで和らいでいった。
と言うより、ただ困惑しているだけかもしれない。別れ話に発展しそうなカップルと、その真隣で嗚咽している一人の男。傍から見れば最高に異様な空間だ。
挙げ句の果てにはカップルからも心配そうな視線を向けられた為、弦美はパソコンを閉じ、飲みかけのアイスティーを残してすごすごと退店した。
恥ずかしい。そして情けない。
駅に通じるテラスに出ても涙が止まるわけではないので、道行く人全員から不安げな視線を送られた。
こいつ何で泣いてんだ? と、一様に顔に書いてある。
でも、それは俺が一番訊きたい。好きで泣いてるわけじゃないのだから。
悋気は焼きもちの意。
弦美は、他者の悋気を感じると号泣してしまう体質だった。




