第5話 うわ、神器とっても堅い
「「「グルォォォォォ!!」」」
「ぬおおおおっ!!」
迫りくる魔物達の攻撃を回避し、俺は必死でショートソードで応戦する。
『こらこら、神器の性能を試すんだから避けるな』
「避けるなって言ったって! 当たるのは怖いんですよぉー!」
俺は魔法使いだから受けて耐えるなんて戦い方した事ないんだよ!
しかも相手はぶっといキバが沢山並んだレギオンファング!
狼の体に口だけが異様に横に広がって牙がむき出しになった絶対噛み付かれたくない魔物No1。顎の力が凄まじく、コイツに骨ごと噛み砕かれてズタズタになった新人冒険者の遺体は数えきれない。
「ガァウ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
迂闊にも正面のレギオンファングに意識を取られていた所為で、後ろから忍び寄って来たレギオンファングの攻撃を喰らってしまった……んだが。
「あぐあぐ……」
不思議な事にレギオンファングは防具の無い布の服部分に甘噛みするばかりで噛み付く事が出来ないでいた。
「うっそぉ」
『だから言っただろう。お前の装備は下着に至るまで神器になっている。この程度の魔物の攻撃など何の役にもたたん』
いやそれでも布の服がこんな硬くなるとは思わないじゃん。
いや布の柔らかさはそのままだし硬いっていうよりは破れない? それに噛み付かれている筈なのにぜんぜん噛み付かれている感じがしないのも神器の防御効果ってことか?
ただ、ここで気が抜けてしまったのがいけなかった。
「ゴァウ!」
「え?」
レギオンファングが頭にかぶりついて来た。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!
死んだー! 頭は死んだー! 防具も何もないから死んだーーーーーーーーーっ!!
「あぐあぐ……」
「って、あれ?」
俺は確かに頭に噛み付かれた。何も防具の無い無防備な頭に。
だというのに、何故か俺の頭はかみ砕かれる事は無かった。
「え? 何で?」
『神器の効果だ。神器の防御効果は防具を身に着けていない生身の部分にも効果を発揮する』
「先に言ってくださいよぉぉぉぉぉ!」
『ぷくく、今のすっごい面白かったわぁ。うぎゃぁぁぁぁぁって』
『ふふ、あまり笑うのは可哀そうよ。くく……』
めっちゃ笑ってますやん! 知ってるぞ! これホラーゲーム実況とかの悲鳴配信のアレだ!
ゲームの流れを知ってる視聴者が初プレイの配信者の悲鳴を上げて楽しむ奴!
「むー……」
その後、身の安全が保障された俺は、落ち着いてファングレギオンの群れをショートソードで討伐することに成功したんだが、すっごく納得いかん。
『そんな拗ねないで。安全だって確認できたでしょ?』
「それはそうですけどぉ」
『ごめんね、お詫びに皺消しの加護を上げるから。これがあれば歳をとってもシワシワにならず美肌よ!』
『―皺消しの加護を授かりました―』
「あ、ありがとうございます」
ええと、これは喜んだ方が良いところなのか?
元男だからこれがありがたいのか微妙に分からん。
というか、加護って滅茶苦茶細かいのまであるんだな……
ああでも、現代地球であれだけ美容用品があった事を考えると異世界も似た様なものなのかもしれん。
世界が変わろうとも人間の美と若さへの追及に果てはないって事か。
『いや愉快であった。人間の醜態がここまで笑えるとは、邪神の愉悦を笑えんな』
やめて、邪神がインしてきそうなフラグ立てないで……
その後も俺は魔物と遭遇しては勝利を重ねてゆく。
武器と防具の神器化という想定外のパワーアップがあったお陰で俺は碌にダメージを負うことなく探索を進める事が出来、しかも倉庫の加護もあって荷物が一杯になる心配もなかったもんだから思った以上に深くダンジョンを探索出来ていたのだ。
ただ、それがいけなかった。
「あっ、下へ降りる階段!」
俺は下の階層へ降りる階段を発見する。
これはどうするかな。キリが良いからここで配信を終えるか、とりあえず降りて周囲を軽く見回して続きは次回にするべきか。
……うん、次回予告風にチラ見せにしよう。
次のフロアの空気も知っておきたいし。階段が見える範囲なら大丈夫だろ。
「ポーション類も全然使ってないですし、下のフロアに行ってみたいと思います。そこで次の階層の空気を感じた所で今日の配信を終わろうと思います」
『えー、もう終わっちゃうの?』
『残念だ。もう100年程配信して欲しかったのだが』
それノンストップ24時間配信じゃん。
「ではいきますよー」
俺は階段を下りて下の階層に到着する。
「一見すると変わった感じはしませんねぇ」
『油断するな。ダンジョンは階層が変わった瞬間魔物の生態が変わる。これまで大差なかった敵の強さが一瞬で切り替わっている可能性もあるぞ』
「あっ、そうなんですね。ありがとうございます」
そう言えば冒険者ギルドでダンジョンに潜る際の心得って初心者講習でそんな話聞いたわ。
俺は気を引き締めて周囲を観察する。
すると気配察知の加護の効果か、天井に何かが居る事に気付く。
「っ!」
すぐさま飛びのくと、何かが天井から落ちてくる。
「シィィィィィ」
「うわっ、デカい蜘蛛!」
天井から落ちて来たのは小型犬ほどもある蜘蛛の魔物だった。
『ダンジョンスパイダーだね。大して強くはないけど、粘着性の糸を吐き、毒の牙で獲物を襲う。毒は弱いけど油断しちゃ駄目だよ。毒消しが無いと全身に毒が回って著しく活動が困難になるからね』
『―毒耐性の加護を授かりました―』
『これでダンジョンスパイダーの毒程度なら問題ないよ』
「ありがとうございます!」
これはありがたい! 毒消しポーションは魔物の毒に合わせて用意しておかないといけないから、毒全体に効く状態異常耐性魔法は凄く助かる。
「シィィィ!」
ダンジョンスパイダーはジャンプすると体を丸めて俺にお尻を向けてくる。
この動きはまさか!
『避けろ!』
神様にいわれるまでもなく俺は横に跳ぶ。
するとダンジョンスパイダーのお尻からバシュッと白い塊が飛んできて、俺の居た場所にぶつかるとバチャと広がる。
『ダンジョンスパイダーの粘着糸弾だ。当たると周囲の物と固定されて動きが制限されるだけでなく、顔などに当たったらそのまま窒息死だぞ』
『だから人間の味を覚えたダンジョンスパイダーは特に顔を狙ってくるのよね』
「意外とえげつない!」
俺はダンジョンスパイダーの攻撃を回避しながら魔法で迎撃する。
「ファイアバーン!」
扇状に広がる魔法の炎で小柄なダンジョンスパイダーの逃げ場を無くして焼き尽くす。
本来なら群れの魔物用の魔法なんだけど、単体用の魔法だと小さくてピョンピョン動くダンジョンスパイダーに当てるのは難しいからな。
あと、魔力回復量増加の加護で、魔力の自然回復量が上がってるお陰だ。
普通なら宿屋に泊まって眠らないと回復しないMPゲージが魔法を使わないでいればジリジリと回復していく感じと言えば伝わるだろうか?
『そうそう、蜘蛛系の魔物の粘着糸弾は特殊な溶液に浸して粘着性を落とすと良い糸として使えるから、覚えておくと便利よ』
「そうなんですね。今度試してみます!」
魔物の蜘蛛の糸を利用とか、いかにもファンタジー漫画っぽくていいなぁ。
そんな事を考えながら倒したダンジョンスパイダーの素材を漁る俺だったが、炎の魔法で燃やしてしまった為に碌な素材が残っていなかった。
「初めて戦う魔物だから余裕がなかったもんなぁ。売り物になりそうなのは魔石くらいか……」
まぁこの階層での戦闘が体験できたし、キリはいいかな。
「それじゃあこの階層の空気も掴めましたから、今日の配信はこのあたりでムゴッ!?」
その時だった、突然俺の口に布が押し当てられたのだ。
「へへっ、捕まえたぜ」
「ムガッ!?」
誰だ!? 俺は反射的にもがいて逃れようとするが、相手の力は強く逃げられない。
更に押しあてられた布からは何かツンとした匂いが。まさかこれ、薬か!?
気付いた時にはすでに遅く俺の意識はそのまま闇に沈……まなかった。
「モガ?」
おかしいな、この怪しい匂いとシチュエーション。明らかに睡眠薬の類だと思ったんだけど。
それとも筋弛緩剤の類? でも体に力が入らなくなる感じはしないな。
『さっき毒耐性の加護を貰ったでしょ』
と、耳元で神様が囁く。
そうか、さっきの加護のお陰で薬が毒認定されて防いでくれたのか!
凄いな、ありがとうダンジョンスパイダー! 君のお陰で助かったぞ!
黒焦げにしてゴメンね!
ともあれこれはチャンスだ。
俺は目を閉じて眠ったふりをする。
「よーし、大人しくなったな」
と、俺を羽交い絞めにしたらしい男の声が聞こえる。
「へへへ、馬鹿な女だ。こんな金目の物を持って一人でダンジョンに入るとはな」
そう言いながら俺の背負った鞄が奪われる。
鞄……そうか、コイツ昨日俺から鞄を盗んだ奴か!
「おい、油断するな。魔法の袋は別にあるかもしれんって言われただろう。身を検めろ」
と、仲間らしき男達の声と足音が聞こえてくる。
不味いな、仲間がいるのか。一体何人いるんだ?
ガチャンガチャンカタンカタン……
駄目だ、全然分からん。というか音だけで判断するとか無理だわ。
でも迂闊に目を開けたら起きてるのバレるかもしれないしなぁ……
ムニュウ!
と、突然鎧の隙間から何かが入って来て俺の胸がグニュッと揉みしだかれた!
「っっっっ!?」
思わず叫びそうになるのを慌てて堪える。
「へへ、なかなか悪くねぇもの持ってんじゃねぇか」
な、何してんだコイツ! 俺の胸はタダじゃねーぞ!
男は胸だけでなくスキマから俺の尻や太ももなどを嫌らしい手付きで触って来る。
うわぁぁぁぁ気持ち悪い!
「へへへへっ」
「おい、あんまり遊んでんじゃねーぞ」
そうだそうだ! まじめに仕事しろ!
「分かってるって。他の場所には隠してないみたいだ……いや、大事なところを忘れていたぜ」
そう言うと男は俺の体を床に下ろすと、カチャカチャと金具の音が聞こえてくる。
おいまさかコイツ……
「ちっ、しょうがねぇ奴だな」
「そう言うなよ。アイツも溜まってんだよ」
という誰かの声が聞こえたと思うと、そっちの方からもカチャカチャという音が。
いやお前もかーい!
更に金具の音はそこかしこから聞こえてくる。
ヤバイ! チャンスを待つとか言ってる場合じゃない! 今すぐ逃げないと!
俺は目を開けると床を蹴って起き上がる勢いを強めながら駆け出す。
「なっ!? コイツ起きて!?」
「待っおわぁ!」
俺を追いかけようとした男がズボンにひっかかってつんのめる。
ラッキー! ズボンを下ろした奴ばっかだから上手く動けなくなってる!
チャンスだ。荷物はもったいないけど貞操には代えられない!
それにコイツ等だって鞄を手に入れれば深追いはしない筈……
「おっとそれまでだ」
しかし、上に逃げようとした俺は、階段の途中に誰かが待ち構えていた事に気付く。
だがそれ以上に驚いたのは……
「アンタは、おっさん!?」
そこで待ち構えていたのは、以前俺の深追いを止めたおっさん冒険者だった。