第21話 落とし穴ってえげつない罠だよね
『―波乱万丈の加護を授かりました―』
『―苦難大成の加護を授かりました―』
「え?」
ダンジョンに入った直後、目の前に妙な加護の表示が現れた。
「どうした?」
突然素っ頓狂な声を上げた俺をロザリーンが訝しむ。
「あ、いや何でもないです」
『ねぇ今のって……』
『ああ、間違いない。この性格のねじ曲がった加護は……』
え? 何? 何か知ってるの?
くっ、今日はエルメノ達と一緒だから気軽に神様達と話が出来ねぇ。
神様達の様子もおかしいし、変な加護じゃないといいんだけど……
「……今日はダンジョンの空気がピリついているな。こういう時は何かが起こる。まだ上層だが気を付けていこう」
「はい」
「分かりました」
ロザリーンの注意喚起を受け、俺達は慎重にダンジョンに挑む事を決意した。
ガコンッ
直後、足元の地面の感覚が消える。
「「「え?」」」
全員の声がハモると同時、猛烈な浮遊感に襲われて俺達は落ちた。
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」」」
◆
「あいたたた……」
落とし穴に落ちた俺達は短い浮遊感と共に地面に叩きつけられる。
「くっ、二人とも無事か?」
「ええ、私は大丈夫です」
「こっちも大丈夫です。痛いけど」
あー、あのアイドル装備なら痛みも無かったんだろうか? いや二度と着る気はないけどさ。
「まさかあんな場所に落とし穴があったとは」
「冒険者ギルドの記載漏れでしょうか?」
「多分な。後で文句を言って罠の情報を売ってやろう。少しでも金にしないと割に合わん。エルメノ、地図に記入を頼む」
「はい」
エルメノが地図に罠のあった場所を記入する。
「こういう事が稀にあるから冒険者ギルドで販売される地図も完全には信用できないんだ。とはいえ長年冒険者が歩き続けた一層で見つかるのは本当に稀なんだがな。まぁ誰も怪我をしていないしショートカットが出来たと思おう」
念の為体に異常がないかチェックしたあと、俺達は探索を再開した……んだが。
ガコン、ガコン、ガコン!!
「まさかの連続落とし穴ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
驚きの連続落とし穴発動によって俺達は一気に五層まで落とされてしまった。
「な。何なのだこれは……!?」
「れ、連続で落とし穴? こんな事ってあるんですか?」
常識で考えればこんな事はありえない。
まさかと思った俺は小声で神様達に尋ねる。
「あの、もしかしてこれって……」
『間違いない、先ほどの波乱万丈の加護の所為だな』
「波乱万丈の加護?」
名前からして役に立ちそうな感じがしない名前の加護なんだけど……
『与えられた者に波乱万丈の人生を与えるという加護、いや呪いとも言える加護だ』
「そんなか……加護があるんですか?」
思わず大声を上げてしまいそうになって慌てて小声で尋ねる。
『あまり褒められた者ではないのだがな。元々加護は地上の住む民に影響を与えすぎない程度にささやかな手助けをするものだったのだが……』
「大丈夫ですかランプさん? お怪我をされたのですか?」
と、神様との話の最中でエルメノが俺が怪我をしたんざないかと心配の声でやってくる。
「ああいや、単に連続で落とし穴に落ちてこんなことあるのかってビックリしてさ」
「ですよね。私達も驚きました」
「流石にこれは異常だな。何の成果も無いが、今日は出直そう」
流石に五連続で落とし穴に落ちたことを異常だと感じたロザリーンが撤退を提案する。
「そうですね。無理をして更にトラブルに遭ったら大変ですしね」
意外と冒険者というのは験を担ぐもので、悪いことが重なる時は無理をしないという考え方が主流だった。
というのも冒険者は命を懸ける危険な職業。
無理をした結果に命まで落としては元も子もないからだ。
「では帰還する……(ガコン)ぞ?」
直後、再び感じる浮遊感。
「「「え?」」」
そしてもはや慣れて来た落下の感覚。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドゴン、ゴロゴロゴロ……
「あたたたたっ」
流石に何度も落ちるといい加減キツイ。
「や、やはりおかしすぎる。これ以上トラブルに巻き込まれる前に早く戻ろう」
「え、ええ、いくらなんでも落とし穴にだけ連続で落ちるというのはありえません」
「さんせーい」
とはいえ、流石に七回連続で落ちる事は……
ガコン!
すんません、フラグ立てました。
まさかの七回目にヨロヨロと立ち上がる俺達。
「皆、足元には気を付けるんだ」
「はい……」
「わかりました……」
今度こそ気を付けて地上へ向かう俺達。
ガコン!
「あっ!?」
足元で何かを踏む感覚。ヤバイ!?
「危ない!」
しかし落とし穴に落ちる感覚はなく代わりにロザリーンが猛烈な勢いでこちらへと飛び込んできて俺を押し倒した。
「え!?」
直後ロザリーンの後ろを素早い物が通り過ぎ、ビィンという音を立てて壁に突き刺さる。
「毒矢の罠だ」
うおぉマジか!?
「た、助かりました」
「罠は落とし穴だけではない、気を付けろ」
「は、はい!」
「ではゆくぞ!」
ガコン!
ロザリーンが足を踏みだした瞬間、鳴り響く嫌な音。
そしてもはや慣れて来た浮遊感。
「またかぁぁぁぁ!」
その後も俺達は落ち続けた。
罠を警戒しながら移動すれば魔物との戦いの最中にうっかり踏んでしまい、罠を見つけたと思ったらそれを避けた場所に罠があったりと、ありとあらゆるシチュエーションで俺達は落とし穴に落ち続けたのだった。
『あー、さっき加護の話をしたよな』
と、何度目かの落とし穴に落ちている最中に神様が語り掛けてくる。
「え? あ、はい」
『でな、一部のイタズラ好きな神がこのシステムを悪用して加護の名目で人間が面白おかしく慌てる事を楽しもうと画策したんだ』
「もしかしてそれって……」
『先ほど与えられた波乱万丈の加護がまさにそれだな。この加護を与えられた者は波乱万丈の人生を歩むようになる』
「なんじゃそりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
◆
「な、何回落ちましたっけ……」
「わ、分からん」
延々と落とし穴に落ち続けた事で、俺達は自分達が何層まで落ちて来たのかわからなくなっていた。
「とはいえ、かなり深い所まで落とされたのは確かだ。そうなると魔物の強さも相当になっているだろう」
ちらりとロザリーンがこちらを見てくる。
ああうん、俺が一番足手まといだもんね。この二人はなんだかんだ言って二人組で結構深い所まで降りていってるらしいから、相性が悪い相手でもなければ問題なく戦えるだろう。
「ランプ、例の装備は持ってきているか?」
「例の装備?」
「宝箱で見つけた防具だ。あれに着替えろ」
「え!? あれ!?」
いやアレは着たくないんですけど!
「ここが何層か分からないが、かなり深い階層なのは確かだ。今のランプでは一発貰っただけでも致命傷になりかねん。せめて防具だけは良い物に交換しておけ。幸いここは小部屋のようだからな。魔物に襲われる心配もない」
「……分かりました」
しゃーない、凄く嫌だけど着替えるとするか。流石にこれだけ下層なら知り合いの冒険者とも会わないだろうし。
「着替え終わりました」
アイドル衣装みたいな装備に着替えると改めて俺は部屋の中を見回す。
あれだけ落とし穴に落ちまくった先は小さな小部屋。深層のエリアで魔物とすることなく安全地帯にこれた事は本当に不幸中の幸いだったと言える。
「とはいえ、ベッドもシャワーも無い狭い個室だけどな。あるのは椅子変わりになりそうな宝箱くらいかぁ……って、あれ?」
ふと俺は自分が椅子代わりに座ったものを見下ろす。
「宝箱だ……」
うん、まごう事なき宝箱だ。それもかなりガッシリとしてきらびやかな装飾も施されている。この宝箱を持ち帰るだけでも金になるんじゃないのってレベルで。
「って、宝箱だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「何っ!?」
「あっ、本当です!」
宝箱発見の報告に同じく驚きの声を上げるエルメノとロザリーン。
「まさか落ち続けた先で宝箱を見つけるとは」
「しかもこんな深層の宝箱ですよ。きっとかなり貴重な物が入っている筈です!」
珍しくエルメノがはしゃいだ声を上げる。
それもその筈。深層で発見する宝箱は高価な品があるというのが相場だからだ。
「よし、開けてみよう。万が一を考えて罠解除の護符を使う」
ロザリーンが懐から取り出したお札を宝箱に張り付けると、ぽわっというシャボン玉のような光が宝箱を包む。
罠解除の護符は罠解除技術を持たないものでも罠を解除できる優れモノのアイテムだ。
ただし使い捨てでとてもお高い。あと護符にもランクがあって、ランク以上の難易度の罠の場合は効果が無く護符を無駄遣いしてしまうデメリットもあるのだとか。
そんなお高いアイテムを使うあたり、ロザリーンもこの宝箱にかなり期待しているのがうかがえた。
「よし、開けるぞ」
護符の効果かカチンという何かが外れる音が鳴ると、ロザリーンが重たい音と共に箱を開ける。その中に入っていたのは……
「鏡?」
宝箱の中に入っていたのは、一枚の鏡だった。
「何でダンジョンの宝箱に鏡が?」
思いもよらない品の出現に肩透かしを食らった俺は、エルメノ達もがっかりしただろうなと視線を向ける。
しかし、意外にも彼女達は落胆の表情を浮かべてはいなかった。
むしろその逆で……
「こ、これはまさか……」
お互いに顔を見合わせるエルメノとロザリーン。
「多分、そうだと思います……」
「鑑定のスクロールを使うぞ!」
「ええ!」
そして罠解除の護符に続いて貴重な鑑定のスクロールを取り出して鑑定を始める二人。
「こ、これは!?」
そして浮かび上がって来た鑑定結果を喰い入るように読む二人。
「報復の鏡だっっっ!!」
思った以上に物騒な名前を読み上げるロザリーン。
「やりました! ついに見つけましたよ!!」
しかし、二人は物騒な名前の鏡に対し、引くどころか大喜びを始めたのだった。
「……もしかして、あれが二人の探していたアイテム?」