この婚約破棄って何回目です?
とある夜会で、ある子爵家の令息が今日の夜会を主催し、彼の婚約者でもあるオクー家の令嬢に対してこう言い放った。
「オクー伯爵令嬢、オクー・デ=ナコー。君との婚約を破棄させてもらう」
その言葉が聞こえると同時に周囲の喧騒が消えていく。そして好奇心に満ち満ちた視線が一斉にナコーの方へと向かう。
しかしナコーはそんな視線に怯むことなく静かに令息の言葉を受け止めているようだった。
令息は婚約破棄の理由としていちゃもんにも近い彼女の普段の行動での令嬢としての相応しくない態度や、一挙手一投足を見ていないと分からないような小さなことを挙げていた。
そして長々とした演説が終わると、なにか言いたいことはあるかとナコーへと問いかける。
ナコーのすぐ近くに立っていた彼女の従者は心配そうな表情で自分の仕える令嬢を見る。そして心の中で彼女へと声援を送った。
あれだけ準備をしてきたのだから大丈夫です。何度も何度もこの状況を想定して練習をしてきたじゃないですか。
さあ、いい加減に言うべきことを言ってください!
幼い頃から自分の世話をしてきた姉のような従者の期待の視線に応えるようにナコーは口を開く。そして……。
「……ひゃあー!」
情けない声をあげ、そのまま令嬢とは思えないような速度を出して走って逃げてしまった。
その背中を見送った従者は天を仰ぎ大きくため息を吐くと、子爵家の令息に顔を向けた。
「……はい。今回もこんな感じなんで、また次回お願いします。お嬢様の悪行はまたリストアップしておくので」
「ああ、よろしく頼む」
令息の言葉を受けて従者は静かに一礼してナコーのあとを追いかけ始めた。
自分の部屋へと戻ったナコーに従者はグチグチと文句を言う。
「お嬢様、本当、ほんっとうにいい加減にしてくれませんか? お嬢様が『彼のことは好きだけど父上たちが勝手に決めた婚約なんて嫌だ。私から告白する!』と力強く宣言した上に、普通に告白するなんてインパクトがないから衆人環視の前で婚約破棄された直後に逆に告白するんだ、なんていう無駄に手の込んだことを考えたからこんなことやってるんですよ?」
毎回毎回セッティングする私たちの身にもなってくださいと言う従者に背を向け、ベッドの上で丸まっているナコーは「だって……」と絞り出すように言葉を出す。
「あいつ、すごいかっこいいんだもん……」
「いや、幼馴染でしょうに。見飽きるほど見てる顔でしょう」
「そんなこと言ったってぇ……」
「いやもう本当、何回目ですかこの婚約破棄」
従者がナコーに対してグチグチと文句を言っているちょうどその時、喧騒を取り戻した夜会ではあと何回婚約破棄をしたらオクー伯爵令嬢がちゃんと告白を成功させることができるのかのという話題が持ち上がっていた。
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