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修行とバイト 2

 魔物討伐をした夜から一夜明けて―――朝、私はいつもどうり多摩川の土手でランニングをしている。


 昨日の疲れがまだ残ってるけど、走れてるってことは体力がついてきたってことかな。

 でも、まだこの土手を一周するコース走り切れないな。結構距離があるコースだし仕方ないか。

  

 もう少しでゴールの所まで行くと、全身黒い服に身を纏って、体を動かす影さんの姿があった。

 

 最近は涼しくなってきているとはいえ、ずっとあの姿だけど暑くないのかな?


「影さん、何してるんですか?」

「来たか」

 

 影さんは準備運動を終わらせると、いつも通りの物憂げな表情を向けた。

 寝起きの時と喫茶店で働いてる時に見せる表情だ。

 

 本業の仕事をする時は、どんな表情を見せるのだろう?


「霞、これから戦闘訓練をする」

「え!?戦闘訓練ですか!?」

「そうだ、強くなりたいなら一番必要なことだしな」

 

 確かにそうだけど、昨日の夜、初めてゴブリンと戦ったのに、もう。てか、普通逆じゃないかな。戦闘訓練した後にゴブリンと戦ったりするんじゃないの?


「そ、それで、何するんですか?」

「昨日、お前がゴブリンを殺した時、反射神経とナイフを刺す時の的確さはあると思ったから、そこら辺を伸ばす特訓だな」


 反射神経とナイフを刺す的確さ……まったく身に覚えがないだって、昨日のあれはまぐれだと思うし。

 

「運がよかっただけだと思うんですけど」


 だって昨日、ゴブリンが襲ってきた時たまたま前に出したナイフが、たまたま魔物の弱点の胸に刺さっただけだから……。


「それを運で片付けたらもったいなくね」

「で、でも……」

「とりあえず行こうぜ」


 私は影さんに連れられ、土手を降りて、自分の身長より高く生い茂る草の中へ進むと、綺麗にひらけた場所に出た。


 丸くひらけていて、草が壁のように囲っている。人気もなく川の流れる音だけが聞こえる。

 

「ここは、俺が店長と修行した場所だ。これから毎日、走った後ここで修行する」

「え……」

 

 私まだ、体力すらないのに走った後でここでさらに修行するなんて、体力が持たないよ。

 でも強くなるためなら、頑張るしかないか。


 私は小さく、ため息をついた。


「それで具体的に何をするんですか?」

「そうだな……」


 影さんはその場に落ちてる小石を何個か拾う。


「この石を投げるからかわしながら俺に近づいて、胸の辺りに攻撃をいれる修行をしよう」

「私、そんなことできるんですか?」

「一回、やってみよ」


 すると、影さんは私から距離を取る。


「この辺でいいだろう。それじゃ、行くぞ」

「は、はい……!」


 影さんは、振りかぶって小石を投げた。

 小石はこっちに向かって、勢いよく飛んでくる。

 一歩も動けないまま、その場に尻もちをついた。

 私の真上を小石は、通過してそのまま茂みの中に入っていった。


 これを、かわしながら影さんに近づくとか、無理無理無理。

 

「こんなの無理です」

「今のをかわせるなら、できる。ほら、立ち上がれやるぞ」


 本当にできると思っているのだろう。影さんは真剣な表情で、恫喝するように言う。

 私は、言い訳も何もできないまま立ち上がり、深呼吸をして影さんに向き合った。


 真剣に付き合ってもらってるのに、私が投げだしたらダメだ。やってやる。

 

「よし、立ったな。いくぞ」

「はい!」


 影さんの位置は丸く草に囲まれたフィールドの真ん中あたりだ。


 私は、影さんの周りをグルグルと走る


 これなら、石を投げてきても当たらないはず。

 

 考えた通り、影さんの石は当たらない。けど、全力で走る体力がないせいで、どんどんスピードが落ちていく。


 だが、私は影さんが拾った小石の数を知っている。ちゃんと見ていたのだ。


 全部で五個、一個目が尻餅をついた時に投げたあれで、そして今、私に向かって四個投げ切ったのを確認した。

 今なら影さんが投げる石はない。

 

 私は、フィールドの真ん中に立つ影さんに向かって走った。


 ▲▽▲▽


「おはようございます……」

「霞ちゃん、おはよう!」


 裏口から声をかけると、いつも通り香さんの声が返ってくる。

 休憩室のパイプ椅子に座ってスマホを触っていた香さんの視線がこっちに向くと、目を丸めて驚くような表情をする。


「ど、どうしたのその怪我!?」

「これはその……」


 投げられた石をすべて避けた後、影さんの懐に飛び込もうとして私は派手に転んでしまったのだ。

 だから、体中傷だらけで痛い。


 家には、絆創膏とかがないのでそのまま痛みに耐えながら体を洗っただけで、殆ど何もしてない状態。今度、絆創膏とかは買っておかないとな。

 

 事情を話すと、香さんは椅子から立ち上がり、私の近くにその椅子を持ってきた。


「ゆっくり、ここ座って」

「わかりました」

「怪我してるところ見せて」


 そう言われて、私は服で隠れた傷の部分をすべて香さんに見せる。


「ちょっと、集中しないといけないから、そのまま動かないで座っててね」


 香さんは、膝にできた傷に手を当てて、目を閉じた。


 しばらくすると、傷のできた膝から温かさを感じる。

 視線を向けると、香さんの手が光っている。ちゃんと見ると、手に魔力が流れているのがわかった。

 そして、手が離れてすり切れたようにできた膝の傷がなくなって、治っている。


「す、すごい。回復魔法使えるんですね」

「一応、大学で習ってたからね。でも、やめちゃったから小さい傷しか治せないんだよ」

 

 香さんの眉が落ちて、謙遜するように言う。

 

 大学で、何かあったのかな、あったからやめてるんだろうけど……まぁ、何も聞かないのが正解かな。


「それでも、回復魔法使えるなんてすごいと思います」

「ありがとう。他の傷も見せて、治してあげるから」


 ▼△▼△


 お店が開店して、一時間がたった。

 店内に、人はいない。

 

 いつもなら、一人や二人が入って来るけど今日は人がいないな、こんな日もあるよね。

 でも、一時間後には昼になるし、それなりに人が入ってくるか。


 天井を見上げながら、ボーっとした。人がいないから暇なのだ。

 その時、チリンと鈴の音が鳴った。

 

 背が高く、白い服に身を纏う男の人が入ってきた。


「あ、お好きな席にお座りください」


 あれ、この人、見たことある……誰だっけ。


 チラっと見上げると、ムッとした表情に形のハッキリとした眉毛で、この人が誰なのかすぐにわかった。春野さんだ。


 案内すると、そのまま何も言わずにカウンター席に腰を下ろし、メニュー表も見ずにすぐに注文した。


「店長、コーヒー一杯」

「はい」

 

 カウンターの奥で座っていた店長は返事を返して、重そうな腰を上げ、動き始めた。

 ここの喫茶店は店長が仕立てるコーヒーが人気だ。


 ゆっくりと丁寧に店長が淹れたコーヒーは、香りが際立ち、コクと苦みがあって、リラックスするには丁度いいと定評があるらしい。


 店長は春野さんの目の前に、コーヒーカップを置いた。

 カップからは、湯気が立っていた。

 

 カップの持ち手に指を通して持ち上げる。鼻の辺りまで持ち上げると、匂いを嗅いで、カップの縁を口につけた。


 そして、ゆっくりカップを置くと丁度、カウンターの奥から香さんが姿を見せた。


「香さん、今日は影いますか?」

「今、裏で掃除してるよ。呼んでこようか?」

「頼みます」

 

 香さんが奥に戻って、しばらくすると影さんを連れて一緒に出てきた。


「めんどくせなぁ。で、なんだでか眉」

「でか眉じゃないが、まぁいい」


 春野さんは一口コーヒーを啜って影さんを睨みつけるような目で見る。


 影さんと春野さんって顔見知りなのかな?


「の前、廃校で魔物が人を殺した事件が起きた。その時、魔物をやったのはお前か?」

「なんだ、そんなことを聞きにきたのかよ。特殊警察様は暇かよ」

「暇じゃない。で、どうなんだ?」

「俺がやったよ」


 あっさりと影さんは、答える。


 それって、言ってよかったの?私、暑い中の聞き込み調査で頑張って隠したのに……。そういえば、なんで話しちゃダメなのか、聞いてなかったけど、本当に面倒くさかっただけなのかもしれない。


「なんで、俺だとわかった?」

「学校の聞き込み調査の時、全身黒い服を着た奴がいたって情報があったから、お前だろうなって思っただけだ」

「そうかよ。で、今日聞きにきたのはそれだけか?」

「そうだ」

「は?それだけのことで俺をよんだのか」

「そうだ」


 春野さんは同じような、返事を返しながらコーヒー飲む。

 その姿に、ちっと舌打ちする。


 もしかして、影さん怒ってる……初めて見た。


「そんなこと聞くために、ここに来たのか?本当に特殊警察様は暇なんだな」


 春野さんがドンっと机を叩いて、立ち上がった。


「だから、暇ではない。今は、休憩しにここにコーヒーを飲みに来てるんだ。特殊警察はお前の百倍忙しい」


 そして、二人の怒りは頂点に達して言い合いが始まった。


 ど、どうしよう。なんとか、喧嘩止めないと……でも、私の入る隙ないよ。


「かすみちゃん!」

「うわッ!」

 香さんに突然後ろから驚かされる。


「何見てんの?」

「びっくりしたぁ。その、あそこの二人喧嘩してるから仲裁しないといけないなと思って」

「あー、あれは放置でいいよ。春野さんが来るといつもあーなるから、そのうち終わるよ」


 いつもって、春野さんこの喫茶店の常連さんなんだ。


「そ、そうなんですか?」

「そうだよ。仲が良いんだか、悪いんだかわからないけどね。あれでも、一応同じ学校に通ってた同級生らしいし、仲は良い方かもね」


 確かに、知らない人にいきなりふと眉なんて言わないよね。でも、影さんなら言いそうな感じもする……。


 そして、もう一つ知晃さんも同じ学校に通っていたらしい。  


「じゃ、俺はもう行く」

「行け、行け、もう一生くるな」


 十分くらい二人はずっと言い争って、落ち着いたみたいだ。

 春野さんが会計士にこっちに歩いてくる。


「会計いいか」

「は、はい」


 遠くで見ると何とも思わないけど、近くで見ると迫力があるだよな、この人。


 春野さんはレシートと同時にコーヒー代をぴったり出した。


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

 笑顔を作って、そう言った。が、春野さんはなぜか私の顔を見つめいる。

 

 私の顔になんかついてるのかな?

 

「な、何ですか」

「いや、なんかどこかで見たことある顔だなって思って」


 一応、顔見知りではあるんだけど、今は香さんの力で目の色変えてもらってるからわからないはずだ。


「私、最近ここでバイト始めたばかりなので別の人だと思います」

「そうか、すまなかった。人違いだ」


 私は春野さんの背中を見送ると大きいため息をついた。


 別に、気づかれてもいいんだけど、聞き込み調査の時みたいに詰められても困るし、疲れちゃうから気づかれなくて良かった。


 昼になると、予想通り人が入ってきて忙しくなった。

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