魔物討伐
ライトで前を照らさないと足元すら見えない険しい道。
木々に覆われていて、風が吹くたびにガサガサと音を立てる。
夏なのに、少し寒気も感じる涼しい空気が流れている。
バサッ―――。
真上の木が突然、動いた。
「きゃッ!」
「うわッ!」
驚いて、前を歩く影さんに飛びついた。
私は今、影さんと山奥に魔物を討伐しに来ているのだ。帰りたい……。
「なんだよ、霞、急に飛びつかれたら危ないだろ」
「だ、だだ……だって、今……音が……」
影さんが怖くて震える私を冷静に対処する。
「なんかの鳥が飛んだ音だろ、お前こんなのにビビってるのか?」
「だって……」
今日こんな肝試しみたいなことするなんて聞いてない。
さっき、いきなり魔物を殺しに行こうって言われたばかりなのに。
「わかった。話でもするか」
影さんはため息をついて、やれやれといった感じで話し始める。
「この山は、ゴブリンがよく出るって言われてる[緑山]だ」
「ゴブリンって小説とかによく出てくる緑色の鬼ですか?」
「鬼かどうかは知らんがそうだ」
本とかでよく出てくる魔物の名前だ。
「ゴブリンはまず緑色の生き物で人が近づくとすぐに襲ってくる。だがこれは単体で行動してる奴の話で、ゴブリンの本質は群れた時だ」
「群れるとどうなるんですか?」
「ゴブリンは群れるとまず、その中から自分たちを指揮する者を決める、それから縄張りを作り自分たちを殺しに来た人を罠でハメ殺し食べる凶暴な魔物だ」
そ、そうなんだ。小説とかでは弱く描かれてるけど、本来は凶暴か……。
「でも今は魔物の数も減ってるからゴブリンが群れることなんてありえないけどな、でも単体でも舐めてかかるとやばいから気は引き締めろよ、いざとなれば助けに入るし」
今日、狩る魔物ってゴブリンなんだ。
なんか話し聞いてると、そうでもなさそうだけど、私はゴブリンを倒せるのだろうか……。
不安を誤魔化すように私は質問した。
「さ、さっき、魔物を殺しに行く人って言ってましたけど、特殊警察以外にも魔物を倒す人がいたんですか?」
「昔から特殊警察はあったけど、今より有名じゃなかった。どっちかって言うと、魔物討伐隊の方が有名だったな」
魔物討伐隊初めて聞いた名前だ。私が無知なだけで、みんな知ってるのかな?
「店長とか、魔物討伐隊の一人だぜ」
「そ、そうなんですか?!」
「そうだぜ。店長が言ってた話だけど、魔物討伐隊はよく森の中、山の中、海辺にいる魔物を倒して、街に近づけないようにしてたんだってさ」
でも、今は魔物討伐隊なんて聞かないけど、今はないのかな?
そんな疑問に思っていたことを影さんは話してくれた。
どうやら、今は勇者が大きくした特殊警察に魔物討伐隊の魔力が多いい人だけが引き抜かれ、魔物の討伐の仕事も特殊警察がすべてやっているから、自然と人と討伐の仕事をなくした魔物討伐隊はなくなったらしい。
「店長は特殊警察に選ばれなかったんですか?」
「そうだろうな、店長も魔力は少ないからな。でも、強いんだぜ。だって、店長は俺に強くなる方法を教えてくれた師匠だから」
「そうなんですね」
私も、そうゆうこと知識として知っておかないといけないな。
▼△▼△
しばらく山の中へと進むと、全身に圧力をかけられているような感じがし始めた。
「そ、そのさっきからずっと体が重いです」
「霞、お前ようやく気づいたか」
気づく?
影さんの言ってることがよくわからなくて、首を傾げた。
「どうゆうことですか?」
「霞は今、魔力を感知したんだ」
魔力の感知……?
私は廃校の時を思い出す。
確かに、廃校の時はもっと強かったけど、全身に重力をかけられているような今と同じような感じがした。
「俺は山に入った時から感じてたけど、お前はやっとゴブリンの魔力に気づいたか。ライト消しとけ」
「は、はい」
そう言われて、ライトを消すと真っ暗で何も見えなくなるが、影さんの青いオーラだけを頼りに進む。
どうやら、敵が近いからなのか影さんが慎重に進んでいるのがわかる。
「ほら、あそこにいるのがゴブリンだ」
「あ、あれがゴブリン……」
影さんが木の陰から指をさす先に視線を向けると、青いオーラが見えた。
だんだんと暗さに目が慣れてきてゴブリンの姿が露わになる。
そこには緑色で小さい体の魔物がいる。口から出た牙に私は恐怖する。
「よし、霞あいつをやってこい、俺はここで見てる」
「むむ、無理ですよ・・・・」
「大丈夫だ、やばくなったら俺が助けに入るから行ってこい」
影さんに私は背中を押されて、木の陰から飛び出る。
私に殺すことができるのか。
まだ、ゴブリンは私の存在に気づいてない。
周りに、仲間がいる様子もない。
やるしかない。怖くても、これが強くなる一歩なら私にやらない選択肢はない。
渡された黒いナイフの柄を握って、ゴブリンに近づく。
影さんが普段から使っているナイフは軽く、振る分には私でも簡単にできそうだ。
魔物の弱点は胸にある核だ。
核にさえナイフを刺せば、魔物は簡単に倒せると影さんが教えてくれた。
確かに、魔力のオーラはいつも胸の辺りから全身に出ている。ゴブリンからも同様だ。
音を立てないようにゆっくりゴブリンの方に近づく。
大丈夫、私ならできる大丈夫……。
―――――パキッ!
「―――――ッ」
足元の枝を踏んで、山の中に音が響いた。
まずい。
ゴブリンはすぐさま音に反応し、こっちの方に咆哮を上げながら、勢いよく走ってくる。
それを見て、私はすぐにナイフに構えた。
よ、よし、できる。私はできる。
そして、私に向かってゴブリンがとびかかった。
ゴブリンを目の前にした一瞬、頭の中で死の文字が浮かぶ。
やだ、死にたくない!
反射的に動き、とびかかるゴブリンにナイフを向けた。
…………。
目を閉じてしばらく、シーンと周りの音が静かになる。
何かが呻くような声が聞こえて、顔に温かいものがポタっと落ちた。
ゆっくりと目を開くと、目の前でゴブリンが血を流し苦しんでいる。
どうやら、反射的に向けたナイフが勢いよく刺さったみたいだ。
だんだんと、静かになってそのままゴブリンは黒い煙になって、消滅した。
安堵で体の力が抜けて、その場に膝をついた。
で、できた……。
頬についた血に触れると、温かさが残っている。
私にもできるんだ。こうやって、少しづつ強くなればいつか、親を殺したミノタウロスにも勝てるかもしれない。
そしたら、ずっと抱えていたトラウマもなくなるかもしれない。.
「霞、よくやった」
影さんはそう言いながら頭を撫でる。
「この辺に魔力は感じないな、奥に行けばいるだろうけど、今日はもう帰るか」
影さんが座った私に手を差し出した。
「わ、わかりました」
その手を握り、立ち上がった。
▼△▼△
影さんの後をライトで照らし、来た道を戻る。
時間がたっても、未だ頬に温かさを感じる。
なんとなく、考えていた。
今日はゴブリンを殺した。
けど、いつか影さんの殺しの仕事を手伝うことで、誰かを殺した時、同じような感覚なのだろうか。
目の前で命がゆっくりと静かになっていくような生々しい感覚なのだろうか。
「霞どうした?浮かない顔して」
「その、魔物を殺した時と人を殺した時って同じ感覚なのかなって」
「多分、違うだろ」
影さんは即答した。
「俺は正直わからないけど、多分違うと思う」
「わからないって言うのは?」
うーんと影さんは、難しい顔をして唸り声を上げた後、話し始める。
「俺の考えの中に命の価値ってのがある」
「命の価値?」
私は、影さんの言葉に計りかねるように首を捻った。
「まず、魔物と人間の命の価値は俺にとっては同じだ。だから容赦なく殺すことができるし、殺した後、何も思わない。だけど、霞は違うだろ」
「そ、そうなんですかね」
その場で足を止めて、影さんは振り向く。
「そうだよ。霞は人を殺せば、悔やむタイプだと俺は思ってる、その証拠にそんなことを考えてる。つまり、優しんだよ」
私の頭に影さんが掌をポンっと置く。
少し、恥ずかしく思いながら体が温かくなる。
でも、優しいのかな……私……。