修行とバイト 1
引っ越して一週間がたった。
生活を送る環境が変わり、前よりも全く違う日常を送っていた。
私の朝はランニングから始まる。
なぜなら、それは影さんとの修行の一環だからだ。
▼△▼△
―――――五日前の話。
引っ越したばかりの休日の早朝、私は影さんに呼ばれて多摩川の土手にいた。
影さんの動きに合わせて、準備運動をする。
ラジオ体操の動きだ。
体を動かしながら影さんが、訊いてくる。
「霞って、魔法って知ってるか?」
「それは、なんとなくわかります。なんか、飛ばしたり、浮かしたりすることですよね?」
「そうゆうのも、魔法だが他にもたくさんある。まずはそうゆうのを教えた方がいいな」
「は、はい。お願いします」
準備運動が終わると、影さんは魔法について話し始める。
「魔法って全部で五種類があるんだけど」
「五種類も?」
「そうだ。自分を強化するために使う自強化魔法、火や水とかを出して遠くの敵に攻撃する遠距離魔法、人や物を強化したりする付与魔法に、トラップのように近づいたら作動する設置型魔法、そして最後に人によって能力が異なる特殊魔法が存在する」
そ、そんなに、種類あるんだ。
私、魔法なんて全く触れてきたことなかったから知らなかった。
「で、これから霞に教えるのはこの中の二つ、自強化魔法と付与魔法だ」
「二つだけなんですか?」
「魔力が少ない俺たちは、この二つの魔法しか使えないから」
じゃ、影さんも自強化魔法と付与魔法だけで強いってことなの。
「まぁ、俺には一応、特殊魔法があるけどな」
「どんな、魔法ですか?」
「今、見せることはできないけど、簡単に言うなら魔力を吸ったり、与えたり魔法だ」
そういえば、廃校の魔物から魔力のオーラが消えていく時、一部のオーラが影さんお中に入っていくように見えた。
もしかして、あれが能力なのかもしれない。
「魔法の種類については、なんとなく把握しました」
「よし、じゃ、次はこの二つの魔法の利点を説明しよう」
「利点……?」
「この二つの魔法は、自分で使う魔力の量を調整できる」
なるほど、魔力量の少ない私たちが自分で調整しながら使うなら確かに便利だ。
でも……。
「少ない魔力だけじゃ、普段の力と変わらないんじゃないんですか?」
「それは違う。原理はわからないけどな」
そうなんだ。けど、影さんが廃校で魔物を倒した時のことを考えれば、魔力にはとんでもない力を発揮ための力があるのだろう。
「とりあえず霞、魔力の使い方わかるか?」
「わかりません……使ったことないので」
「そうか、とりあえず胸の辺りにある魔力を手の方に流すのを意識して、俺の手を強く握ってみてくれ」
「わ、わかりました」
胸の辺りに魔力?
魔力ってそもそもどんな感じがするんだろう?
影さんが前に出した手を片手で、握力を計る時みたいにうなり声を上げて、強く握る。
胸に纏わりつくオーラをゆっくり手の方に流していくイメージをした。
すると、胸から力をいれた手にかけて体温が上がっているのを感じる。
これが、魔力……?
「……もういいぞ」
しばらくすると、影さんがそう言ったので手を離した。
私は肩で息をしながら、訊く。
「どうでしたか?」
「霞、本当に魔力使うの初めてか?」
「は、はい」
私が返事をすると、影さんは背中を向けてボソッと呟いた。
「俺、魔力使うのに四日はかかったのに……」
聞こえてますよ……とは、言えない。
ということは、私は魔法の才能があるんだ!魔力少ないけど……。
「魔力は使えてるから、つ、次は魔力の調整だな」
影さんは悔しそうな顔をしながら、次することを口にする。
「とりあえず、またさっきの感じで手を握ってくれ」
「はい!」
「コツはさっき言った意識の感じから、調整する意識をする感じで」
そう言うと、また影さんが手を前に出し、私はその手をまた強く握った。
目を閉じ集中すると、自分の体の胸のあたりから力を入れた手にかけて魔力が流れていくのを感じる。
さっきと同じように、胸から手にかけての温度が上がっているのがわかる。
これを、どうやって調整すれば。
流れてる魔力を止めても手に流れる魔力も一緒になくなるから調整とは言わない。
そうだ……!
「も、もういいぞ……」
目を開くと、目の前に目を丸くした影さんがいた。
「できていましたか?」
「完璧まではいかないができてる……」
「やった!」
その場で小躍りした。
私は、出しながら魔力を調整する意識ではなく、出す魔力を調整する意識をしたのだ。
つまり、飲む分の水をコップに注ぎながら調整するのではなく、コップに水をちょっとずつ入れて飲む分を調整する感じだ。
「俺、三ヶ月かかったのに……」
また、影さんは背を向けてボソッと呟いた。
「と、とりあえず一段階目はクリアだ」
「やった!」
「とりあえず次は体力をつける。よく魔力がなくなったら動けなくなるとか言われてるが体力があれば動ける。だから体力をつけるためにランニングをする」
「はい……」
キツそう……。
「とりあえず霞、お前は魔力の調整はできてるが完璧じゃない、だから完璧に近づくために魔力の調整をしながら走れ」
魔力、使えるなら体力ない私でも少しは余裕になるかもしれない。
「ハアハアハアハア」
もう無理走れない……疲れた、喉乾いた……。そうだった、私、魔力の量少いからまったく助けにならい。
その日、私は息を上げながらなんとか影さんに決められたルートを走り切った。
▼△▼△
こうして私は毎朝、体力をつけるために走っているのだ。
日が昇る前の夜明けに、二本の橋を渡る土手のルートを一周している。
「綺麗……ハァハァハァハァ」
立ち止まり朝焼けを見て口をつく。
走り疲れて歩くと、汗のかいた体を通る冷たい微風が気持ちよかった。
最初はつらかったランニングも少しづつ足を止めずに距離を伸ばして走れるようになったが、まだ半分も足を止めずに走れない。
ランニングが終わると家に戻り浴室で汗を流した。
汗を流すのにいつもぬるめのシャワーを浴びていた。
土手からの帰り道は歩くため、汗と冷たい微風で体は冷える。
そのため、ぬるめのシャワーが体を温めるのと同時に夏の蒸し暑さから涼しさを感じる丁度いい温度なのだ。
シャワーを浴びると、朝ごはんを食べ、洗濯物を回して、干す。
そして私は、家を出た。
下の階のワイルティ―でバイトするのだ。
▼△▼△
「おはようございます」
「おはよう霞ちゃん」
挨拶をすると花見香さんが優しく返してくれる。
香さんの最初の印象はチャラそうだったけど一緒に働いて行くうちに真面目な人なんだと思った。
一から色々、優しく、わかりやすく教えてくれるおかげでバイトもすぐになれたし、私がミスをしてもすぐにカバーをしてくれる。
だから今は、優しくて真面目な私が尊敬する女性だ。
「霞ちゃん、今日は平日だけど学校は?」
「店長には言ったんですけど、先週やめてきました」
そういえば、香さんに言うの忘れてた。
「そっかー……ってええええ!?」
目を丸くして驚いた表情をした後、一息ついて改めて訊いてきた。
「なんでやめちゃったの?」
「学校が大事なのはわかってます。けど、今の私に大事なことを教えてくれるのは学校じゃないと思うんです」
勉強が重要なことも分かってるし、おばあちゃんにもらった学費を無駄にしたことも理解してる。
だけど、今の自分を変えられるのは学校じゃない。ここだ。
「魔力の少ない私を下に見る学校にいるより、ここで働いて、影さんと修行する時間の方が大事だと思ったからです」
「でもね霞ちゃん……」
私の話しを聞いて、香さんは真面目な顔をする。
「……この世界実際それが普通なんだよ、魔力が多いい者が評価されて、魔力の少ない者が何をしても評価されない。それが、この世界なんだよ」
「でも、香さんは私を見てくれるし、評価もしてくれる、あと影さんも、だから私はここにいたいと思ったんです」
まだ、ここにきて一週間だけど、私を温かく見守ってくれるのはここだけだ。
「まぁ、そうね……霞ちゃんがいられる場所はここだけかもね」
香さんは私の頭に手を置いて、微笑む。
「おはよう」
店長が挨拶しながら休憩室に入る。
「店長、おはようございます」
「あ、おはようございます」
私と香さんは同時に慌てて挨拶をする。
身長は小さく、年相応の皺がありいつもムッとした顔をしていて緑のオーラを纏っている。
私は店長を苦手に思っている。
理由はいつも怖い顔をしてずっと無口で何を考えているかわからないからだ。
学校をやめたことを報告した時も、表情を変えずに何も言わないで、ずっと頷くだけだった。
「霞……」
「は、はい」
店長にいきなり名前を呼ばれて、慌てて返事をする。
「……学校辞めてもやることはたくさんあるぞ」
「はい……」
「大丈夫、俺も霞のことはちゃんと見てるから無理しないように頑張れ」
そう言うと店長は厨房の方に入って行った。
店長の言葉に私はびっくりして、一瞬、すべての動きが停止する。
「……は、はい!」
少しの間をあけ、厨房に入って行った店長に聞こえるように返事をした。
店長も、香さんも、影さんも私のこと見てくれてる。頑張ろう。
てか店長、今の香さんとの会話聞いてたのかな?
▼△▼△
白いシャツに店のワイルティ―と名前の書かれたエプロンをつけて、今日の仕事が始まった。
「いらっしゃいませ」
二人のお客さんに、笑顔を向けて挨拶をしてた。
「お好きな席に、お座りください」
そう言うと、二人は窓際の席に座ったようだ。
どうやら、私の目には気づかなかったようだ。
それも、そのはず。香さんの特殊魔法で私の目は普通の瞳になっている。
香さんの魔法は、目や髪の色を変えられたり、一時的に服装を変えることもできるらしい。
服を変えてから役十分くらいで自動的に元の服に戻る。
私が、この目だとお客さんに気味が悪いと思われて、お店に影響が出ると思い相談したら、変えてくれたのだ。
香さんは「別にそのままでいいと思うけど」と言ってくれたけど、私のせいで、お店に人が来なくなるのは流石にダメだ。
だから、今は正三角形が入った青い特殊な瞳は、みんなと同じ瞳の色をしている。
瞳の模様を変えても、魔力のオーラは見えるからあんまり、変わった気がしなかったけど、二人のお客さんの反応を見て安心した。
これなら、私でも働ける。
バイト内容は私の場合、注文を聞いたり、レジ打ちをしたりしている。
香さんがパフェとかの料理をしたり、店長がコーヒーを淹れたりする。そして、影さんは配膳したり、テーブルの片付けをする。
人が入る時間は昼と夕方は結構、人が入ってくる。
朝の十時から六時までが開いてる時間で、私の働く時間だ。
今は週三で働いているが、学校もやめた私はこれから働く日も増えると思う。
「お疲れさまでしたー!」
「お疲れ~!」
裏口から声を掛けると、香さんの声が返ってくる。
それを聞いて、裏口から出る。
「はぁ、今日も疲れたー」
外に出て、大きく息を吸って吐いた。
「んッ……はぁぁ」
体を伸ばすと、気持ちよく感じた。
そういえば今日、影さんに呼ばれてたんだった。
階段を上り、影さんの部屋の前で足を止めて、インターホンを鳴らした。
ピンポーンと音が鳴り、影さんの声が聞こえた。
「来たな、ちょっと待ってろ、今準備する」
影さん寝てたのかな?
インターホンから聞こえた声がガラガラとしていて、起きたばっかりなんだと思った。
しばらくすると、部屋のドアが開いて影さんが顔を出す。
「よし、ついてこい」
影さんの髪には寝癖ができていて、やっぱり起きたばっかりだったんだと確信する。
影さんに後ろをついて行くと、お店の裏口の横にある物置の中に入る。
たくさんの物が埃に被って置いてある。
「影さんここに何があるんですか?」
「えーと、あったあった、えっとーここに住んでる奴がいるんだよ」
住んでる人?影さん、香さん、店長以外にもこの建物に人が住んでるの?
段ボールを一つどかすと、床に付いた収納扉を見つける。
そこを影さんが開けると、階段が続いていた。
影さんが先導して、その階段を下りていく。
こんな埃臭いところに誰が住んでいるのだろう?
鉄の扉の前に来るとかすかに声が聞こえてくる。
影さんが鉄扉を開けるとその声が何なのかすぐに理解した。
それは、女性の喘ぎ声だった。
私の顔の温度一気に上がった。
この声ってそういうことだよね。
部屋の中に入るとそこには白い空間が広がっており、たくさんの道具とたくさんの機械が置いてあった。埃の舞っていた物置とは逆に清潔に保たれている。
「おい、あきーいるかぁ~」
躊躇なく影さんが大きい声で誰かの名前を呼ぶと、声が反響した。
次に「きゃー」と女性の叫び声が響いた。
すると奥からはだけた女性が頬を赤くして、横を走り抜けていく。
そのまま、その女性は部屋を飛び出していった。
後から眼鏡をかけて服を着崩した赤いオーラを纏った男が頬に赤い手のマークつけて出てきた。
「影、お前え来るときは連絡か約束したときにしろって言ったろ」
「何言ってんだ昨。日行くって言ったろ?」
「そうだっけ?」
影さんがため息を吐く。
眼鏡をかけた男はスマホを確認する。
「あ、ほんとだ!」
男から間抜けな声が出た。
「ってことは、この子が変わった目を持った子かい?」
いきなり顔を近づけてくる。
「あ、わ、私雨下霞といいます」
色々混乱しながら名前を言う。
「これは、ご丁寧に、僕の名前は空山知晃です。ようこそ僕のラボに」
空山さんは身振り手振りで自己紹介すると、横で見ていた影さんが耳打ちする。
「あいつ、ナルシストだから」
そ、そうなんだ……。
「あ、あの今日は何で私、ここに連れてこられたんだすか?」
「それはね……」
知晃さんが眼鏡に手を添えて言った。
「……これから君に僕たちの計画を話そうと思ってね」
「計画……?」
疑問になりながら口をつく。
物憂げな表情が変わり、影さんは口角を上げる。
私は唾を飲みこんだ。
「そう、勇者ぶっ殺し計画をこれから霞、お前に話す」