少しづつ変わる日常
廃校の教室の中で、二本足で立つ牛の魔物が綾たちを容赦なく殺していく。
そんな凄惨な光景が、目の前に広がっていた。
私はロッカーの隙間から、何とか息を殺し、震えて見てるだけ。
手に持った斧から血がポタっと何度も滴り落ちる音が聞こえてくる。
魔物がこっちに顔を向けた。
ゆっくりと、こっちへと近づいてくる。
そして、私の目の前に赤いオーラを纏った魔物が立った。
▼▲▼▲
「――――はッ……」
ちりんちりんと目覚まし時計が鳴っていた。
カーテンの隙間から日差しが差した。
「夢か……」
あの後、私は影さんに途中まで送られて家に帰ってきた。
疲れてベットに横になったらそのまま、何もしないで寝てしまった。
体を起こすと、まだ疲労が残っているのがわかる。
昨日、普段体を動かさない私があんなに走れば体が重たくなるのも、足が筋肉痛で痛むのもしょうがない。
まぁ、歩けるし大丈夫かな。
今日は影さんに会う予定がある。
白い紙に書いてもらった『ワイルティ―』というカフェの名前と、住所に今日の夕方に待ち合わせしている。
スマホで調べてみると、結構近い場所にあるので、学校終わりに歩いて行こう。
とりあえず、学校に行かないと……。
ベットから出て、学校に登校する準備を始めた。
▲▼▲▼
太陽からの容赦ない日差しに耐えながら、何とか学校の目の前までやってきた。
一歩一歩が重い。
今日ぐらいバス使ってよかったかな。
ゆっくりとした足取りで、校門に近づくと見慣れない服装をした二人組が立っていた。
ん……何だろうあれ。
校門の前で白いスーツを着た二人組の男が登校してきた生徒に話かけている。
一人の女子が男二人に応じ周りをきょろきょろすると何かを見つけたように、こっちを指さす。
あの子、今、私に指さした……いや私の周りにも人はいるから私じゃないか……。
校門に近づくと二人の男が近づいてきて、話しかけられた。
「あの、少しいいですか?」
……私でした。
戸惑いながらも返事をする。
「な、なんですか?」
暑いから早く教室に行きたいな。
「私たち、こういうものなんですけど」
二人の男が胸ポケットに入った手帳を見せる。
この人達、特殊警察だ……。
テレビとかでは何度か見たことあるけど、実際に目の前にするのは初めてだ。
あ、そう言えば昨日、影さんが別れ際になんか言っていたような……。
片方の手帳に書かれた春野正人という名前を見て昨日のことを思い出す。
―――――明日もし、特殊警察に声を掛けられても俺の名前は出すなよ。特に春野って奴には注意しとけ、めんどくさいからな。
春野ってもしかしてこの人……?
おずおずと顔を上げた。
形がはっきりしている眉毛に目はきりっとしていて、ムッとした表情をしている。がたいのいい体に緑のオーラを纏っている。
この人、なんか怖い。
「ちょっと話聞いてもいいですか?」
「は、はい」
ビクッとしながら、少し遅れて反応する。
春野さんは淡々と昨日のことを説明する。
「昨日の夕方に魔物による事故で女子高生二人と男子高生一人が遺体で見つかりまして、そのことで訊きたいんですけど」
「は、はい……」
なんか、すごい威圧的な何かを感じる。
朝のニュースで、昨日のことやってたな。魔物による事故で解決はしたらしいけど。
それでも三人も死んだから結構大きく取り上げられていた。
ん……でも、解決してるなら何の調査をしてるんだろう?
「そ、そのこと、テレビで見たんですけど、解決してるのに何の調査をしてるんですか?」
そんなことを聞くと、春野さんは鋭い目で私を捉えて、はっきりと言う。
「魔物の調査だ」
「は、はいッ」
春野さんの圧に押されて、声が裏返る。
この人、怖いよ……早く、ここから逃げたい。
その時、後ろで様子を見ていたもう一人の特殊警察が声を掛ける。
「そんな怖い顔したらダメだよ、この子怖がってるよ」
優しそうな声色をしている人の手帳には松田と書いてあった。
ずっと怖い顔をしている春野さんとは逆で松田さんはにこやかな顔をしていて、皴が多くだいぶ年はいってそうだが、体はがっしりとしていて、赤色のオーラを纏っている。
「すいません」と言って春野さんは後ろに下がり、松田さんが目の前に立つ。
この人は優しそう。松田さんは春野さんの上司なのかな?
「昨日、私たちが来る前に別の誰かが魔物を倒しちゃったみたいで、どんな魔物だったかわからないんだよね」
「そうなんですね」
そっか、昨日、影さんが倒しちゃったから。
「三人も殺した魔物のことを知らないといけないから、調べてるんだよ。で、さっきの子から君が魔物に殺された三人に追いかけられてるのを見たって言ってたから、声を掛けたんだよ。何か知らないかな?」
さっき指をさされたのは、そうゆうことだったのか。
魔物のことを隠す理由もないので、普通に話すことにした。
昨日の出来事を自分のペースで、順を追って説明する。
牛みたいな見た目で人みたいに二本足で立って、手には大きい斧を持ったあの魔物の特徴を一つ一つ、伝えた。
その後、一人の男がその魔物を倒したところまで話した。もちろん影さんの名前は出さないように。
昨日のことを思い出すと、激しく心臓が鳴る。
それでも、何とか表には出さないよう震える体を抑えた。
話し終わると、頷きながら、聞いていた松田さんが口を開く。
「それは、もしかしたらミノタウロスかもしれないね」
「ミノタウロス……?」
本の中でしか聞いたことのない名前だ。
私の親を殺した魔物もミノタウロスかもしれない……。
「そう、牛が二本足で立っているような魔物なんだよ。凶暴で、頭もいい魔物だから倒すのも一苦労なんだけど、それを一人で倒せるってすごいな」
それにしても影さん、本当に強いんだ。凶暴で頭のいい魔物をナイフで一刺しして、倒しちゃうんだから。
「その、魔物を倒した人、もうちょっと詳しく知らない?」
やっぱり、訊いてくるよね。
矛盾しないように説明したけど、でも、名前出さないようにすれば大丈夫かな。
「えっと、教室が暗くて顔とかはよく見えなかったんですけど、全身黒い服を着てました」
私が、影さんの見た目の話をすると、後ろで見ていた春野さんが松田さんに耳打ちをした。
こそこそ話をしていたので、話し声は聞こえてこなかった。
「じゃ、これで終わりだよ。調査のご協力ありがとうございました」
私は、二人にお辞儀をして、急いで校舎の方に走った。
正直、この炎天下の中での調査の協力はきつい。
喉がカラカラで体が水を欲しているのがわかる。
教室に向かう前に、水道水をごくごくと喉を鳴らしながら飲むとチャイムが鳴った。
急いで自分の教室へ足の痛みを忘れて駆け込んだ。
▲▼▲▼
―――――――チャイムが今日最後の授業の終わりを告げた。
今日はこれで帰れる。
いつもなら、綾と由奈に人気のない場所につれられて虐めが始まる。
でも、今日はそれがない。
とても気持ちが楽だ。
よし。
とりあえず、影さんお待ち合わせの場所に向かおう。
私は学校を出て数分スマホの地図アプリを頼りに公園の周りを歩く。
公園内から子供の遊び声が聞こえてくる。
汗でシャツが背中にぴったりと張り付いている。
空を見上げると、青い空が広がっているが魔力の色がついた雲を見て、不満に思う。
そろそろ、影さんとの待ち合わせ場所に到着する。
多分、この辺なんだけど……あ!見つけた!
ワイルティーと書かれた看板を見つける。
ここだよね……?
オシャレな雰囲気が漂う入り口から、躊躇しながらも中に入る。
ガラスの扉を引くとチリンとベルが鳴った。
中に入ると喫茶店特有の匂いが鼻を包んだ。クーラーが効いていて、気持ちがいいぐらい中は涼しい。
そして奥から赤い髪に赤い瞳の身長の高い、赤いオーラを纏ったお姉さんが出てきた。
茶色いエプロンをつけてるのを見て店員だと気づいた。
店員さんだ……。美人さんだ……。
「お好きな席にお座りください」
「は、はい」
雰囲気にのまれて、少し遅れて返事をする。
きょろきょろしながら店の奥に進むと、カウンター席の奥に人を見つける。
びっくりした……。
すごく険しい顔をしたおじいさんが静かにそっと座っていた。何を見ているのかわからない。
……と、とりあえず席に座ろっと。
カウンター席に椅子は四つあって、窓際に四人くらいが座れる席が二つあって、奥の壁に沿って二人しか座れない席がある。
私は外の景色が見える窓際の席に腰を下ろした。
窓の外には子供たちが遊ぶ公園がよく見える。
置いてあるメニュー視線を移す。
影さんが来るまで、まだ時間ありそうだし何か注文しよう。
机の上に置いてあるベルを鳴らすとさっきのお姉さんが出てきて、注文する。
「ホットココア一つください」
店員さんは紙に書いた後「お待ちください」というと奥に入っていく。
お腹すいてないけど、せっかくお店の中に入ったし注文しないとね。
「はあ……」
一段落つくと胸を撫でるような気持ちになる。
なんか眠くなってきた。
涼しい店内に温かい太陽の日差しが差して、あまりの居心地の良さで自然に欠伸が出そうになる。
久しぶりな気がする。こんなふうにのんびりとした時間を過ごすのは……。
しばらくたつと奥から男の店員さんがおぼんの上にカップをのせて持ってくる。
「お待たせしました」
聞いたことのある声が耳に入る。
店員さんの方に視線を向けた。
「か、影さん?」
「お、来たな」
白いシャツの上に茶色のエプロンを身に纏い、影さんは私が注文したココアを持ってきた。
「もうちょっとで、バイト終わるから待ってて」
そう言いながら、影さんは奥に戻っていく。
影さんここで働いてたんだぁ……。なんか、昨日感じた印象とは全然違うな。
昨日は目の前の魔物に躍動感ある動きをしていたのに、今は物憂げな様子を纏っている。
置かれたカップの中のココアを
「ん……?」
もう一度すする。
お、おいしい……おいしすぎる。
喫茶店でココア飲んだのは初めてだけど、ここまでおいしいの。
少し飲んだだけで分かる美味しさ。口の中にココアの甘い風味が広がる。
これは、ハマりそう・・・・。
落ちそうなほっぺを手で押さえながら思う。
正直何も考えないで頼んだココアがこんだけうまいと別も気になる。
そう思いながらさらにメニューを広げる。
コーヒーがおすすめかぁ~……私苦いの苦手なんだけど、少し興味が湧いたから今度頼んでみようかな。
イチゴパフェもある!
メニューの写真を見るだけで、うまいとわかる。
コーヒーと一緒にこれ食べたら絶対にうまいじゃん。今度、苦手のコーヒーと一緒にパフェも頼もう。決めた。
ゆっくりとココアを飲み終わると後ろから肩を叩かれる。
「飲み終わったか?」
「はい、うまかったです!」
「そうか、それじゃーついてこい」
会計を済ませ、お店を後にして、影さんの後ろをついて行く。
特に会話もなく少し歩くと、アパートみたいな建物に近づいた。
ここって、喫茶店の裏だよね。今、くるっと回っただけだし。
カフェのオシャレで明るい外装と比べて、お店の裏は暗い印象がある。
この建物は三階建てのようだ。
階段を上り始めると、影さんは口を開いた。
「お前、昨日なんか逃げてたみたいだけど、なんで?」
「え……なんで知ってるんですか?」
「だって、ぶつかった時、急いで行っちゃったし。その後、三人くらいの男女がお前の追って行ったし」
「え……」
ぶつかった人?
そういえば昨日、黒い服を着てた人にぶつかった記憶がある。
魔物とかで、忘れてたけどあれって影さんだったの!?
だったら、ちゃんと謝らないと、昨日は私の不注意のせいでぶつかったんだから。
「昨日は、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
何度も頭を上下する。
「全然気にしてないからいいんだけどさ、なんで昨日逃げてたの?」
「そ、それは……その……虐めを受けてたから……」
謝る時より、声が小さくなってしまう。
「そうか、虐めか……」
影さんは、ドアの前に止まりポッケの中から鍵を取り出し、ドアを開けた。
それ以上、影さん虐めに関してのことは何も聞いてこなかった。
「わっ!!」
「――――ふぇッ」
突然、後ろから誰かに驚かされる。
おどおどしながら、振り向くとそこには、さっきの赤い髪の店員さんがいた。
「香、なんだよ」
眉をひそめて、影さんも振り返る。
「なんだよ、じゃなくてさ~、部屋に女子高生連れ込もうとしてるから、まずいなって思ったから声を掛けたんだよ?」
「なんも、やましいことはないから大丈夫だよ」
「本当かな~」
「本当だよ」
面倒そうにしてる影さんを赤い髪のお姉さんは楽しそうにいじってるように見える。
「じゃぁ、その子は何?」
「こいつは俺の弟子だ」
「弟子!?」
驚いた表情を見せて、私の方に視線を向ける。
「本当……?」
「は、はい……」
「そうなんだ……影に弟子か~」
「だからそう言ってるだろ。これから色々説明するんだよ」
「そっか、それじゃ私は行くね」
そう言って、赤髪のお姉さんは小さく手を振って、隣の部屋に入っていった。
それを見て、私たちも部屋の中に入る。
ドアを閉めると影さんはため息を吐く。
「あれは、花見香っていう、下のカフェでバイトする同僚だ。あーやって絡まれると面倒だから気おつけろよ」
「わ、わかりました」
定員さんの時はクールな人だなって思ったのに、全然そんなことなかった。
玄関で靴を脱ぎ、影さんに部屋の中へと促される。
狭い廊下を進むと、一室に案内された。
部屋の中は、生活感はあるが、必要なもの以外置いていないからなのか、殺風景だ。
真ん中に長方形の机と壁際にテレビが置いてあるそれだけだ。
布団とかベットとかも置いてないけど、ここで影さんは生活してるのかな?
ベランダの向こうには子供たちが遊ぶ広い公園が見える。
「そこ座って」
「は、はい」
影さんに促され、私は長方形の机の短辺に座る。
すると、影さんはコップにお茶を注ぎ、私の前に置くと、向かい合うように座る。
お茶を一口飲むと、影さんは口を開いた。
「聞きたいことと、話したいことが何個かあるから、まず聞いていいか?」
「はい」
「えっと、昨日言ってた人の魔力の量がわかる目って言うのは、その青い目で合ってるか?」
「そうです」
「どんな風に見えるんだ?」
私は頭の中で整理しながら話す。
「その、私には人が持つ魔力が青、緑、赤の色が靄のように見えてて、それをオーラと言ってます」
「なるほど……ちなみに俺のオーラの色は何色だ?」
「青です。だから、少ないです」
影さんは、考えるように手を顎に置く。
「人以外にもオーラは見えるのか?」
「魔力があればすべて見えると思います。例えば空に浮かぶ雲にも魔力がついていますし」
「え……雲?」
驚いたように反応した後、眉間に皴を寄せてさっきよりも長く、影さんは思考を巡らせている。
しばらくして、ようやく顔を上げてこっちを見る。
「まあ、青い目の話は分かった。次の話に移るんだけど、単刀直入に言うと……」
影さんの目がきりっとして、緊張感が漂う。
「俺は殺しの仕事をしてる」
「え……そ、そうなんですか?」
「そうだ、俺の弟子になるなら、殺しの手伝いもしてもらう。だから、弟子をやめるならまだ、間に合う、どうする?」
影さんは嘘を言っていない、顔を見ればすぐにわかる。
でも、自分を変えるために弟子になって、その過程で私は人を殺すの?私は人を殺せるの?
無理に決まってる。
それでも、自分を変えるチャンスがあるのは今しかないかも、しれない。
だったら……。
「影さんは、どんな人を殺してるんですか?」
「そうだな、主に犯罪者だ。特殊警察が捕まえられないような魔法の力を持ってる奴を殺してる」
「わかりました……」
私は震える体を抑えこみ、振り絞るように口にする。
「私、弟子になります」
「わかった」
影さんは口角を上げた。
決めたのだ。
雲一つない空に浮かぶ月に向かってこの世界で生きると、だから、生きるためにこの人に私はついて行く。
でも、影さんはどうしてそんなことをしてるんだろう?
「じゃ、もう一つ、この建物、部屋が空いてるからここに引っ越してこないか?条件はあるけど」
「わかりました。条件って何ですか?」
「下の喫茶店で働くこと」
「ここに引っ越してきます!」
断る理由もないので、私は即答でその条件をのんだ。
「じゃ、うちの店長兼オーナーに話しとくな」
店長って、あの難しい顔をして、緑のオーラを纏っていたおじいさんのことかな。
話すことも聞くことも終わったらしいので私は帰宅することにした。
玄関で靴を履き、影さんに一礼して外に出た。
空はすでに暗くなっている。
夏の生温い風が私の頬を撫でた。
その時、肩を優しく叩かれた。
振り返ると影さんが申し訳なさそうに立っている。
「あの、名前なんだっけ?昔から、人の名前覚えるの苦手で」
確かに今日、影さん、私のことお前とか言ってた。弟子だからだと、思ってたけど、ただ、覚えられなかっただけか。
まあ、一方的に名前言っただけから、覚えるのも難しいよね。
私は、声に力を入れて言う。
「私の名前は、雨下霞です。これからよろしくお願いします!」
すると影さんは背中を向けて何度も、私の名前を口にした後、振り返る。
「霞、これからよろしくな!」
「はい!」
▼△▼△
―――――一週間後、新しい場所へと引っ越した。
部屋の間取りは、影さんの部屋と変わりない。
今まで住んでいた部屋と比べてもほとんど変わっていない。
けど、新しい場所でこれから新しい日常を送るんだと考えたらわくわくした。
こうして、私の日常が少しずつ変化していくの実感した。