出会い
今日も長くて、痛くて、苦しい一日が始まる……学校、行きたくない……。
ゆっくりとした足取りで校門を通り校舎の中に入っていく。
視界に入るすべてが、モノトーンのように色を失っている。
麗華がいた時は、たくさんの彩で溢れていたのに、おかしいな……。
霞がかかる視界の中、オーラの色だけがしっかり認識できる。
どうせなら、全部の色がなくなればいいのに。
自分の教室に入り席に座ったと同時にチャイムが鳴り教室に先生が入ってきた。
帰りたい……。
今日やる授業や、放課後のことを考えると自然にそう思った。
廊下を歩いてるだけで活気を感じる魔法科の先生とは違い、学科の先生は気怠さを感じるゆっくりとした足取りで教壇に立ち、締まりのない声で授業を始める。
私は知っている。
学科の先生は、魔法科の先生に逆らえないのだ。だから、魔法科の生徒が学科の生徒を虐めていても、先生は何もすることができない。
だから、耐えるしかない。
耐えて、耐えて、耐えて、耐えるしか私にはできない。
嫌だな……こんなの、死んだほうが楽だ。
そんなことを考える頭に授業の内容なんて入ってくるはずもなく時間が過ぎていく。
――――――下校を告げるチャイムが鳴る。
みんな帰れるのに何で私だけ……まだ帰れない……。
学校内が静かになったころ教室を出て、下駄箱で靴を履き替え、校舎を出るとすぐに女子二人が近づいてきた。
綾と由奈だ。
「来るのおせーよ、みんなが帰ったら出てこいって言ったけど、さすがにおせーわ」
由奈がそう言いながら私の腕を力強くつかみ今日も人気のないどこかに連れていかれる。
「痛い……」
「腕つかんだだけで痛いとかよっわ、どんだけ雑魚なんだよ。私が強くなれるようにしてやろうか?」
ニタニタと笑みを作りながら由奈は、手に力を入れた。
「痛い……痛い……や、や……めて……」
「じゃあ、遅刻したこと謝れ」
力強くつかんでいた腕を放し、土下座しろと言わんばかりに由奈と綾は私を睨んだ。
逆らうこともなく土下座をして謝る。
「ごめんなさい……」
「くっくく……あははははぁ……こいつマジかよ。土下座しろなんて言ってないのに、土下座したぞ!」
「由奈笑わないで、こっちまで面白くてうふふふ……」
土下座しなければ、しないで、無理やり顔を地面に押し付けられる。
いつもそうやって、この二人は理不尽なのだ。
早く家に帰りたい……。
限界はすでに来ている。だけど、何もすることはできない。
ただ、耐えて我慢するしかない。
「早く顔上げろよ!そんなことしてる暇はないんだよ、今日は先輩を待たせてるんだから早くしろよ!」
「ごめん……な……さい」
由奈に髪を引っ張られながら立ち上がり、また強く腕をつかまれた。
痛い……痛い……帰りたい……。
でもそっか……帰っても、明日は来る……こんな日常いつまで続くんだろう……このまま時間が止まればいいのに……。
「先輩連れてきましたよ」
由奈の声に気づくと、体育倉庫の中だった。
目の前には綾と由奈が先輩と呼ぶ、がたいが良くて、赤いオーラを纏った男がそこにいた。
「おせーよ。まっ、いいや。最近ずっと忙しかったし、久しぶりに楽しみますか」
その男の下品な笑みを見た時、自分がこれから何をされるのかを一瞬で理解する。
覚えていた。この男が麗華に何をしようとしたのかを。
「先輩、私ともお願いします」
綾が男にもたれかかる。
「綾は後でな、まずはこいつが堕ちる姿を楽しみたいしな」
そう言いながらこっちに近づく男を避けようと、一歩後ろに逃げようとするが由奈がそれを許さない。
「今日は、怖くないよ?楽しくて気持ちがいい遊びをするんだよ」
男は笑みを浮かべ私の体を下から上に舐めるように見た。
「あれ、なんか変な目だな、でも楽しめるならいいか」
逃げないと……。
これからされることを想像するだけで、そう思った。
……これ以上は本当に壊れてしまう。
逃がさないためにずっと由奈は私の腕を強く握っている手を振り払おうとした。
「おい!暴れるな!」
けど、由奈の力は私の何倍も強く中々離れない。
その内にもゆっくりと、余裕な顔をして男は近づいてくる。
私は何とか、体を動かし由奈から手を振り払おうとするが離れない。
離れようとする私を由奈は無理やり引き寄せて背後から脇の下に両手を通して体を動かせないようにする。
男はズボンを下ろし、目の前まで来ていた。
それでも私は、動かせる部分をバタバタとして抵抗した。
そして、私の後頭部が由奈の顔面にヒットする。
「いっ!」
脇下に通った腕の力が抜けた瞬間、私は由奈を突き飛ばした。
鼻を手で押さえて、床に座いている由奈を横目に私は体育倉庫を飛び出した。
「ハアハア……」
今までには出したことのない全力疾走で綾たちに連れられた道を通り、校門を抜けた。
まだ、下校中の生徒が歩いている横を追い越していく。
綾たちは必ず私を追いかけてくる。
私は何度も、綾たちに虐められるのを避けるために隠れたり、逃げたりしたが、必ず見つかってしまう。
綾たちは、私を必ず見つける力も追いつくための力も持っている。
だから、今回も追いかけてくる。
家の方向の道をひたすらに走った。
走る私に太陽は容赦なく強い日差しで照らした。
着てる制服が汗で、張り付く。
普段、体を動かさないからすでに限界は近かった。
だんだんと、走るスピードも落ちていきふらふらとした足取りで、道を曲がろうとした時だった。
「うがッ」
その曲がり道から人が出てきてぶつかってた。
視界が暗くなった。
「ハアハアハアハァ」
痛みはあったがぶつかった人がクッションになったおかげで怪我は一つもない。
でも、限界だ。もう走る体力がない。
「おい、大丈夫か?」
低い声が耳に入る。
声がする方にゆっくりと視線を向けると、小柄な体に真っ黒なパーカーを着て、黒髪でつり目の青いオーラ纏った男がいた。
どうやら、私はこの人の懐に顔を埋めていたらしい。
声が出せないほどに激しく息切れをしていて、黒髪の男の顔をしばらく見つめた。
「見つけた!」
後ろから突然、声が耳に入る。
やっぱり追いかけてきてる逃げないと。
すぐに誰の声なのか理解した。
「ごめんなさい……」
すぐに立ち上がり、聞こえるのかわからないくぐもった声で謝り、曲がらないで道を真っ直ぐに進んだ。
逃げないといけない、という気持ちが足をまた動かした。
けど、走れるほどの体力が残ってるはずもなく、歩いてる時と変わらないスピードで逃げた。
後ろのから追いかけてくるような声はだんだん近くなって来る。
「ハアハアハアハァ」
足が痛い……このままじゃ追いつかれちゃう……どうしよう。
動かすたびに足に痛みを感じる。
「もうあきらめて俺と遊ぼうよ~」
鮮明に三人の姿が見えるくらい距離は縮まっていた。
やだ……捕まりたくない。
何かないかと周りを見ると目に留まったのは『立ち入り禁止』と書いてある黄色い看板。
何かと思い看板の奥の方を見る。
そこには廃墟となった学校があった。
大都会の東京でも、廃墟は存在する。
丁度十年前、魔王が襲来した日、たくさんの魔物が暴れた。
そして、大量の建物が破壊されたり、燃やされたりした。
そんな建物が未だに廃墟として残っているのだ。
閉じた校門の上をよじ登って、残った体力で校庭を進んだ。
昇降口はガラスが派手に割れている。
だんだん日が沈み暗くなっていくこともあり、校舎の中からは不気味な感じがした。
誰もいないよね……。
それでも、私は迷わず校舎の中に足を踏み入れた。パリッと、散らばるガラスの破片を踏みつけて。
窓から照らす夕焼けの光を頼りに校舎の中を進んだ。
その時、男の声が響いた。
「おーい廃校に隠れても無駄だよすぐに見つけちゃうから」
階段で三階まで登り埃が舞う廊下を歩き奥の教室に入る。
「ハアハアハア」
早く隠れないと見つかっちゃう……。
「おーい、どこに行ったのかなぁ~」
男の声が響きわたり、私を余計に焦らせる。
教室の中に置いてあるロッカーの中に急いで身を隠した。
――――ガシャン。
まずい……。
焦って隠れたせいでロッカーから音が出てしまった。
「―――ん?こっちから音がしたな……ここかなぁ」
金髪の男が綾と一緒に私が隠れている教室に入ってくるのを、ロッカーの隙間から見る。
「どこに、隠れているのかなぁ?」
「そのロッカーに隠れてますね」
「綾の能力は便利で助かる」
綾がすぐに私の隠れているロッカーに指をさした。
なんで、すぐに私の隠れている場所わかるの……?
そして、余裕の笑みを浮かべてこっちに二人は近づいてくる。
その時、突然、叫び声が校舎の中に響いた。
「だれかァ―――!たすけてェ―――!」
必死な叫び声が耳をつんざく。
声はだんだんこっちの方に近づいてきた。
「しにたくなぃぃ――――!」
その長い叫び声がぴたっと止んだ。
突然のことにロッカーに近づこうとしていた二人は当惑している。
「えっ、ゆなぁ!」
綾は由奈の名前を大声で呼んだが、反応がない。
「私、あっちの様子見てくる」
「お、おう……」
綾は走って教室を飛び出したその瞬間。
「―――――ッ!」
いきなり押しつぶされそうな圧力で体が重くなる。
この感じ、覚えてる……あの時と一緒だ。
「先輩……」
勢いよく教室を飛び出したはずの綾が、ゆっくりと後ずさりながら教室の前で震えている。
「たす……け」
綾がこっちの方に顔を向けると、突然、首が切断されて頭が飛んだ。
そのまま、顔は教室の中へと転がり、体は大量の血を流し倒れた。
え……。
そして、ドスドスと足音を立てて教室の前に赤いオーラを纏った何かが姿を現した。
それは、頭に大きなツノを生やして、牛みたいな見た目で人みたいに二本足で立っている。手には血の付いた斧を持っている。
それは、私の親を殺した魔物に似ていた。
鼓動が激しく動き出し、過呼吸になる。
「ハァハァハァハァ」
な、なんでいるの……?
男もこの惨状を目の前に絶望している。
「は?なんだよこれ……どうなってんだ?……夢か?夢なのか?」
男は現実を受け入れられないのかそんな言葉を吐く。
牛頭の魔物は、大きな体で無理やり教室の入り口を押し破って、入ってきた。
「来るな……まだ……死にたくない……」
近づく魔物から逃げようとするが、男は窓際に追い詰められる。
男は抵抗しようと手から火の球を放つ。だが、魔物に効いてはない。
同じ赤のオーラを纏っているはずなのに、魔物が纏う赤いオーラの方が赤が濃く私に恐怖を与えた。
「ヤダ……俺は……まだ……」
抵抗すら、ものともしない魔物は手に持った斧で振りかぶり、容赦なく男を切り裂いた。
夕日に照らされた教室の中は、凄惨な光景が広がっていた。
「ハアハアハア」
ロッカーの中で震える私は、自分がうるさいと思うくらい心臓が鳴っていた。
何とか息を手で抑えて、呼吸を止めようとするが激しくなる一方だった。
魔物はロッカーの中で激しく呼吸する音が聞こえたのか、ロッカーの方へと近づいてくる。
いつも、死にたいと思っているのに、いざそれを目の前にすると恐怖してしまう。
ロッカーの前にはすでに、魔物が立っている。
もう……生きるのあきらめていいよね。
その時――――
霞、生きて……。
脳裏で誰かの言葉が響いた。
お母さんが魔物に殺される直前に言っていた言葉だ。
死のうとすると、その言葉が私の体を止める。
目の前に死が近づいているのに、楽になれるかもしれないのに……。
親のそんな言葉に縛られてる。
生きてもなんもないのに……。
パリーン。
一瞬の出来事だった。
魔物が丁度いる場所の窓ガラスを割って人が入ってきた。
手にはナイフを持ち、その勢いのまま、魔物に攻撃を仕掛けるが防がれてしまう。
魔物に突き飛ばされ、そして今、私の隠れるロッカーの目の前にその人は立っていた。
黒いフードを被り、手にはナイフを持って、魔物と睨み合っている。
「やるな……」
低い声が聞こえてくる。
男の口角が上がったように見えた。
でも、絶望する私の気持ちは変わらない。だって、この人が纏っているオーラの色は青だから。
赤いオーラを纏っていた金髪の男でさえ、この魔物に恐怖していた。
勝てるはずがない……。
でも、魔法なんて使える量の魔力を持ってないはずなのにどうやって、三階の窓を破って入ってきたのだろうか。
それだけが、頭の中でひっかかった。
男はナイフを逆手持ちに持ちかえて、構える。
そして、床を蹴り低い姿勢で、魔物の方へ突っ込んだ。
魔物もその動きに反応して手に持つ斧を横に振る。
だが、目で追えないような速さで男は飛び上がる。
私は何とか、青いオーラの残像を目で追いかけた。
宙に浮いても、男の勢いは止まることがなかった。
斧を回避し懐に入って、ナイフを素早く魔物の胸の辺りに刺した。
その瞬間、牛頭の魔物は叫び声を上げた。
残った赤いオーラが煙のように、キラキラと上に向って消えていく。魔物は消滅した。
そして、そこに立っていたのはフードを被った男だった。
白黒に霞んだ視界に一つの青い光が差した気がした。
もし、魔力が少なくても強くなる方法があるなら……。
もし、私が強くなれるのなら、嫌いな自分を変えられるかもしれない。
もし……。
気づいたら私は、青い光に向かってロッカーを飛び出していた。
「あのッ!」
教室に声が響いて、男が振り返る。
「わ、私の名前は雨下霞、私、あなたみたいに強くなりたいです。だから弟子にしてください!」
「は?」
男は困ったように頭を掻いた。
「俺、別に魔法使えないんだけど」
「知ってます」と即答した。
「へ?」
驚いて、男は目を丸くする。
「なんで知ってるの?」
「私、この変な目で見えるんです。人が持つ魔力の量が、だからあなたの持つ魔力が少ないのも知ってます」
「じゃ、尚更なんで俺に弟子入りしたいと思うんだよ」
「私は、魔力が少なくても強くなる方法を知りたいからです」
「なるほどな……」
しばらくの沈黙が落ちる。
周りに視線を向けると、教室の惨状が目に入って思わず吐き出しそうになる。
でも、男の青いオーラを見ていると、安心できた。
この人はこうゆうことにも、慣れてるのかな。
男はようやく口を開く。
「じゃぁ、お前はなんで強くなりたいんだ?」
「わ、私は……」
私が強くなりたい理由それは……過去のトラウマに怯える自分を変えたい、弱い自分を変えたい、一人じゃ何もできない自分を変えたい、そして弱い自分に負けないようになりたい――――――。
拳をぎゅっと握り、視線を男の方に向けて、答えた。
「私は、今の自分を変えるために強くなりたいです」
男は私の目を見つめ返した。
しばらく、見つめ合っていた。
フードの奥に見える目を私は見ていた。
教室の中が、太陽が沈みだんだんと暗くなっていく。
「わかった。弟子にしてやる」
男が手を差し出す。
「この手を取れ」
私はなるべく周りを見ないようにして、おずおずと窓際に立つ男に近づいた。
ゆっくりと男の掌に手を置く。
「俺の名前は影だ、行くぞ!」
「影、え?」
その時、置いた手が強く握られて、連れ出されるように割れた窓から三階の教室を飛び出した。
「いやあああああああ」
胃が浮いた、まるでジェットコースターに乗ったみたいだった。
すぐに地面に着地して、影さんにお姫様抱っこみたいに受け止められる。
「大丈夫か?」
口角を上げて訊いてくる。
「な、なんで」
「だって、死体の近く通るの嫌だろうなって思ったから」と笑いながら答える。
「そ、それは、あ、ありがとうございます」
「後、これ楽しいから」
もしかして、そっちが本当の飛んだ理由じゃないよね?
その場に降ろしてもらうと、足がまだがくがくと震えていた。
「楽しかったか?」
「こ、怖かったです……」
影さんはあはははと楽しそうに笑った。
空は薄暮に染まっている。
綺麗……。
久しぶりに見上げた空には、雲一つなく月が浮かんでいた。
死んだら終わりだ。だから、この世界で生きよう。
生きて、私がこの世界に生まれた意味を見つけよう。
ここで1章は終わりです。
2章は、溜めて投稿します。