日常
――――あっという間に一年がたち学年が上がって、高校二年生になった。
わかっていたけど、バイトと勉強の両立は大変だ。だけど、麗華という友達ができたことで毎日が楽しい。
魔法科は人数が多いいからクラス替えがあったみたいだけど、私たち学科は人数が少なくクラス替えがなかったので、二年になっても麗華とクラスは一緒だった。
「そういえばさ、うちのクラス転校していく生徒多くない?」
麗華が教室を見渡して訊いてきた。
「確かに一年の時、五人くらい転校したよね。クラスの人数がもとから少ないせいでなんか寂しく感じるよね」
転校だけではなく、学校に来なくなってしまったり、学校をやめてしまった人もいる。
「何でだろうね」
「私も、わからないよ」
本当にどうしてだろう?
何か、理由があるのかな?
―――――――次の日、私は風邪をひいて学校を一周間、休んだ。
麗華はお見舞いに行くと連絡がきていたが来なかった……。
「お見舞い行くとか言って一日も来ないことある?」
「ごめん、ごめんいきなり用事が入っていけなかった……」
お見舞いに行かなかっただけならまだいいが連絡すらしてこない。
「何で連絡してこないの?」
「ごめん、連絡は色々あってできなくて、ごめん……」
「家に麗華が来るの楽しみにしてたからちょっと残念だった……」
「ごめんね、これコンビニで売ってた季節限定のスイーツ上げるから許して」
私のご機嫌を直すためだけに買ってきたであろうスイーツを麗華の手から取る。
「いいよ、風邪ひいた私が言うことじゃないけど連絡すらしてこないから心配しただけだから……」
麗華はいつもの笑顔に戻して、口角を上げてからかうように言う。
「霞は可愛いなぁー」
「もう!からかわないでよ……」
恥ずかしくて、顔の温度が熱くなった。
「そうだ麗華、放課後久しぶりに遊ぼ!」
「ごめん……今日予定があって遊べない……」
思い出したように麗華の顔から笑顔が消えて、俯いて小さい声で謝ってきた。
普段、麗華からの遊びの誘いが多いいが、今回は数少ない私が遊びに誘ったのに断られた。
不断なら「珍しい」とか言いながら即答で決定するのに、今回はなぜか迷うように断られた。
私がいない間に何かあったのだろうか?
「全然いいよ、何で麗華が謝るの?予定は仕方ないよ」
「そ、そうだよね!謝る必要ないよ……!」
そう言って麗華は今まで見たことない笑顔を作る。
それは笑っているのかわからない笑顔。
――――それから二週間がたった。
バイトのせいもあるけど、ここ二週間は麗華とは遊んでない。
遊ぼうと誘っているけど、麗華には断られてしまう。
会話もまったくしないようになってしまった。
話しかけるが、麗華からの短い返事だけで会話は終わってしまう。
だから、最近はなんか麗華と居ると気まずく感じることが多くなったから、会話もしてない。
隣の席に座る麗華は、何故かずっと暗い顔をしている。
だけど、麗華は私にとっての唯一の友達だから仲良くしていたい。
よし、今日は声をかけてみよう。
私はそう決意をして、学校に向かった。
▲▼ △▽
そんなことを考えていると教室に麗華が入ってくる。
「おは……」
声をかけようと近づいて顔を見ると、いつも綺麗な顔が暗く疲れ切ったような麗華らしくない顔をしていた。
「大丈夫、なんかあった?」
心配して声をかけたが「大丈夫」と言っていつもの笑顔を作った。
この、笑顔は麗華が無理矢理作っている笑顔だと私は知っている。
前の楽しそうに笑う麗華を知ってるからすぐにわかる。
この笑顔は、私に何か隠してる。
「本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫だから……心配しないで」
前まではあんなに元気だったのに、今はその面影も見えない。
「そんな顔して大丈夫って言われても説得力がないよ。なんかあるなら話してほしい私たちは友達でしょ?」
「うるさいッ!……ごめん、でも……」
麗華は突然大きな声で叫んだと思ったら、周りを見て落ち着いてまた「大丈夫」と言って自分の席の方に歩く。
「突然、大きな声出してごめんね……。でも大丈夫だから……」
「わかった、授業始まるし席戻るね」
それ以上踏み込めなくて私は自分の席に戻る。
麗華が大丈夫ではないのは、わかるけど麗華自身が話してくれないしなぁ。
これ以上、踏み込んではいけない問題の可能性もあるし、私のできることなんてないのかもしれない。
だけど、放っておけないよ。
でも、どうしよう?
麗華とは一年間一緒にいたけど、そんな私にも話せないことってなんだろ?
まだ、私は麗香のこと全然知らないのかもしれない。
▲ △
授業中、私は麗華のことで頭がいっぱいで全く集中できない。
どうしたら今の麗華の事情を知れるかな?
あっ、良いこと思いついた。
あんまりいい方法ではないけど、麗華のこと知りたいし
今日、さっそくやってみることにした。
下校を告げるチャイムが鳴った。
私は早めに教室を出て、校舎の外にある木の陰に隠れた。
これしか方法がなかった。
今の麗華を知る方法それは……。
―――――――バレないように後をつける。
つまり尾行。
それにしても麗華のあんな顔初めて見たな……。
私を睨む目にはクマができていて、血色のよかった肌は荒れていて、前より少し痩せていた麗華は、私に「うるさいッ!」って張り上げた声で怒りをぶつけてきた。
その時の麗華の大きい声と元気のない真っ青な顔が私の頭をよぎる。
正直、あれが怒りなのかもわからない。溜まったストレスを私にぶつけてきたようにも感じた。
下を向いて考えていると麗華が校舎から出てきた。
あっ、出てきた。
ん……?あの子たち誰だろう?
麗華が校舎から出てきたと思ったら、さっきから校舎の前で話してた女子二人に話しかけられている。
あれは……魔法科の生徒だ。
女子二人の胸に魔法の「魔」と書かれたバッチをつけているのを見て気づいた。
魔法科と学科を分けるためにそれぞれ別のバッチが制服についている。
ちなみに学科は「学」の文字がついたバッチがついてる。
このバッチは、魔法科の生徒と学科の生徒をわかりやすく分けるものだけど、バッチのデザインというか、見栄えというか、ダサい気がする。
私の目には一人は緑のオーラを纏っていて、もう一人は赤いオーラを纏っているのが見えた。
あれ、どこ行くんだろ?
少し話した後、移動を始めるが、何故か校門の方に行かず体育館のある方へ歩き始めた。麗華は先を歩く二人の後をついて行く。
二人の女子は楽しそうに話して歩く中、麗華の歩く後ろ姿は弱々しく見えた。
私はその後をバレないように物陰に隠れながらついていく。
そして麗華たちは体育館の横にある体育倉庫に入っていった。
麗華、体育倉庫で何してるんだろう?
私はゆっくり体育倉庫に近づいて少し開いたドアの隙間を覗いた。
「私もう……痛いのヤダからやめない……?」
麗華が震えた口調で二人の女子相手に話していた。
「私たちが飽きるまで、やめるわけないだろッ!」
その時、一人が話しながら麗華を思いっきり殴る。
もう一人は麗華の苦しむ姿を見て、笑っている。
「ゲホッゲホッ……もう……殴らないで……」
麗華は倒れて、腹部を殴られたからなのか、咳き込みながらしゃべる。
「誰がしゃべっていいって言った?」
そう言いながら麗華をまた殴り始める。
私はその光景を見て麗華が魔法科の人達に虐めを受けていたことに気づいた。
魔法科の人が学科の人を下に見てたのは知ってたけど、こんなことまでやっていたなんて知らなかった。
と、とにかく、せ、先生に報告しないと。
「ごめんなさい……ごめ―――」
「だからしゃべんなよ」
何度も何度も殴られながら、春香は何度も「ごめんなさい」と口にした。
「由奈、今日は先輩に来てもらってるし、こんだけ痛みつければこいつも動けないでしょ」
「そうだね、あとは先輩に任せちゃお」
二人が殴る手を止め、ニヤニヤしながら麗華から離れた。
「先輩ヤっちゃっていいっすよ」
一人がそういうと後ろから金髪でチャラそうな見た目の赤いオーラ纏い、「魔」の文字のバッチをつけた男が出てきた。
頭ではわかってるのに、体が動かない。
「この子の初めてもらっちゃっうよ~」
体育倉庫の奥から下品な笑みを浮かべ、男がズボンのベルトを緩めながら麗華に近づく。
それを見た麗華は何をされるのかに気づいて、体育倉庫の出口に向かって逃げようとするが殴られたせいで思うように体が動かないのか、床を這いずる。
麗華は出口に手を伸ばした。
その時、麗華と目があった気がした。
その光景が、親が魔物に殺された時に似てるような気がした。
隠れてる私に手を伸ばすお母さんの姿に。
――――ズサッ。
地面と靴が擦る音が鳴った。
「ん?そこ、誰かいるのか?」
男が音に気付いた。
何とか動かした私の体は氷のようにピタリと止まり、冷たい汗が頬を伝う。
ヤバい……。
一瞬、男が別のことに気を取られてる時、麗華はその隙に逃げようとする。
けど、すぐに気づかれる。
「逃げないでよ~」
「やだッ、触らないでッ―――――――!」
男が麗華の足を掴む。
「大人しくしないと痛いよ?」
「やだやだやだ……触らないで!」
麗華は顔を地面に押さえつけられて、男にスカートを無理やり下ろされそうになっている。
その光景を私はただ、親が目の前で殺された時のように何とか息を殺して見ていた。
少しの呼吸音ですら、出したらバレて殺されてしまう。
私は怖い。男が全身に纏っている赤いオーラが怖い。
だって、親を殺した魔物も赤いオーラを纏っていたから。
こっちに助けを求める春香の姿は、魔物に襲われてる時のお母さんを彷彿させる。
窓から夕焼けが差す体育倉庫の中は、赤くて私には血のように見えた。
麗華は抵抗するが、男にスカートを下ろされついに下着を脱がされそうになった時だった。
「見ないでーーー!」
と麗華が突然叫んだ。
その時、体が反射的に動き全力で逃げるように走った。
私は、私が嫌いだ。
隠れているのがバレなくて、目の前で虐めを受けてる友達を見ながら、安心してる私が嫌いだ。
何もできないまま、逃げた私が大っ嫌いだ。
あの時となんも変わってない……私は私のままだ。
次の日、麗華は学校を休んだ。
私は虐められてる麗華に何もできなかった罪悪感を感じて、職員室で先生に虐めのことを報告した。
けど、担任の先生は魔法科の生徒はそんなことはしないよと言って、全く取り合ってくれなかった。
しばらくして麗華が学校を退学したことが先生の口から伝えられた。
そして、虐めの対象が私になった。
▲▼▲▼
私はずっと赤いオーラを纏う人が怖かった。
親を殺した魔物の姿が、ずっとトラウマなのだ。
赤いオーラを纏う人を見るだけで、体が震え、動悸がして動けなくなってしまう。
だけど、最近は平気だった。
だって、隣に麗華がいたから。
麗華が横にいるだけで、変わったような気がした。強くなったような気がした。
でも、すべて勘違いだった。
麗華が退学して、一人ぼっちになった私は無力だ。
――――――虐めが始まって、半月ぐらいがたった気がする。
私は、自分の今いる世界がどんな世界なのか、わかった気がした。
この目のせいで。
なんで、この世界に生まれたんだろう……。
私には、人が持つ魔力の量がオーラの色で判別できる。この特殊な瞳で。
人以外にも、物に付いている魔力とかもわかる。
何故か、空に浮かぶ雲にも魔力がついている。
青が少なくて、緑が普通ぐらいで、赤が多いい。
だから、気づいてしまった。
この世界には上下関係があることに。
魔法が使える人と使えない人で、差別されいる。
つまり、魔力が少なくて魔法が使えない私は、この世界から差別されて当然の存在なのだ。
だから、私が虐めの対象になるのも当然のこと……。
今日も二人の女子に空き教室に連れられて、暴行や魔法の的にされている。
制服を着崩していてギャルっぽいのが由奈で、清楚なお嬢様っぽいのが綾だ。
私はいつも綾の赤いオーラを見るたび動悸が激しくなり動けなくなる。
いつも授業が終わると下駄箱の近くで二人が待ち伏せして無理やり連れてかれる。
連れていかれる場所は様々だトイレや校舎の裏、空き教室、いつも人気がない場所に連れてかれる。
どこに行ってもやることは変わらない。
特にきついのは、魔法の的にされることだ。
攻撃魔法ではなく、綾に魔法をかけられてあのトラウマの光景を見せられる。
動悸が激しくなり、過呼吸になる。
苦しい……。
そんな姿を、綾たちは面白そうに笑って見てるのだ。
綾は私が痛がったり、苦しんだりする姿を飽きるまで見て、笑っている。
由奈は罵詈雑言、汚い言葉を吐きながら暴行してくる。
悪口は聞き慣れているはずなのに、耳に残る。
体は制服で殆どが隠れてるけど傷や痣がたくさんある。
そしていつも通り、殴られて残った痛みに耐えながら下校する。
それが、今の私の長い一日だ。
―――――日曜日、私の唯一の休みの日だ。
バイトもなければ、学校もないなんもない日。
死にたい……。
雨が降る外を窓越しで眺めながらそんなことを思った。
いつもなら日曜日は麗華と遊んぶ日になっていたのに、今は麗華が転校してなんでもない日になった。
毎日が楽しくて一日が短く感じたあの時が夢みたいだ。
今は学校行ってる時の時間もバイトしてる時の時間も長く感じる。
そして今、私は明日が来ることに怯えて、死ぬことをずっと考えている。
だけど死にたいと思っても体が死ぬことを否定する。
だって私は死ぬ勇気もない弱者だから……。
麗華が隣にいたら死ねたかな?
何で私、生きてるんだろう?
意味のないことを考えながら一日が過ぎるそして……。
――――――月曜日が来る。
学校、行きたくない、行きたくない、行きたくない、行きたくない……でも、行かないといけない……。
だって、おばあちゃんに学費を貰っているのに、休むなんて許されない。
布団の中で行きたくない気持ちを落ち着かせて準備をする。
制服を着て、ノート、教科書、筆箱が入った汚れたカバンを持ち、ぼさぼさな髪はそのままに外に出た。
そして今日も長い日常が始まる。




