ストーカー殺人 2
「ちッ、クソ」
男は憤りを感じていた。ここ最近、うまくいっていないからである。
「あの女をつけ始めてから、ずっと邪魔される」
そう、この男の正体はストーカー殺人犯である。
眼鏡をかけて、自分でもわかってるくらい醜い顔をした男だ。
ここ三日間、尾行が全くうまくいっていない。
誰かに邪魔されて、魔法が解除される。
「誰が、俺の邪魔をしてるんだ」
男は、その場で横になり天井を見上げた。
「明日は、俺の邪魔する奴を見つけて殺してやる」
▼▲▼▲
男は魔力に恵まれ、顔に恵まれなかった。
顔のせいで、学校では虐めを受けた。
男は二年間、魔法科に通っていたが、周りから自分に対しての蔑むような視線を感じたり、嘲笑うような声が毎日あたりまえのように聞こえてくる。
学校に行かなくなり、バイトをしながら生活しても、街を歩くだけですれ違った人にそうゆう視線を感じたり、バイトで接客してるだけで客に笑われる。
男はそう思い込むほど、追い詰められていた。
そんなある日、男は自分の特殊魔法に気づいた。
透明な自分を作り出し、それに乗り移ったみたいに遠隔操作ができる魔法だ。
男はそれを使って、復讐しようと考えた。この世界すべての人に。
最初は、バイト先の後輩だった。会うたびに見下すようにバカにして笑う女。
魔法を使い、尾行して、三日をかけて殺した。
一日で殺すこともできたが、男はそれをしなかった。理由は楽しかったからだ。
誰かにつけられていると恐怖する女の姿を見て、楽しんでいたのだ。
そして、殺す。恐怖に染まった女の死に顔を見て優越感を感じた。男はその死体を見下し、嘲笑った。
その日からだろう。この男が女を殺す快感を覚えたのは。
三人目のターゲットはバイト中、男と一緒に食事をしていた女だった。
醜い顔を見た瞬間に、女は軽蔑の視線を向けてきた。
こうして、男は次に恐怖の最後に殺す相手を見つけたのだ。
▼▲▼▲
―――――尾行を初めて四日目の午後、六時四十五分。
男は駅前に、透明分身を置いて、家から遠隔操作しながら駅からターゲットの女が出てくるのを待っていた。
しばらく待つと、駅舎からたくさんの人が出てくる。その中に、その女を見つける。
いつもなら、七時を過ぎた頃に駅から出てくるのに、今日は少し早い。まだ七時前だ。今日は、早めに仕事が終わったのかもしれないと、男は納得して、女の尾行を始めた。
周りに注意しながら男は女を尾行した。いつ、誰に邪魔をされるかわからないからだ。
誰が邪魔してこようと、備えている。この透明分身は男の得意な氷の魔法が使える。その魔法で、いつも人を殺している。
つららのように尖った氷を狙った相手に飛ばすことができる。
視線をあらゆるところに向けて、警戒する。いつ襲ってきても撃退する準備を男はすでにできている。
だが、誰かが襲ってくるよりも先に、女がいつも曲がる角を曲がらず直進したことに男は疑問に思った。
この三日間、いつも曲がるはずの角を今日は何故か曲がらない。
疑問に思いながら、男がついて行くと、次は土手の階段を上り始めた。
「どうゆうことだ?」
男の頭にたくさんの疑問が浮かんだ。
何故、今日はいつもより早く駅を出てきたのか?
何故、いつも曲がるはずの道を曲がらないのか?
何故、土手に上がろうとしているのか?
そんな、疑問の答えが男にはわかるはずもなかった。
坂道を下り土手を降りて、女は橋の下を通ろうとしたところで足を止める。
そして、ターゲットの女は振り返りこっちを見た。
見えないはずなのに、男は女と目と目があったような気がした。
「この女、誰だ……?」
暗くて顔は良く見えないが、目の色だけでそれはターゲットではないとわかる。
考える暇もなく、女は行動する。なんと、見えないはずの透明分身に向かって走ってきているのだ。
橋の下から出てくると、月に照らされ女の顔が見えてくる。
ターゲットの女と比べて、全体的に若く見える。まだ、十代ぐらいの少女なのだろうか。特徴的な青い瞳はずっとこっちを見ている。
「見えるのか?その目でもしかして」
その時、ようやく男は気づいた。この少女に嵌められたことに。
だが、男はずっと警戒していることもあり、すぐに魔法で攻撃の準備をする。
透明分身の周りに、つららのような形状の氷が現れる。
凶器のように鋭い氷の先が相手に向かって飛んでいく。
「くらえ!!」
六本ある先の鋭い氷が躱されている。真っ直ぐこっちに走って来る少女の胴を狙った一本目は横跳びされて避けられる。
足を止めたところに二本目と三本目を放つが、その場で跳躍する。二本とも地面に落ちて砕けた。
四本目と五本目と六本目これが、男の本命だ。
途中で学校をやめたからといっても、元は魔法科に通っていた生徒だ。戦い方を学び男は理解している。
どれだけ、動きが素早くても落下してる時は何もできない。
そう、男の狙いは回避するために飛び上がり、着地前の落下してるタイミングで、残り三本の鋭い氷を当てることだった。
そのために、最初の三本で相手を動かしていたのだ。
勝ちを確信して、男は口角を上げた。
「女に俺が負けるわけないだろ!!」
だが、すぐにその表情は変わる。
少女のジャンプは男の想像以上に高く飛んで、片手で橋の策に捕まっている。
「は!?」
男は驚愕して焦る。
そして、少女は橋の側面を蹴って透明分身に直進する。
三本の鋭い氷を少女に向けて放つが、掠めることなく躱される。焦って、同じように魔法を出そうとするが間に合わない。
男の魔法が出されるよりも早く、透明分身に少女が魔力を流した手で触れた。
透明分身が壊され、男の視点はすぐに元に戻る。
「クッソどうして邪魔するんだ!!ふざけんじゃね!!」
いつも以上に男は怒りをあらわにした。
掌でドンっと目の前の机を叩いた。
その時、机に赤い手形がついていることに気づく。
「なんだ、これ……」
自分の掌を確かめる。暗い部屋の中で手が赤黒く塗られている。
そして、手を置いていた腹部に視線を向ける。
着ていた白い服の色が変わるくらいに出血してるのを見て、絶望する。
「な、な……いつ……」
体に力が入らなくなり、机にうつ伏せる。
部屋の中に冷たい微風が吹いていることに気づき、ベランダに視線を向ける。
白いカーテンが揺れて、その先に全身黒い服を着てこっちを眺めてる男の存在に気づく。
黒服の男は黒いマスクをしていて、表情は見えない。
だけど、男の目は蔑むように冷たい瞳でこっちを上から見下ろしている。
その姿に、はらわたが煮えくり返るような気持ちになって、倒れながらも男は最後に強く拳を握り、心の中で叫んだ。
(どうして)と――――。
▼▲▼▲
「作戦成功は成功した。今からそっちに向かう」
「わかりました。待ってます」
電話越しからでもわかる霞の安堵の声、初仕事の成功に安心してるようだ。
弟子の雨下霞との初めての仕事は、作戦通りうまくいった。
霞がターゲットの女の変装をして、ストーカー犯を引き連れている内に俺が本体を殺す。
このやり方が、一番静かに殺すことができる。
初仕事で霞には大役を任せてしまったけど、うまくやってくれたようだ。
流石、俺の弟子と言いたいところだが、霞は元から魔法を使う才能はあった。けど、魔力が少ないから魔法に触れることがなかったのだ。
だから、俺じゃない誰かが教えてもすぐに魔法を上達しただろう。
霞はよかったのかな、人殺しが師匠で……。
すごく助かってるし、笑顔で俺の後ろをついてくる今の師弟関係がすごく気に入っている。
でも、それは霞自身にとっていいことなのだろうか。
強くなりたいという理由で人殺しの手伝いをして……よかったのかな?
そんなことを考えながら移動して、土手に座り込んでいる霞を見つける。
「よくやった」
頭の上に手を置くと、霞は視線を下げる。
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃ、帰るか」
「はい」
座ってる霞に手を出すと、それを握り立ち上がった。
そうして、家の方向に歩き始めた。
真っ暗な夜道を街灯が照らし、そこを二人で横に並び歩く。
隣にいる霞は、疲れているのか静かに歩いている。
そんな、霞に話しかけた。
「霞はよかったのか?」
「なにがですか?」
俺の言ったことに計りかねたように霞は首を捻る。
「人を殺す仕事の手伝いなんかして、俺はありがたいけど……」
俺は横目に霞を見た。
霞の少し下がった視線が前を向く。
「私は、それでいいと思ってます。だって、決めたんです。あの日、影さんに助けられた時、私もこんな風に強くなって、この世界で生きて行こうって決めたんです。そのために影さんについて行こうって……。だから、心配しなくても大丈夫です」
そう言って、霞はニコッと笑顔を見せた。
「そっか……」
その場で立ち止まって、先を歩く霞の背中を見た。
自分が思っている以上に霞に慕われてるんだな俺……。
だったら、間違った方向に霞が行かないようにしっかり教えて見守らないといけないな。
俺と同じようにはなってほしくない。
「どうしたんですか影さん?」
霞も足を止めて、不安げな表情でこっちに振り向く。
「いや、何でもない」
「疲れたんですか」
「霞より体力あるからそんなことあるわけないだろ」
「それなら、早く帰りましょ!」
ニコッと笑みを見せる霞の姿に、マスクの下で自然に口角が上がった。
「そうだな……」
この関係もいつか、終わりが来る。
必ず俺を追い越して、見えないところまで進んでいく。
それまでに、俺が霞にやってあげられることをやろう。
▲▽▲▽
「今日の、帰り道は背後に視線も魔力も感じなかったからストーカー犯は捕まったのかしら」
安心して、女は玄関の扉を開き家の中に入った。
四日前から尾行されてることに気づいていた。
最初は特殊魔法を使い自分で対処していたが、ストーカー犯の尾行がこのまま続けば、とあることがバレてしまう。だから、その前に探偵に依頼して手を打ったのだ。
ではなぜ、警察に行かずに探偵なんかに依頼したのだろうか。
それは女、進藤明里の正体に理由があった。
「お腹空いたしご飯でも食べよ」
鍵を開けてドアを開く。
窓一つない真っ暗な部屋の中からは、ぽたぽたと水滴が落ちる音がする。
その暗い空間の中には、全裸で両手両足に手錠をかけられ動けずに怯える男の姿があった。それを見て、舌なめずりをした。
怯えるのも無理はない。
この部屋にはたくさんの人の顔が綺麗に並べて置いてある。まるで、コレクションしてるように。
男とは、出会い系アプリで出会ったばかりで、まだ一回一緒に食事をしただけである。
誰が見てもイケメンと答える顔と気が使える優しさを持つ、まだ二十代前半の男だ。
だが、進藤明里は男の性格はあまり気にしていない。
なぜなら、顔と若い年齢であればそれでいいのだ。
白い服を脱ぎ捨てながら、男に近づく。
黒い下着と滑らかで綺麗な肌が露出して、服の中で隠していた背中の部分が露わになる。
それは、コウモリのような翼を背中から生やしていた。
「や、やめ、やめてくれ……く、くるな!」
それを見て、興奮するのではなく男はさらに恐怖した。
体を動かし、手錠から無理やり逃げだそうとするができるはずがない。
そして、進藤明里は纏わりつくように男を抱きしめ、密着する。
男の目から一粒の涙が頬をつたって流れる。それを、ペロリと舐めた。
女の正体、それは、性と食両方の欲を同時に満たすことができる魔物。
「ウフフフフ」
――――サキュバスであった。
「いただきま~す」




