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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第4章 憲人

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23.麻里奈の風邪①

 譲は部屋に入ると、脱いだ靴を持ってそのままバスルームへ直行した。そして、着ていた服も脱ぎ、全てまとめてダストボックスへ押し込んだ。


「くそっ……」


 血の臭いが染み付いて取れない。バスルームに入り、勢いよくお湯を出す。最初は冷たい水だったが、血の臭いに比べればマシだ。

 そのまま浴びていると直ぐに水はお湯に変わる。だが、血の臭いが取れた気はしない。

 臭いで上書きしようと、シャンプーを手に取り、髪を洗う。ふわりと舞う花の香りに、少しずつ血の臭いが上書きされていく。

 ふと思い立って、浴槽にお湯を貯めてみる。普段はシャワーはおろか、必要に迫られなければ風呂に入ることすら嫌う譲にしては、珍しい事である。

 ある程度湯が溜まったのを見計らって、入浴剤を入れる。るいざに薦められたカモミールの香りの入浴剤だ。

 シャンプーを流すと、ボディソープで身体を洗い、湯船に入ると下降していた気持ちも、いくらかマシになってきた。たまにはこんな贅沢も良いようだ。

 そのままぼんやりと湯に浸かっていると、今日の出来事が浮かんでは消える。


「考えてみれば、あの部屋を見たのがオレだけで良かったのかもな」


 克己はともかく、るいざや麻里奈にはあまり見せたくはない光景だ。

 そして、いつ自分の身に降りかかるか解らない光景でもある。


「……」


 でも、今だけは、全てを忘れてぼんやりしたい。

 譲はそのまましばらく、ぼんやりと湯に浸かっていた。






 先日の任務から、またしばらく任務が無い状態が続いたある日、麻里奈が風邪を引いた。


「38.7℃」


 体温計を眺めて、るいざが言った。


「風邪だと思うから、薬を飲んで、ゆっくり休んでね」

「ありがとう」


 自室のベッドに寝ている麻里奈は、いつもの元気がない。

 とりあえずマスクをして、麻里奈はるいざに聞いた。


「憲人、どうしよう?」

「そうね……。うつっても良くないし、しばらくは克己のところにでも泊まったらどうかしら?」

「そうね。お願いしようかな」

「OK。任せとけ」


 克己が薬と水を麻里奈に渡すと、麻里奈は大人しくそれを飲んで横になった。


「麻里奈、大丈夫?」


 憲人が心配そうに聞くと、麻里奈は微笑んで言った。


「大丈夫よ。こんな風邪なんかすぐに治して元気になるから、憲人はお利口にしてるのよ?」

「うん」


 憲人は相変わらずのペースで成長しており、現在は小学一年生くらいの身長になっていた。


「それじゃ、麻里奈もゆっくりしたいだろうし、行くか」

「そうね。何かあったらすぐに連絡するのよ?」

「はーい」


 大人しく返事をする麻里奈を残して、3人は揃って部屋を出た。


「しかし、風邪なんてどこで拾ってきたんだか」


 克己が不思議そうに言うと、るいざも首を傾げた。


「最近、トレーニングで外に出ることはあるけど、珍しいわよね。能力者は普通の人より丈夫なのに」

「てゆーか、あの麻里奈がかかる風邪って、すごいな、風邪の菌」


 散々な言われようである。


「憲人は心配かもだけど、憲人にうつったら麻里奈が責任を感じちゃうから、しばらくは克己のところで寝てね」

「うん」


 憲人が素直に頷く。


「でもまあ、その前にメシだな」

「そうね。後で麻里奈にもご飯持ってかなきゃ」


 朝食の支度をしていたときに、麻里奈の様子がおかしくて熱が有ることが判明したため、朝食をまだ食べていない。

 唯一、マイペースに我関せずを貫いている譲を除いては。

 テラスに3人が戻ると、譲はすでに食後のコーヒーを飲んでいた。


「お前なあ……」


 言っても仕方ないと思いつつも、ついつい口から出てしまう。


「薬は飲んだのか?」

「ああ、飲んでた」

「ならすぐ良くなるだろ」

「それにしたって、心配とかしねーの?」

「心配するほど悪くも無ければ、したって治るものでもない」

「それはそうなんだけどな」


 そう言う問題ではないが、これ以上言っても無駄なので、克己は大人しく椅子に腰掛けた。


「克己も、トーストで良かった?」

「うん。Thanks、るい」

「憲人もトーストね」

「ありがと」


 今日は途中でハプニングがあったため、トーストとスクランブルエッグ、ウインナー、コールスローサラダにヨーグルトだ。ちなみにるいざが途中まで調理していたが、麻里奈の部屋に行ってしまったため、譲が仕上げたようだ。単に自分が食べるためだろうが。


「いただきます」


 手をあわせて3人が食事を始める。

 譲はというと、そのまま椅子に腰掛け、ウィンドウをいくつか開いている。


「何見てるんだ?」


 克己が聞く。


「メールチェックと、麻里奈のバイタルデータ」

「バイタルデータまで見れるのか。道理でお前が部屋に行かないわけだ」

「それは単に面倒だからだ」

「ああそう……」


 克己は一瞬、譲のことを見直しかけたが、直ぐに評価を改めた。

 すると、るいざがウインナーを食べながら言った。


「バイタルデータを見て、何かわかるの?」

「今、炎症を起こしている箇所なんかはわかる」

「そうなんだ」


 炎症を起こしている箇所がわかれば、適切な処置が出来る。


「ちなみに麻里奈の風邪は喉? 頭痛? お腹?」

「頭に主に反応が出てるな。喉や腹は平気そうだから、食事はとれるだろ。ただ、少し気になることがあって――」


 言葉を切った譲に、克己が聞く。


「気になること?」


 譲は少し考えると、ウィンドウを3人にも見えるように開いた。


「能力者には、能力反応というのがあるんだが」

「え、何それ。初めて聞くんだけど?」

「初めて言ったからな。で、能力者特有の反応があるんだが、それの反応が大きくなっているんだ」


 るいざが少し考えて言った。


「それって、つまり、能力が強くなるってこと?」

「いや、能力反応と能力の強さは関係無い。ただ、本来ならこの反応が大きくなるのは能力が目覚めるとき――つまり、例のウイルスに感染したときなんだ」

「ってことは、新しい能力に目覚めるかもしれないって事?」

「その可能性ももちろんある。が、逆の可能性もある」

「逆って――」

「能力が無くなる可能性だ」


 るいざと克己の手が止まる。


「え……」

「まあ、可能性の話だ。能力者の風邪なんて初めてのケースだし、ふたを開けてみれば元通りでしたって事になるかもしれない」


 譲はそう話を切り上げると、ウィンドウを消した。

 けれど、るいざと克己は思ってもみなかった可能性に、ショックを受けていた。

 一度能力に目覚めると、ずっとそのままかと思い込んでいた。能力が無くなる可能性なんて考えたこともなかった。


「そっか。『無くなる』って可能性もあるのね」


 普通の人間になって、元のように暮らすという選択肢が。

 思わぬ情報に、朝食はなかなか進まず、結果、麻里奈からお腹空いたコールが来ることになってしまったのだった。

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