22.いつも通りの夕食
麻里奈がテラスに走っていくと、そこにはソファーで眠る憲人の姿があった。きちんとブランケットを布団代わりにして眠っているので、風邪の心配は無さそうだ。
勢い良く、憲人にただいまの挨拶をしようとしていた麻里奈は、とっさに声を抑える。
憲人が寂しい思いをしていたらどうしようとか、泣いてたらどうしようとか思っていたが、心配は杞憂だったようだ。
唯一心配なのは、この時間にお昼寝していると夜眠れないのではということだが、憲人が寂しい思いをしないよう、真維が気を利かせて起こさなかっただろうことは解ったので、とりあえず夜のことは置いておく。
それはともかく――。
「か、かわいい~~~!!」
子どもの寝顔とは、こんなにもかわいいものなのだろうか。いや、きっと憲人だから特別にかわいいに違いない。
麻里奈はすかさずウィンドウを立ち上げ、憲人の写真を撮り始める。カメラを取りに行く時間がもったいないので、ひとまず真維の個人フォルダーに記録として撮っておく。
「癒される~~~」
すっかり任務の事など忘れ去った麻里奈が憲人を眺めていると、譲と克己とるいざがテラスを通過していったが、麻里奈の目には入らなかった。
そうしてしばらく麻里奈は憲人を眺めていたが、そろそろ起こさないと、本当に夜、眠れなくなってしまうと思い、憲人に呼びかけた。
「憲人、ママが帰ってきたわよ~」
実際のところ、憲人のおかえりを麻里奈が聞きたかっただけとも言うが、そんなことは知らない憲人は、もぞもぞと身じろぎして、目を開けた。
「うー」
「憲人、おはよー」
まだ寝ぼけているようで、憲人は目をパチパチさせていたが、少しするとようやく、麻里奈を見た。
「まりな? にんむは?」
「終わって帰ってきたところよ。憲人、ただいま」
「ただいまー?」
こてんと首を傾げて、憲人が聞く。それに、麻里奈が答える。
「どこかから帰ってきたら『ただいま』って言うのよ。そうしたら、『おかえり』って返すの」
「ふーん」
憲人は、解ったのか解ってないのか良く解らない返事をしたが、麻里奈は構わずただいまと繰り返した。
「おかえりー」
憲人がにっこり笑って言った。
それに心を打ち抜かれたようで、麻里奈が悶絶している。
「やっぱり、うちの憲人が一番かわいい!」
「かわいいー?」
「うん、かわいい!」
そう言うと、麻里奈は憲人をギュッと抱きしめた。
「まりな、くるしーよー」
「いいの! 憲人を補充しないと動けないんだから!」
良く解らない理屈を言って、麻里奈は憲人のほっぺにすりすりする。
「なんか、いたいよー」
「あ、そういえばまだお風呂入ってなかったわ」
パッと憲人を放し、麻里奈が冷静になる。
挨拶はできたので、憲人と存分に触れ合うならお風呂に入ってこなくては。けれど、まだ誰も来る気配はない。
克己がるいざが来れば、憲人を任せてお風呂に行けるのだが。
仕方なく、そのまま4人が留守中の話を聞く。
「憲人は何してたの?」
「えっとねー、まいとおえかきしてた」
言われてみれば、いくつかウィンドウが開きっぱなしになっている。
「これは?」
「それは、じ?のれんしゅー」
「もう字の練習かあ。確かに必要よね」
麻里奈は頷くと、憲人を見た。真維の分析によると、そろそろ5歳くらいの身長らしい。早い子どもはもう、多少の読み書きができるようになる年頃だ。
「そろそろお勉強しなくっちゃね」
「おべんきょー?」
「そうよ。読み書きだけじゃなくて、今度、農作業も教えて上げるわね」
「お前は何の英才教育をするつもりだ」
不意に上から声が降ってきて驚いた。
「克己! 驚かせないでよ!」
「普通に歩いて来たんだけどな。それより、お前風呂まだだろ? 入ってこいよ。憲人は見てるから」
「ありがとう。じゃ、行ってくるわね」
「まりな、どこいくの?」
「お風呂に入ってくるだけよ。すぐ戻るわ。克己と良い子にして待っててね」
「はーい」
克己はキッチンに入ると、冷蔵庫から麦茶をコップに注いで持ってきた。
「ゆっくりあったまってこいよ」
「はーい」
言いながら、麻里奈は部屋へと走っていった。
それを見送ると、憲人が克己の服の裾を引っ張った。
「ん? どした?」
「かつみ、おかえりー」
「おお、麻里奈が教えたのか。ただいま」
言葉を返すと、憲人は嬉しそうに笑う。
子どもはやっぱかわいいな。
克己はそう思い、憲人の隣に腰掛けた。
今日の夕食は、さわらと温野菜の照り焼きがメインで、ご飯に油揚げとネギとワカメの味噌汁、ポテトサラダ、もやしとにらと鶏そぼろの炒め物だった。
おそらく、真維が任務の後と言うことで気を使ったのだろう。肉らしき肉や、赤いものは使われてはいるが、主張してこないレベルだ。
これで、赤い料理やステーキや焼き肉など出された日には、麻里奈はともかく、るいざは食べられないかもしれない。克己も、食べはするが微妙な気分になることは間違いない。
そして、全体的に薄味で、卓上調味料を使うようになっていて、憲人にまで配慮されている。
憲人はそろそろ普通の食事でも良いのだが、念の為まだ薄味の食事を用意していた。
「お魚の照り焼きも良いわね! 白身魚だから、引き立てあって美味しいわ!」
麻里奈が言うと、譲の席に座っている真維が嬉しそうに微笑んだ。
『喜んで貰えて良かったわ』
「もやしとにらのも美味いよ。ご飯が進む!」
『ピリ辛にしたかったら、唐辛子の千切りもあるわよ』
「それも美味そうだけど、今度にしとく」
克己は勢い良くお茶碗を空にしては、おかわりをしている。
「いつもにまして、よく食べるわね」
るいざが言うと、克己が少し考えた。
「なんか、能力使うとすげー腹減るんだよな」
「脳筋なんじゃないの?」
「失礼な!」
麻里奈が横から茶々を入れるが、お腹が空くのは麻里奈も同じだった。
と、るいざがキッチンから緑茶を取ってくる。
「これ、お茶漬けにしても美味しいと思うのよね」
「たしかに。るい、余ったら俺にもお茶ちょうだい」
「はい、どうぞ」
賑やかな食卓に、見ているだけだった憲人だが、なんとなく嬉しそうだ。
麻里奈がそんな憲人に気付いて聞いた。
「どうしたの、憲人?」
「んー、なんかたのしー」
「そう?」
「うん! みんないるっていい!」
言葉にはしなかったが、お留守番が寂しかったのだろう。いつも通りの夕食、いつも通りの日常。それが一番大切で守りたいものなのだと、麻里奈たちは改めて思った。
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