21.緊急出動⑤
譲は手近な建物から内部を透視しつつ、奥へと進んでいくが、今のところ人の気配が無い。
「さっきの兵士がラスト? ……なわけ無いよな」
ここの拠点は、いくつかの建物が集まった物が点在している。
大きく分けると克己たちが行った、一段低い場所と、現在譲が居るやや小高い丘の場所である。
下は恐らく作業メインの兵士達の宿舎で、上に司令官クラスが居ると、譲は踏んでいた。
その証拠に、先程沙月が来た際に追加で現れた兵士は戦闘慣れしており、かつ、このあたりの建物から現れた。
拠点を一つ一つ見落とさないよう探すが、やはり人の気配はない。
「おかしいな」
こうなると、逆に危険な予感がしてくる。
譲は念のために、るいざに呼び掛けた。
『そっちはどうだ?』
『あっ! 今ちょうど交戦中!』
『能力妨害装置は無かったのか?』
『あったけど、壊せたわ。今はさっき、そっちから来た増援と戦っているところ』
『大丈夫そうか?』
『うん。なんとかなりそう。そっちは?』
『ボス探し中だ。大丈夫そうなら、もう少し探してみる』
『頑張って!』
『ああ。そっちもな』
『ありがと』
どうやら向こうは問題無さそうだ。
譲は一呼吸整えると、沙月が去った方角へ足を向けた。
近い拠点は全て見たが、人も物も見あたらなかった。
残るは、やや離れた場所にある可能性だ。
目視出来る範囲には何もない。が、建物の内部や影にある可能性がある。
譲は意識を集中して、シールドを展開しつつ、広範囲を透視したまま歩いていく。
消耗が激しいが仕方ない。
このあたりは昔の名残で大きな建物が多く、かつ半壊している物がほとんどのため、隠れようと思えばいくらでも隠れられるのだ。
しばらく進むと、建物の内部に3棟の建物が見つかった。
しかし、人の気配は無い。
無いが――。
譲はPKを使って飛ぶと、建物の扉の前に立った。
途端に鼻につく鉄錆の匂い。
「……」
透視するまでもない。譲は中央の建物の扉を開けた。
そこには、散々たる光景が広がっていた。
複数人の死体が折り重なるように倒れ、今まだ新しい鮮血が流れ出している。
「証拠隠滅か」
譲はため息を吐くと、中に入って死体を検分する。
「これは、銃じゃないな。……沙月か」
譲と話した後、こちらに飛んだのは見ていたが、そのまま拠点を捨てる判断をし、証拠隠滅して去ったらしい。
めぼしい証拠品も見当たらない。
「……」
むせかえるような血の臭いに、譲はめまいを感じ、建物を出た。
生きている物が居ないのなら、現場を荒らさず、後は陸軍に任せた方が良い。
そう言い訳をして、陸軍へ無線で一報を入れる。
そして、周辺に他に拠点が無いかを探すが、他には無さそうだった。
譲は窓からその建物を出ると、克己たちが居ると思われる方へ向かった。
「あれ、譲じゃん。上は?」
克己が歩いてきた譲を目にして聞いた。
「拠点を破棄したようで、証拠隠滅されてた。そっちはどうだ?」
「さっき終わったところ。今、陸軍の護送車に敵を詰めてる」
「そうか」
なら、譲のする事は無い。
ひとまずこの件はこれで終わりだろう。
「念の為、シールドだけは展開しておけよ」
「解ってる。帰るまでは何があるか解らないからな」
克己は調子良く答えた後、譲をじっと見た。
「お前、顔色が悪いぞ。怪我でもしたか?」
「いや。問題無い」
「そーかあ?」
克己は疑問を持ったようだが、それ以上聞いてくることは無かった。
どうやらここの対処は上手く行ったらしく、克己もるいざも麻里奈も怪我は無いようだ。
「引き渡し終わったら帰るか」
「OK」
譲はそのまま、陸軍の大佐を探す。
そして、拠点の位置と有り様を伝えると、先に戻る旨を伝えた。
「了解です。お疲れ様でした」
大佐は陸軍の1部隊を、譲が言った方へ回すよう指令を出す。それを横目に、譲はテレパシーでるいざに呼び掛けた。
『先に車に戻ってる。そっちが一区切りししだい、車まで戻ってきてくれ』
『了解。……譲?』
『何だ?』
『平気?』
見透かされたようなその言葉に、譲は一瞬動揺するが、すぐに立て直す。
『大丈夫だ』
『そう? なら良いんだけど。急いで終わらせるから、先に行って待ってて』
『ああ』
テレパシーを終わらせると、譲は浦安に向かってテレポーテーションをした。
車をESPセクションの駐車場へ止めると、真っ先に麻里奈が車を降りて、ゲートフロアの方へ走っていった。
おそらく、留守番している憲人が心配なのだろう。
「まだエンジンを切ってもいないのに」
克己がぶつくさ言ったが、すでに麻里奈の姿は見えない。
なんだかんだで、4時間程の外出になってしまったので、心配する気持ちは解らなくもない。
克己がエンジンを切ると、るいざと譲も車を降り、ゲートフロアへ歩き出した。
と、同時に譲は真維を呼び出す。
「真維、憲人はどうしてる?」
『おやつを食べたらお腹がいっぱいになったみたいで、お昼寝してるわ』
「こんな時間まで?」
思わずるいざが言う。それもそのはず、譲たちが出掛けたのは午後2時半頃だったから、現在は午後6時すぎ。夕食の時間である。この時間まで寝ていると、夜眠れなくなってしまう。
『1人でお留守番が退屈だったみたいだから、今日は見逃してあげて』
「それなら仕方ないけど……」
いくら真維が居ると言っても、彼女は触れられない。それに、いつも一緒の麻里奈と、こんなにも離れていたのは初めてだ。さらに、他のメンバーも居ないとなれば、寝て大人しくしている憲人を、真維が起こせなくても仕方ない。
「そうだ、夕ご飯」
るいざが思い当たったように言うと、真維が言った。
『今日は私が用意したわ。だから、みんなはシャワーを浴びてきたら?』
「ありがとう、助かるわ」
忘れていたが、戦闘で砂埃をかぶったり、汗をかいたりしていた。気付くと気持ち悪い感じがしてくる。
「じゃ、シャワー浴びて、その後メシだな」
克己が言うと、るいざも頷いた。
が、譲だけは違った。
「俺はメシはいらない。先に部屋に戻る」
「――わかったわ」
いつもは止めるるいざが、そう言ったので、克己も大人しく従った。
そうして、テラスまで戻り、部屋へ向かう譲を見送ると、克己がるいざに聞いた。
「いいのか? メシ抜きはダメっていつも言ってるのに」
「あんな顔色じゃ、無理に食べろなんて言えないわよ」
「まあ、確かにな」
そのくらい、譲の顔色は悪かった。
克己も、帰りの車で何度も聞きかけて、我慢したのだ。
「何があったんだか」
「本当にね」
2人は心配そうな顔で譲が消えた方を見ていたが、やがてシャワーを浴びるために、それぞれの部屋へと歩いて行った。




