12.研究部②
その後、譲と克己は客室に案内された。まあ、客室とは言っても、簡素なホテルのツインのような物であるが。
「客室なんて、あったんだな」
「今回は、正式に招かれているからな」
普段は呼び出しがあっても日帰り予定だったりで、神崎の部屋にお邪魔しがちだが、正式に宿泊が必要な依頼があれば、当然宿泊場所や食事は付いて来る。
「食事は研究部の食堂を利用してください。備え付けの設備は使用していただいてかまいません。何か不足があれば、研究部の職員に言ってください。執務室には常時誰かがいますので」
「解った」
「それでは、明日は朝9時からになりますので、よろしくお願いいたします」
そう言うと、案内してくれた職員は研究部の方へ戻っていった。
克己は早速、室内を探検する。
「ユニットバスか。洗面は結構狭いな。冷蔵庫付きは高ポイントだぜ。中身は水とお茶とコーヒー、ビールか。あと、お菓子とチーズとハムのパックがあるな、小さいけど」
と、克己が物色しているのを放置して、譲は片方のベッドに陣取り、ウィンドウを立ち上げた。
それに克己が呆れたような顔をした。
「おい、先にメシに行こうぜ」
「俺は後で良い。行きたければ先に1人で行ってこい」
「あのなあ……」
別に1人で行くのに抵抗があるわけではないが、揃って行動すると思っていた克己は肩透かしを食らった気分だ。
「じゃあ、先にシャワー浴びてくるわ」
「ごゆっくり」
譲はいつもの調子でウィンドウを展開して、本格的に何か作業を始めたようだ。どうせ邪魔をしても怒られるだけなので、克己は大人しくバスルームへ入っていった。
一方、譲はというと、『真維』を起動して本部のシステムにアクセスしていた。憲人の一件を調べるためである。
日本再興機関は、現在国内では最大の組織である。他にも組織が無いことは無いが、日本と言えば日本再興機関という程度には名も知れている。戦前の自衛隊や内閣府から発展している過去もあり、現在は勢いこそ無い物の、その情報量や過去の遺物などは相当量を誇る。
憲人が保護されたのは最近だが、過去同じような実験が行われていたり、実験施設があったりした可能性がある。それを調べるなら、本部のシステムにアクセスするのが手っ取り早いのだ。だが、ただ普通にアクセスすると足がつく。譲も、一応第七シェルター所長兼特殊能力課長なので、当然かなりのアクセス権限は持っている。しかし、その権限でアクセスすれば、誰が何を調べたかが丸わかりだ。それを防ぐために、譲はあえて『真維』を挟み、かつ、通常とは違うアクセス方法をしていた。そして、足跡を消すのも当然忘れず行う。
通常の操作と違い、プログラムを打ち込んだり、ログを消したりとしていたらいつの間にか集中していたらしい。
気付けば、とっくにシャワーから出た克己が、呆れた顔で譲を眺めていた。
「お前なあ、そこまで集中して何してるんだよ? 話しかけても気づかねーし」
「大したことはしていない」
譲は誤魔化すようにウィンドウを閉じて、立ち上がった。
「で、メシだったか?」
「そう。一応待っててやったんだぜ?」
「別に1人で行ってくれても良かったんだぞ」
「……お前ってそーゆーヤツだよな」
がっくりと肩を落として克己は言った。
結局2人揃って食堂へ行くことになったのだが、夕食は第七シェルターとは雲泥の差だった。
「前に軍の食堂で食ったときも思ったんだけど、本部は全部この形式なのか?」
克己が単純に疑問らしく、譲に聞いた。
克己の言うこの形式とは、壁のパネルにメニューが書いてあり、それを押すと、トレーに乗った温めただけの食事が出てくることをさしている。一応フォローしておくと、飛行機のエコノミークラスのような食事で、サラダやデザートも付いている。ただ、病院の食事よりは、見た目は悪い。味や栄養はともかく。
「本部は基本的に、このタイプだな。位が上になると多少変わるが、配膳方法が代わるだけで内容は大差ない」
「なーんか味気ないな」
「食事なんて、栄養が取れればそれで良いだろ」
「俺は食事は楽しみたいタイプなんだよ。あー、るいざのご飯が食べたいぜ」
克己はしみじみと、第七シェルターが優遇されていると言われる理由を噛みしめていた。
「それに、緑も無いしな」
「景観に配慮するのは無駄だからな」
「お前が言うか」
その無駄な部分にこだわりまくった建物が第七シェルターである。
「とりあえず、とっとと食べて部屋に戻るぞ。作業の続きをしたい」
と、譲が言うのと同時に入り口から白石が入ってきた。
「やあ、譲君に克己君。遅い夕食だね」
白石はトレーを持って、克己の隣に腰掛けた。
「白石さんはこれから食事?」
「そうなんだ。良かったらご一緒させてもらっていいかな?」
「かまわねーよ」
克己が言うと同時に、譲は席を立った。
「俺は先に戻っている」
言うが早いか、譲はさっさとトレーを片付けて食堂を出て行った。
失礼極まりないその態度に、克己が怒る。
「アイツは~~~」
「はは。いつものことだよ。気にしていないさ」
白石は何でもない事のように言った。
「それより、今日の克己君の能力は凄かったね」
「そうか? 戦闘にはあんまり使えない能力だけどな」
「いやいや。食料も重要な物資だからね。新鮮かつ容量を気にしなくて良いのはかなりの強みだよ」
その着眼点は無かったため、克己は素直に驚いた。
「克己君を1人連れて行けば、食料問題が半分位解決するとなると、凄い能力だね」
にっこり笑った白石の目が、微妙に笑ってない気がして、克己は曖昧に返事を濁した。
譲が虚偽の申請をしていたのはこういう理由からか……。
兵器として扱われるだけでなく、補給部隊として便利にこき使われるのはごめんこうむりたいと、克己は思った。
「それより、明日は能力妨害装置の実験をするんだろ?」
「ああ。以前の物は譲君に破壊されてしまったからね。先日明らかにされた能力値と分析を元に、新しく作り直したんだ」
「すげーな。なんか、分析とか、俺には無理だわ」
「慣れてくると面白いものだよ」
白石が今度は普通に、にこやかに笑う。
研究部に所属しているだけあって、そういう仕事が好きなのだろう。
「僕からしたら、君たちの能力が羨ましいけどね」
「ESPが?」
「そう。男の子の夢の一つだろ?」
「違いない」
克己が苦笑した。
「能力の発現のメカニズムはまだ解ってないんだよな?」
「そうだね。どこの国も研究しているが、まだ見つかったという話は聞いていないな」
白石はそう言うと、一度言葉を区切る。
「だが、水面下ではどうか分からないね。もし見つかったとしたら、ESP部隊が作れるだろうから、公表なんかしないで、それこそ世界征服をするだろう」
「怖」
水面下で能力者が量産され、ある日突然現れたらと考えるだけでも、恐ろしい。
「そう言えば、るいざさんと麻里奈さんは元気かい?」
「ああ。元気だよ」
「それは良かった」
そこからはお互いの近況を話す雑談になった。能力と権力が絡まなければ、白石は気の良い男なのである。
食事も終わり、世間話も散々して、克己が部屋に戻ったとき、珍しく譲は頭を抱えていた。
「どうした?」
目をパチクリさせながら克己が聞くと、譲は大きなため息を吐いた。
「やっちまった」
「何を?」
「システムの掌握……」
「……参考までに聞くけど、どこの?」
「……本部の」
さすがに言いにくそうに譲が言った。
「まさかこんなに簡単なシステムだと思っていなかったんだ」
「簡単て」
「調べ物をしてるうちに、ついうっかり」
「ついうっかりで掌握できるもんなの!?」
「手が滑って……」
「いやいや」
いくら譲がコンピューター関係のエキスパートと言えど、相手は一応日再の本部のシステムだ。言わば日本の要である。
そのシステムだ。いくら古くても、そんな簡単なものでは無いはずだ。それをついうっかりで掌握とは。
「まあ、掌握してしまったものは仕方ない。バレないように『真維』の傘下に入れておこう」
「それどうなんだよ」
「じゃあ、正直に言うのか?」
「それは……まあ、バレないようにするけどさ」
「バレなきゃ問題はない。よし、ついでに色々弄っておこう」
「おいおい……」
信じられない言葉が色々聞こえた気がするが、こうと決めた譲を止められるわけもなく、ついでに止める理由もなく、克己は呆れて冷蔵庫のビールとチーズを取り出した。




