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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第4章 憲人

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7.『庭』

 それからひと月程は、のんびりとした、トレーニング中心の日々が続いた。

 個々のベースの能力アップをメインに、連携プレーの練習も行い、譲が不在の場合に、誰が指令塔でも機能するよう臨機応変なフォーメーションも組んだ。

 そのかいあって、個々の能力の水準はかなり高く、安定度も高い仕上がりになってきたと思う。

 と言っても、各国同じ条件で進化していることを考えると、十分とは言えないだろうが。


 そして、憲人はと言うと、2歳児と同じくらいまで成長し、1人で歩き、おしゃべりもするようになっていた。ただ、この頃には身体の成長速度が緩やかになるはずであるが、憲人は相変わらずの速度で成長していた。






 そんなある日の午後、昼食をすませてから克己は住居ブロック内にある『庭』に足を運んだ。といっても本物の庭ではなく、あくまでバーチャルで観るための庭である。

 『庭』にはガーデンテラスに置くようなテーブルや椅子があり、克己はベンチに腰をおろした。

 地下ということを感じさせないために、譲が作ったスペースに、『真維』が改良を加えて、外と言われても信じてしまうこの空間は、自動的に四季になるようにできていて、克己のお気に入りの場所であった。

 特になにをするということではないが、ただここでぼーっとしているのが好きなのである。だからここに来るのも必ず一人だった。

 そして大体小1時間もたてば眠ってしまうのが常であった。






 そうして克己が眠りについて1時間ほどたった頃、この『庭』にもう一人姿を現した者が居た。譲である。克己がいるとも知らずにさっさとベンチに腰かけようとして、思わずビクッと体が動いた。


「なんでこいつがこんなとこで寝てんだ……」


 驚きを隠せないまま譲はしばらく克己を凝視していた。

 『庭』はロックしているわけでないので誰がいてもおかしくないのだが、『庭』に行ったという話は誰からも聞いたことがなかったので、皆あまりここには来ないと思いこんでいたのだ。

 かくいう譲もごくまれにしかこない。本当に意味もなくふらっと来てしまうのだ。散歩を日課をしていな人が、天気がいいのとその場の気分でごくまれに散歩にいくのと同じようなものである。

 譲が来たことには全く気がつかずに克己は眠っていた。大概、能力者は普通の人より感覚が敏感になるから、人の気配には寝ている時でも気がつくものなのだ。ここに来たのが譲ではなく、もし知らない人物なら克己は起きただろう。それにしても――。


「爆睡は問題あるな……」


 譲はつぶやいて克己の鼻をつまんだ。んがががががという、一体どこからこんな音がでてくるんだという声をたてて、克己がうっすら目をあけた。


「……ああ、なんだ、びっくりした。譲か」

「人が近づいたら起きろ」


 言いながら譲が、克己の寝そべっているベンチに腰掛けた。


「お前がここに来ているとは思わなかった」

「まあ、いつも一人だからな。ここにくると俺眠っちまうから」

「そうか……」

「譲こそコンピュータルームか、自分の部屋くらいにしか行かないと思ってたぞ」

「ごくたまにだ。ここも『真維』の性能を試すところだからな。四季に変化させるだけなら簡単だが、毎年微妙に変えるのは難しいんだ」

「同じ四季の風景がローテーションしているわけじゃないのか」

「違う。来年の今日と、今年の今日の風景は別のものになっているはずだ」

「へえ、そりゃすごい」


 本当に感心して克己は『庭』に目を転じた。しばらくその横顔を譲は見ていたが、ベンチに背を預けて譲が口を開いた。


「もうこんな景色はなかなか見れないな」

「戦前だってほとんどこんな所なかっただろ。麻里奈の北海道と長野くらいなんじゃないのか?」

「ああ…、確かに実際こういう景色とは無縁だった」

「でも俺、アメリカの田舎育ちだったから、和風じゃないけど自然は結構あまってたぜ」

「アメリカにも残ってたのか。意外だ」

「ナチュラリストってやつ? そーいう保護団体はあったよ。それ自体には興味なかったけどやっぱこーいう景色がある方がいいかなとは思う。小さい頃はトムソーヤになりたかったし」

「なんだそれは」

「知らないのか?」

「童話か?」

「児童用の文学かな。俺もあんまりよくは覚えてないんだけど、島の自然の中で生きる話じゃなかったかな。イカダ作ったり木の上に家に作ったりとか。そーいう話だよ」

「木の上ぇ? バカじゃないのか」

「あのなあ……」


 克己は苦笑して何か言おうとしたが、ふと口をつぐんだ。


「なんだよ」

「いや…、トムソーヤは一人で生活できるけど、俺はそうじゃないんだなと思ってさ」


 克己が何を言いたいのかわからず譲は怪訝な表情を見せた。


「つまりさ、譲がつくった『真維』がいなきゃ安穏な睡眠もできないし、るいざがいなきゃ料理もできないし、麻里奈がいなきゃ食物そのものがないし。科学って人をダメにするのかも」

「……」


 譲は返事をしなかったが克己はかまわず続けた。


「こんな能力なんかあっても結局は役立たずだ。昔は早くオトナになりたかった。そしたらトムソーヤみたいになんでもできるって思ってたから。でもそうじゃない」


 これは、もしかして……弱音というものだろうか。

 正直言って、克己はこういう感情とは無縁だと、譲は思っていた。絶対の自信が彼の能力を高めているのだと、科学の域では説明できない理由を当たり前のように思っていたからだ。実際、精神力が身体に及ぼす影響が大きいことは知っていたし。でもどうもそうではないらしい。

 つまり、早くオトナになる、イコールなんでもできるようになる努力があの能力につながっていたわけか……。


「まあ、でも」


 と、切り返したように克己が言葉をつなげたので、譲は顔をあげて克己の顔を見た。


「よく考えたらなんでもできるなんておこがましいよな。いつかなにかを返せるように、今はできることからやることにする」

「できること?」

「今はさしずめ睡眠かな。休める時に休んでおくとか」

「……いつかなにかを返すって?」

「そーだな……。まだよくわかんけど、守れるようにとか」

「何を?」

「るいざとか麻里奈とか」


 そこで一度言葉を切って克己は譲の視線をとらえて少し笑った。


「お前とか?」

「結構」


 即答すると克己は爆笑した。


「ははっ、言うと思った。ま、そーいうことで」

「どういうことだ」

「俺、もうちっと寝るわ。別にいいだろ」

「ああ」

「んじゃ、おやすみなさーい」


 と、言うが早いか、克己は隣に座る譲の足を枕にして、寝息を立て始めた。譲は、膝枕にされたことより、あまりの寝つきのよさに、本当に寝ているのだろうかと頬をつまんでみたが起きない。結構疲労していたのかもしれない。もしくはここの『庭』効果のせいだろうか。


 ――きっとそうだ。


 譲はそう思って自分もベンチに体を預けて目を閉じた。本当は何か考えたいことがあってここに来たはずなのに、それがなんなんかさえ忘れてしまった。ただそれは考えることをしたくないものだったのだ。だから――。

 やがて譲も眠りに落ちていった。






 しばらく経って、克己が目を覚ましたときには、譲はまだ眠っていた。

 一瞬、これはどういう状況かと思った克己は、直ぐに寝る前の事を思い出す。


 こいつも眠ったのか。


 無理矢理、膝枕をさせたわりに、落とすことなく律儀に膝枕をしてくれたままである。

 眠る譲の顔を下から……いや、譲が俯いて眠っているから、ほぼ正面から眺める機会は稀かもしれない。


 うわ、睫毛なげー。


 睫毛も眉毛も薄茶色なところを見ると、この髪色は天然モノなのだろう。


 唇の形も良いよなあ。


 麻里奈に見せられた、口紅の広告に載っていそうな形だ。

 普段見られない無防備な寝顔は、いつもに増して年齢を若く見せ、性別不詳さに拍車がかかる。

 そして、病院の雑魚寝以来の他人の体温に、克己は懐かしさを感じた。


「あ、そうだ」


 病院で思い出した。

 克己は譲に膝枕をされたまま、真維のウィンドウを起動した。

 真維も空気を読んで、無音でウィンドウを展開する。

 そして、克己は大人の女性向けのファッション雑誌を眺め始めた。






 そうして、しばらく眺めていると、譲が目を開いた。

 濡れたような、濃い赤紫の瞳に、克己が目を離せなくなっていると、譲がややかすれた声で言った。


「……そういう趣味があったのか」

「第一声がそれかよ!? てか、ちげーし!」


 ウィンドウの女性向けファッション雑誌を見て、誤解したのだろう。


「別に俺はお前が女装癖を持っていても否定したりはしないぞ」

「だから違うっつーの!」

「冗談だ」

「冗談かよ!」


 思わず全力でツッコミ返して、克己は溜め息を吐いた。


「で、人に膝枕をさせておいて、何してるんだ?」

「ああ。るいざがさ、いつも割と大人しめっつーか、地味目の服装じゃん?」

「そうだな」

「もう少しかわいい服とかも似合うと思うんだよ。だから、何かプレゼントしようかと思ってさ。日頃の礼も兼ねて」

「なるほど」


 克己ならではの発想だ。譲は自分の服装にすら興味が無いから、他人の服装については言わずもがなである。


 ――それにしても。


 克己は相変わらずの体勢で、ウィンドウを眺めて悩んでいる。譲が性別問わないと言った発言を覚えているのか、いないのか。


「一着と言わず、数着贈ったらどうだ?」

「いいのか?」

「構わない。お前の見立てなら無駄にはならないだろ。――それより」


 譲が背もたれから身体を起こし、克己の頬を撫でる。


「膝枕の礼を、貰っておこうか」


 そう言った譲は、克己の顔に己のそれを近付け――頬にキスをした。


「~~~~っ!?」


 驚いた克己が、飛び起きるのを避け、譲が笑った。


「チークキスなんざ、挨拶だろ」

「そうだけどさ!? 口に来るかと思うだろ!?」

「口の方が良かったのか?」

「いや、違うっ……と、思う」


 余りに全力で否定するのも、それはそれで相手を傷つけそうで、思わずフォローしてしまう克己に、譲は楽しげに笑いながら、立ち上がるとウィンドウを2、3開いて克己の方へ送った。


「俺はこのあたりが良いんじゃないかと思う。後は任せる」

「お、おう」


 克己の返事を待たずに、譲は『庭』を出て行った。

 残されたのは、動揺しまくっている克己と、いくつかのウィンドウだけだった。

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