2.検査結果
憲人の健康診断を終えた麻里奈は、今日は珍しく、憲人を連れて農場に来ていた。
『いらっしゃい!』
「こんにちは、女将さん。また服を作って欲しいんだけど、良いかしら?」
『もちろんさ! 今日は誰の服だい?』
「この子の服を、少し大きめに三着くらいお願いしたいわ」
『三着じゃ、直ぐに足りなくなるよ。もう少し作った方が良いね』
「そうなのね。じゃあ、お願いするわ」
『採寸は今しても良いかい?』
「ええ」
『じゃあ、脇の下を持ってこっちに全身を見せておくれ』
「こう?」
麻里奈が言われた通りに、憲人の脇の下を持って女将さんに全身を見せる。服は着たままだが、これはいつものことなので気にしない。すると、女将さんは上から下までじっと見て、にこっと笑った。
『もういいよ。採寸は出来たから、好きなデザインがあれば教えておくれ』
「憲人に似合う服か~。どれもかわいくて似合っちゃいそうだから悩むわね」
『なら、紅茶でも淹れようか? この間のクッキーもまだ残っているよ』
「わあ! 嬉しい!」
『その子にも何か作ろうか。ちょっと待ってておくれ』
「お願いしまーす」
そう言うと、麻里奈は本格的にカタログを見始めた。
一方、医務室に居た譲と克己は、後は真維の解析待ちになったので、後片付けをしていた。
「そう言えば、憲人、泣かなかったな」
克己の言葉に、譲が頷く。
「大人しくて助かったな。少し大人しすぎる気もするが」
「それって、障害がある可能性があったりする?」
「それもあることはあるが、どちらかと言えば早熟じゃないかと思う」
「身体の成長速度だけじゃなく、精神の成熟具合も早いって?」
「あくまでも可能性の話だがな」
譲は使った器具を、医療用ゴミと普通の分別とに分けて捨てている。
「そーいや、子どもの採血って注射じゃないんだな」
「血管が細いし、下手に採ったら出血死するぞ」
「確かに」
「それに、血管に刺すのはしばらくやっていないから不安だしな」
譲の言葉に、克己が驚く。
「なんだ?」
「いや、お前でも不安な事があるんだな」
「だから、お前は俺を何だと思ってるんだ……。今日の健康診断だって、初めての事だらけだったぞ」
「マジで? そのわりに迷い無い手付きだったけど」
「子どもはそういう感情に敏感だしな。あとは、覚悟が出来ているかどうかじゃないか?」
「覚悟……ね」
ゴミの分別が終わると、使用した器具を纏めて本部行きの箱に纏め、医療用手袋を外して譲は手洗いをした。
「お前も念の為に、手洗いしておけ」
「ああ」
言われるがまま、克己も手を洗う。
「お前はこの後どうするんだ?」
「そうだな。中途半端な時間だな」
そろそろ4時になろうと言う頃。食事には早いし、何かするほどの時間は無い。
「テラスで報告書でも書くか」
「まだ書いて無かったのか」
「SSSblueの件と、創平の件と、2つだからな。その後、憲人の健康診断だったし」
「創平の件も報告書が要るのか?」
「そりゃ、技術者派遣の受け入れだ。必要に決まってるだろ」
「それもそうか。じゃ、おれもテラスでまったりするかな」
2人がテラスに行くと、そこではるいざが、はじめとお茶をしていた。
「おかえり」
「おかえりなさーい」
「お茶飲む?」
「頼む」
「あ、るい。俺も」
「はーい。ちょっと待ってね」
譲はいつもの場所に座ると、早速ウィンドウを開き始めた。
報告書を書くと言っても、基本的には真維が書いているため、譲は最後の調節くらいしかする事は無いと、克己は思っている。
ウィンドウが多いのは、憲人の分析の分だろう。
「そう言えば、憲人くんの結果はどうだったの?」
はじめが譲の背後から抱きついて聞いた。
「栄養状態以外は、今のところ特に異常無しですね」
「そうなんだ。成長は早かったの?」
「今、ちょうど1歳くらいです。ただ、原因はまだ調べ中ですね」
「って、はじめさん! なに譲に抱きついてるの!?」
お茶を持ってきたるいざが、慌てる。
「えー? るいざにもいつもしてるじゃない」
「私は良いけど、譲はダメでしょ!?」
慌てるるいざとは対照的に、はじめはのんびりと譲に聞いた。
「譲君はダメなの?」
「別に」
「オッケーだって!」
「はじめさんの節操無し!」
るいざは怒りながらも、お茶は静かに置いた。
「Thanks」
克己は礼を言ってから、紅茶を一口飲んだ。
「ベリーティー?」
「そうなの。美味しいでしょ?」
「うん。良いね」
ついでにと、るいざが持ってきたクッキーに手を伸ばす。
譲はと言うと、礼も言わずに静かに紅茶を飲んでいる。
それを気にすることもなく、るいざが椅子に腰掛けると、はじめはるいざの後ろに戻ってきた。
「隠れなくても大丈夫になった途端、はじめさんはやりたい放題して」
るいざがぶつぶつと文句を言っているが、はじめはどこ吹く風でのんびり宙をたゆたっている。
「だってここ、居心地良いんだもーん」
「それは同意」
克己が頷く。
地下シェルターだとは思えない施設もそうだが、何と言っても人間関係が良い。
ふと、千鳥の事を思い出してしまい、克己の表情が曇る。
そう思ったのはるいざもらしく、同じような表情をしていた。
譲はそんな2人の様子を横目で見、またウィンドウへ視線を戻した。
と、いくつか溜まっていた報告案件タスクに、新規に一件が追加される。
「これ、憲人の?」
「ああ」
報告書の手直しをしていた手を止め、譲が報告を開いていく。
「特に異常は無いな。それと、やっぱり抗体は持っているようだ」
「抗体を持っているって?」
るいざが聞くと、譲が言った。
「普通、予防接種やワクチン接種で出来る抗体を、予め持っているんだ」
「親が接種させたんじゃなくて?」
「この月齢ではまだのものもある」
「それって……」
「何らかの、人為的なモノだろうな」
「でもさ、成長促進剤なんかは使われてないんだろ?」
「ああ。薬物関係はオールクリアだ。だから逆に、怪しいんだが……」
言いよどむ譲に、るいざが言葉を続けた。
「専門じゃないから、詳しくはわからないって事ね」
「そう言うことだ。真維が解らなければ、お手上げだな」
「譲君がお手上げなんて、珍しいわね」
「だな」
「だから人を何だと……。つーか、遺伝子やDNA関係はそもそもまだ解明されてない部分が多いんだ。専門家でもお手上げだろうよ」
「そこまで調べてるのね」
るいざが感心する。
「まあ、ついでだからな」
譲がそう言ったとき、ちょうど真維の報告案件がまた1つあがってきた。
譲はそれを開くと、ため息を吐いた。
「どうやら『真維』にも解らないらしい。ただ、成長速度はおよそ5~10倍で、身体のみならず脳や知性も同様と思われるそうだ」
「5~10って、結構幅があるのな」
「データが少ないからな。こればかりは仕方ない」
譲は報告ウィンドウを消して、クッキーを摘まむ。
「一口に成長速度が早いと言っても、弊害もあるから、育てにくい子どもで有ることだけは確かだな」
「成長速度に合わせた、精神面の成長を促さないとなのか」
譲の言葉に、克己が言うと、るいざは呆れたような顔をした。
「そんなの、真維が居るから何とかなるし、そもそも育てやすい子なんて居ないわよ。どの子も、たった1人しか居ないし、特別だもの」
その言葉に、譲と克己は顔を見合わせた。
そして、笑った。
「確かに」
「その通りだな」
そう考えると、憲人がESPセクションに来たのは運命だったのかもしれない。




