45.創平の帰還
翌日、朝食を作るために、るいざはまだ眠い目をこすりながら、キッチンに立った。
昨日の出来事を思い出す度、涙が出そうになるが、泣いてばかりもいられない。
それに、自分より譲の方が心配だから、まだ自分を保っていられる部分もあった。
と、カウンターから聞き慣れた声がかけられた。
「おはよ、るい」
「おはよう、克己。今日もジョギング?」
「ああ。良く眠れなくてさ」
おどけて言ってはいるが、気持ちはみんな同じらしい。
「ところで、今日の朝食は何?」
「和食にしようかと思ってるんだけど、具体的にはまだ決まってないわよ」
「和食なら、豚汁とかカボチャの煮物が食いたいな」
「カボチャならちょうど、農場からの差し入れがあるから出来るわよ」
「やった!」
「後はお魚を焼いて、葉物を片しちゃおうかしら」
「俺はもう少し走ってくるよ」
「気を付けてね」
「おう!」
走っていく克己を見送ると、るいざは早速、米を研ぎ出した。
そうして、るいざが慌ただしく朝食の支度をして、テーブルを拭こうと思いそちらを見た瞬間、誰も居ないと思っていたテラスに譲が座っていて、るいざは驚いて息を呑んだ。
「……どうした?」
「びっくりしたあ……」
いつの間に、そしていつからそこに居たのか。全然気付かなかった。
るいざは気を取り直すと、譲に話しかけた。
「コーヒー飲む? 朝食は和食だけど」
「飲む」
そう答える譲は、昨日の様子が嘘のようにいつも通りだ。
るいざはテーブルを拭くと、コーヒーを淹れて譲の前に置いた。
「Thanks」
「どういたしまして。何してたの?」
譲が1人で、ウィンドウも開かずにぼんやりしているなんて珍しい。
「特に、何も」
「そう」
やっぱり少しはおかしいかも。
そう思いながら、るいざはキッチンへと戻り、料理の続きを始めた。
しばらくすると、譲はウィンドウをいくつか開いて何やら作業をしている。と、そこにシャワーを浴びた克己が戻ってきた。
「お、譲。おはよー」
「おはよう」
「何してんの?」
「昨日の報告書を纏めている」
「ああ」
克己は少しだけしまったという顔をしたが、譲は特に気にした様子もなく、作業を続けている。
「そういや、西塔が帰るのって今日だよな?」
「ああ」
「時間は?」
「……そう言えば聞いてないな。後で聞いておく」
「相変わらず、ざっくりしてんな、お前」
「興味が無いからな」
とてもそうは見えないが、そう言うことらしい。
と、るいざが克己を呼んだ。
「克己、料理運ぶの手伝って」
「はいはい」
2人が出来上がった料理を運んでいると、憲人を抱っこした麻里奈と創平が、一緒に歩いてきた。
「おっはよー!」
「おはよう」
「はよ」
「おはよう」
克己が皿を持ちながら、不思議そうに聞いた。
「何で一緒に来たわけ?」
「だって創平ちゃん、もう直ぐ帰っちゃうでしょ? だから少しでも長く会いたくて、部屋まで迎えに行っちゃった」
「ああ、そう……」
語尾にハートマークが見える気がする。
と、いつものようにソファー側の席に座った創平に、譲が聞いた。
「アンタは何時に帰るんだ?」
「10時頃かな」
「えー!? そんなに早いの?」
麻里奈が、不服そうな声を上げた。
それに、済まなそうに創平が答える。
「本部で報告をしてから、ドイツに立たないといけなくてね。麻里奈とまた会えなくなるのは寂しいけれど、これも仕事だからね」
「そっか。じゃあ、一緒にご飯を食べるのも、これでしばらく出来なくなるのね」
「そうなるね。だから、朝食が和食なのは嬉しいよ。ありがとう、るいざさん」
「い、いえ……」
「別にお前のためじゃないけどな」
ボソッと付け足された克己の言葉は、スルーされた。
そうして、いつもの朝食が始まった。
いつもと違うのは、1人足りない事だけだ。
「そう言えば、創平ちゃん。この後は荷造り?」
「いや、荷造りはほぼ終わっているから、もう少し『真維』について、譲にレクチャーを受けようかと思っている」
「もう。仕事も大事だけど、息抜きも大事だからね」
「解っているよ。ただ、ここを出たらこんなチャンスは中々無いからね。せっかくの機会を大切にしたいんだ」
そう言って創平は、麻里奈の頭を撫でた。
麻里奈はまんざらでもない顔をして、ため息をついた。
「そーゆー、仕事熱心なところも好きだから仕方ないけど。でも、ちょっとは寂しいからまた来てね」
「ああ、必ず」
克己とるいざを放置して、何やら物騒な約束がされている。
克己が小さな声で譲に聞く。
「おい、あれ、ほっといて良いのか?」
「約束だけなら勝手にすればいいんじゃないか?」
「でも、なんだか本当にすぐに来そうな気がして……」
るいざの言葉に、譲はいつも通りの無表情で言った。
「まあ、真維のシステムが解析出来るまでは来るんじゃないか?」
「げ。もうシステム全部教えちまえよ」
「やなこった。そんな事をしたら、世界中がパニックになるぞ」
「お前はどんなシステムを組んでんだよ!」
しれっと豆腐とワカメの味噌汁を飲みながら言われた言葉に、克己が突っ込む。
「情報も立派な兵器なんだ。そう簡単に手の内を全部晒せはしないな」
「それはそうだけどさ」
その後、コンピュータールームに行くかと思っていた2人は、そのままテラスで『真維』のシステムについて話し始めた。
克己が一応参加して話を聞いてはいるが、専門用語が多く、ついていけない。
るいざは朝食の片付けが終わると、他の家事をしようとさっさと部屋に戻ってしまった。
麻里奈は創平の近くにソファーを移動して、憲人をあやして遊んでいる。
そうこうしているうちに、あっと言う間に10時になった。
「名残惜しいけれど、そろそろ行くよ」
「ああ」
「創平ちゃん、また来てね」
一応見送りには全員が揃った。
ゲートフロアの車庫へ向かう通路へ創平は歩いて行くが、途中で振り向いた。
「譲君。菖蒲海軍大将へ何か伝言はあるかい?」
今日、誰も触れなかった話題に思い切り触れた創平に、克己が抗議しかけて譲に止められた。
譲は落ち着いていた。
「今度、直接謝罪に伺うから、特に伝言は無い」
「そうか。それじゃ、短い間だったけど世話になったね」
「またねー!」
そう言うと、創平は車庫へと歩いていった。
しばらく経つと、真維が、車が外に出た旨を報告してくれた。
克己はやれやれと大きく息を吐いた。
「これでやっと日常に戻れるな」
「ちょっと寂しいけどね」
麻里奈の言葉に克己が突っ込む。
「それはお前だけだと思うぞ」
「そんなことないわよ。ね、憲人」
抱かれている憲人は何のことか解っていないだろうが、少なくとも肯定は示していないように見える。
「とりあえず、戻りましょうか」
るいざの言葉に4人はエレベーターに乗り込む。
と、譲が怪訝そうな顔をした。
「どうかしたのか?」
克己が聞くと、譲は少し考えるような顔をして言った。
「麻里奈。その子ども、大きくなってないか?」
「あ、やっぱり? 子どもって凄いわよね。すぐに大きくなっちゃって」
「いや、そうじゃなくて……」
エレベーターがテラスに着き、降りると同時に、譲は真維を呼び出した。
そして何事か話している。
るいざと克己は憲人を改めて見るが、2人とも毎日見ているせいで変化が良く解らない。
と、真維と話し終わった譲が言った。
「一度、しっかり調べないと解らないが、その子どもは普通よりも早い速度で成長している可能性が高い」
「え、それって、成長促進剤とかそういう?」
「それは調べてみないとわからない。が、とりあえず普通より早いことだけは確かだな」
どうやらESPセクションの平和な日常は、まだ訪れないらしい。
千鳥編、最終話になります!
読んでくださりありがとうございます。
次から新章始まります。




