44.緊急任務③
その爆発と倒壊は、かなり離れた場所に居た克己とるいざにも見えた。
「おい、あれ、ヤバくないか?」
克己の言葉に、るいざも頷く。
「何かあったんだわ」
かと言って、2人にもここを動けるほどの余裕は無い。SSSblueの地上部隊はここが最後の勝負とばかりに、銃火器で一掃をしにかかっている。一向に終わる気配のないその攻撃に、克己もるいざも疲労が溜まり、集中力も落ちてきている。
そして、能力も無限に使える訳ではない。
このままの状態が続くとヤバい。
「それでも落ち着いて、出来ることをやるしかないわ」
「だな」
内心焦っているが、落ち着けと自分に言い聞かせる。焦れば敵の思うつぼだ。
2人は、譲と千鳥が無事なことを祈るしか無かった。
と、その次の瞬間、倒壊したあたりで巨大な爆発が起きた。
離れた場所まで届く轟音に、2人は思わず顔を見合わせる。
「一体何が……」
敵の攻撃も小康状態になっている。と言うことは、これは敵の計画には無かったことだと言うことだろう。
2人は遠くにあがる煙を見ながら、体制を立て直した。
「るい!」
「ええ、行きましょう!」
陸軍へ、無線で戦線を放棄する旨を伝え、克己はるいざを連れてテレポーテーションで飛んだ。
一気に爆発があったと思われる場所まで飛ぶと、そこには巨大なクレーターが出来ていて、その中央には血だらけの千鳥を抱いた譲が居た。
「譲! 千鳥!!」
慌てて克己とるいざが駆け寄る。
「千鳥……ちゃん?」
ピクリとも動かない千鳥の身体からは、鮮血が溢れて止まらない。
そして、彼女を抱きしめている譲は俯いていて表情が見えない。
「譲……?」
「……」
克己の呼び掛けに、譲は千鳥をるいざに預けると、ふらりと立ち上がった。
「おい、譲?」
克己が戸惑うように呼び掛けるが、譲は無表情に、呟くように言った。
「片付けてくる」
何をとも、どうやってとも言わないまま、譲はテレポーテーションで消えた。
そして、同時に数カ所で爆発が起きる。
譲がやっているであろうことは想像に難くなかった。
克己が上がる土煙を眺めていると、るいざが克己に言う。
「克己、千鳥ちゃんが……」
「本部で手当てを――」
その言葉にるいざが首を振った。
「……手遅れよ。傷が酷すぎる……」
「……」
克己が拳をキツく握る。
いつかこんな日が来るのは覚悟していた。だが、まさか、千鳥が先だとは思っていなかった。
遠くに上がる爆発と炎と煙を、2人は見守る事しか出来なかった。
結局、SSSblueは壊滅状態となり、残ったのは下っ端の兵士だけだった。
そして、味方の被害は千鳥が犠牲になったことだけだった。
戦線を放棄した後すぐに、譲が敵の拠点を全て一掃したため、陸軍には被害は出なかったのだ。
一方、譲はと言うと、全ての拠点を一掃した後、克己たちの所へ戻ってきた。が、その表情からは何も読み取れない。無表情のまま、るいざから千鳥を受け取り、車に乗り込み帰路に着く。
途中、本部に寄って千鳥を菖蒲海軍大将に引き渡したときも、無言のままだった。
菖蒲海軍大将は、恨み言を言うでもなく、彼もまた無言のまま千鳥の遺体を引き取った。
そして、3人は克己の運転でESPセクションへと戻ってきた。
既に話は聞いていたのか、迎えに来た麻里奈は、千鳥の事は何も言わなかった。
「お疲れさま。大変だったわね」
「ああ」
克己もさすがに上手く言葉が出てこない。
「とりあえず、みんなお風呂に入って着替えた方が良いわ。夕食は私が支度するから」
「そうだな」
克己は土埃だけだが、るいざと譲は千鳥の血で真っ赤だ。
と、譲が先にエレベーターに乗り、言った。
「夕食はいらない」
1人先に下りていく譲に、かける言葉が無い。
重い沈黙に、麻里奈が聞いた。
「ねぇ、何があったの?」
その言葉に、克己が首を横に振った。
「俺とるいも、一緒に居た訳じゃないから分からないんだ」
「譲はあの調子で、聞けるような雰囲気じゃなくて……」
譲の様子がおかしいのは明らかだが、とても触れられるような雰囲気ではない。
麻里奈が、神妙に口を開く。
「私、譲はこういう事に慣れているのかと思っていたわ」
「そうだな」
こんな仕事をしているくらいだ。慣れるとまではいかなくても、覚悟は常にしていただろう。だが、それにしては、譲の様子は異常だった。
「2人もショックだったでしょ?」
「ああ。そりゃそうだけど、俺たちは病院に居たからな」
「慣れてる訳じゃないけど、覚悟はしてたわ」
そう言うとるいざは俯いていて続けた。
「でも、私たちより若い子が、犠牲になるなんて、思ってなかったわ。……やるせないわね」
「そうよね……」
麻里奈もるいざの言葉に同意する。
そして、気を取り直したように、言った。
「ホットミルクをいれるわ。2人とも、早くお風呂に入ってきて」
「そうだな」
「ありがとう、麻里奈」
3人は落ち込みながらも、笑みを浮かべて、エレベーターへと乗り込んだ。
先に部屋に戻った譲は、早々にシャワーを浴びていた。こびりついた血が流れていっても、鉄臭い臭いが消えない気がする。
千鳥の犠牲は、自分のせいだ。
能力を過信し過ぎた結果が招いた、当然とも言える結果。
そして、敵の戦力を見誤った結果だ。
血の臭いに、過去の記憶がフラッシュバックする。
千鳥をるいざに預けた後の記憶が、譲には朧気にしか無かった。いや、正確には、千鳥の血を見た後の記憶がと言うべきか。
過去がフラッシュバックして、能力のコントロールも、精神の均衡も、全てが手を放れて、衝動だけで動いていた。
敵だけを潰したつもりだが、そこに味方が混ざっていても解らないくらい、頭は動いていなかった。
もう、乗り越えたと思ったのに――。
ズルズルと、壁にもたれたまま床に座り込む。
血だらけの千鳥が、譲の中で重なった。
あの時の『真維』の姿と――。
「……」
譲は、思いを断ち切るように、頬を叩いた。このまま考えていたら能力が暴走しかねない。既に昼間、一度暴走仕掛けているのだ。
シャワーを止め、『真維』のアクセスキーを全て部屋に置き、譲は部屋を出た。
そして、とある部屋の前で足を止める。
呼び鈴は鳴らさない。
だが、その部屋のドアはすぐに開いた。
「来ると思っていたよ」
にこやかに微笑む創平に、譲は無言のまま部屋に入った。




