40.克己と譲
「今日は、午後から麻里奈のトレーニング。以上」
朝食の席で今日の予定を譲が言う。
すると千鳥がおずおずと聞いた。
「自主トレはしても良いかしら?」
「他のメンバーならかまわないが、千鳥はしばらくESPを使わないように」
「どうして?」
「ESPは精神的な物に左右される。精神的に落ち着いたと俺が判断するまでは、トレーニングは禁止だ」
その言葉に、不服そうにした千鳥だったが、諦めて溜め息を吐いた。
「……わかったわ」
一方麻里奈はとても浮かれている。
「やっと創平ちゃんにトレーニングを見せられるわね! 見ててね、創平ちゃん♪」
「ああ。楽しみにしているよ」
にこやかに創平が返す。
るいざと克己は昨日の疲れが残っているため、今日はオフで良かったとしみじみ思っていた。
――っていうか。
克己が譲を見た。
いくら派遣されてきた西塔に、技術やトレーニングを見せなければならないとしても、あれだけの揉め事の発端であろう相手に、そこまでしてやる義理は無いと思うんだけど。
不服そうな視線を感じて、譲は克己を見たが、そのまま無視を決め込む。
それがまた、克己の気に障る。
「ご馳走さま」
珍しく一番に克己が席を立つと、るいざが不思議そうな顔をした。が、なぜか機嫌の悪そうな克己に、思わず聞いた。
「克己、どうかした?」
「いや、どうもしないよ」
「そう」
納得はいかなかったが、るいざはそれ以上何も言わなかった。
次に食事を終えたのは譲だ。
「ご馳走さま」
使った食器を片付けている克己を無視して、コンピュータールームの方へと歩いていく。
克己は慌ててそれを追った。
コンピュータールームへ通じる廊下で、克己は譲に追い付いた。
「何か用か?」
譲は足を止めずに克己を見る。
「用って程じゃないけど、お前ちゃんと寝たのか?」
「一応な」
話してる間にコンピュータールームへ到着する。ドアが譲を歓迎するように自動で開く。
「西塔と一緒だったのか?」
「だったらどうする?」
「いや、どうもしねーけどさ……。千鳥の一件、犯人は西塔なんだろ? お前と西塔の関係をとやかく言う気は無いけど、気にはなるだろ」
譲はウィンドウを立ち上げながら、何でもない事のように言った。
「俺と創平だったら、知り合いだ。以前からのな」
「肉体関係込みの、か?」
「ああ」
譲は克己が拍子抜けするほど、アッサリと認めた。
「お前さ、その誰にでも手を出すの、どうにかならないのか?」
「一応、相手は選んでいるつもりだが。現にお前には手を出していないだろう?」
「それは……そうだけどさ」
言葉に詰まった克己に、譲がクスリと笑った。
「それとも、お前が代わりに相手をしてくれるのか?」
挑発するように視線を投げる譲は愉しそうに微笑んでいる。
その態度に、克己は大きく溜め息を吐いた。
「からかうなよ。解った。もう口出ししない」
「別に俺はどっちでも良いんだぞ」
「だーかーら、解ったって」
このまま話していると譲のペースに巻き込まれて、何か間違いを犯してしまいそうだ。
「とりあえず、一つだけ教えろ。男が好きなのか?」
克己の問いに、少し考えて、譲は言った。
「特に性別に拘りはないが、……男の方が楽だからな」
「楽って……。ああそう」
どういう意味での楽なのかは解らないが、それだけの理由らしい。ひとまず、基地の女性陣の身の安全は保障されているようで何よりだ。
「それより、お前のシールドの事だが」
「へ?」
急に仕事の話になって、克己が間の抜けた声を出す。
「シールドがどうかしたのか?」
克己は譲の隣に近付いてきて、一緒に表示されたウィンドウを見る。
その行動に、譲の方が驚いた。
「……普通、距離を取らないか?」
「何が?」
「さっきの話だ」
「ああ。それはそれ、これはこれだろ。お前は仕事にそう言うことを持ち込むようなヤツじゃないだろ」
なぜか信頼されているようで、譲の方が調子が狂う。
「で、シールドがなんだって?」
「ああ……、能力値なんだが、全員の中で、計測数値を振り切っているのがお前のシールドだけなんだ」
「え? お前は?」
「俺のPKは、計測範囲内だ。特殊が振り切っているが、今の所、能力が具現化していないからこれは例外として」
「そうなのか」
「ただ、ESPは底無しに使える訳じゃない。シールドに使えば他に使う分、持久力にあたる部分は減っていく。つまり、使い方に気を付けないと、気付いた時には枯渇している可能性が考えられるんだ」
「成る程ね」
「特にお前みたいなタイプは、メンタルで実力以上の力を使いがちだ。気付かず無理して、オーバーヒートする可能性が高い」
「オーバーヒートするとどうなるんだ?」
「わからん」
「わからんって……」
「俺が知ってる限りだと、そのまま死亡や意識不明、または能力喪失は聞いたことがあるな。この辺は創平の方が詳しいかもしれん」
「日本は能力者が少ないんだったな」
「そうだ」
「つまりは、限界を越えないよう気を付けろってことか」
「その通りだな」
ウィンドウの表示を切り替えている譲を見て、克己が言った。
「お前さ」
「なんだ?」
「意外と俺たちのこと、よく見てるんだな」
「……それが仕事だからな」
「それもそうか」
譲がウィンドウをいじりはじめたため、克己は邪魔にならないように離れる。
そして、真顔になって譲に聞いた。
「このまま、何も起こらずに、終わると思うか?」
あと3日。実質、最終日は除いて、今日を含めあと2日。
「終わらないだろうな」
「やっぱりか」
克己は近くの椅子を持ってきて、譲を眺めながら考えにふける。
相手が軍部と西塔と考えると、何が起きても不思議じゃない気がしてならない。
「お前の色仕掛けで何とかならないのか?」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ」
呆れた譲に一蹴された。
「そもそも、創平は相手に不自由していない。俺との事だって、ただの遊びだ」
「随分詳しいな」
「そのくらいはな」
譲は気にした風もなく、作業をしている。が、ただの遊びにしては、西塔は譲に固執している気がすると、克己は思う。
それに、少し女に不自由した程度で男に手は出さないだろう。
と、考えたが、譲を見ているとそれも危うい気はする。華奢な身体付きに、整っていて性別を感じさせない天使のような顔、男にしては高い声。日本人とは思えない薄茶色の髪に、惹かれる赤紫色の瞳。
……確かに、譲なら抱けるかもしれない。
と、思った瞬間、譲に話し掛けられた。
「おい。何を妄想するのもお前の自由だが、俺がテレパシー持ちなのを忘れるなよ」
「制御効いてりゃ、常に人の思考を読むなんてしないだろ」
「読まなくても、変なことを考えてるのは何となく解るだろうが」
それはその通りで、克己が言葉に詰まる。
譲は溜め息を吐いて、ウィンドウを全て消した。
「昼まで少し寝てくる」
「あ、ああ」
そう言うと、克己を置いて、譲はコンピュータールームを出て行った。
克己は自分の思考が大分、譲に影響されている事実にそのままたそがれていた。
しばらくそのまま、コンピュータールームでぼんやりしていると、入り口のドアが開いて創平が姿を見せた。
「おや、珍しいお客さんがいるね」
「珍しくて悪かったな」
「いやいや。驚いただけだよ」
そんなタマじゃないくせにとは、心の中で思うだけに留める。
創平は克己に構わず中に入ると、ウィンドウを展開して何か作業をしている。
譲の時は青や緑の表示が多かったが、創平のウィンドウは赤や黄色が多い。おそらく、真維の掌握をしようとしてエラーや警告が出ているのだろう。
「……楽しそうだな」
「そうだね。これだけ手応えがあるシステムはなかなか無いからね」
創平レベルになると、思い通りに行かない方が楽しいのだろう。理解できないが。
「アンタは、譲とどういう関係なんだ?」
克己はダメ元で聞いてみた。
すると、創平はにこやかなまま答えた。
「旧知の仲、かな」
「それってどのくらい?」
「そうだな。五年くらい前かな。と言っても、一時期交友があっただけで、それ以降は会ってはいなかったけどね」
「へぇ」
創平がすんなり答える事に違和感を感じながらも、克己は聞いた。
「好きなのか?」
さすがにこの質問は予想外だったようで、創平が驚いた顔で克己を見た。そして、また何時もの笑みを浮かべる。
「興味深いとは思っているよ」
「……」
と、ウィンドウがまたエラーを表示する。
「ところで、そろそろ昼食の時間じゃないのかい?」
「マジか」
どうやら相当ここでぼんやりしていたらしい。克己は慌てて椅子から立ち上がった。
「先に行って手伝ってくる」
「ああ。僕はもう少しやってから行くよ」
そう言う創平を置いて、克己はコンピュータールームを出て、テラスに向かった。




