37.決別
「何を言ってるんだ、千鳥?」
「だから、私は特殊能力課に……」
パシッ!
千鳥の言葉は最後まで言えなかった。政信が立ち上がり、千鳥の頬を叩いたからだ。衝撃に千鳥が椅子から転げ落ちる。が、克己のシールドのお陰でダメージは無かった。
「馬鹿な事を言うんじゃない! お前はもう軍部の人間だ! 特殊能力課なんかにやってたまるか!」
額に青筋を浮かべて怒鳴りつける政信を、千鳥は初めて見た。怖い。けれど、千鳥にも譲れないものがある。
「私の居場所を勝手に決めないで! パパがなんて言っても私は特殊能力課に帰る! そう決めたの!」
「それが、軍部を裏切る事でもか!?」
「裏切るとか、そんなんじゃないでしょ!?」
「お前にそのつもりが無くてもそう言うことだ!! それでも特殊能力課に行くと言うなら、親子の縁も切れると思え!!」
「パパ!?」
「そんな娘を持った覚えはない!!」
物凄い剣幕に、千鳥が絶句する。
どうしてそうなるのか、解らない。
解らないけど、だからといってここで曲げるわけにはいかないことだけは解る。
止まっていた涙がまた零れた。
「それでも……、私は特殊能力課に帰るから!!」
千鳥は言い捨てると、部屋を出ようと走り出した。が、その手を政信が掴んで引き戻す。
「ならん!!」
「離してよ!!」
千鳥がもがくが、政信の手はきつく食い込んで離れない。
「親の言うことには従うものだ!!」
「私はもう子供じゃない!」
「まだ子供だ!! いいから言うことを聞きなさい!!」
「ッ……パパのバカ!!」
千鳥はポケットに入れていたカギを掴んで『真維』を起動した。
「譲ッ! 助けて!!」
その瞬間、千鳥の目の前に譲が現れた。
そして、千鳥の腕を掴んでいる政信の手首を捻り、外させる。
「暴力は良くないな」
「どの口がほざくか!!」
政信が一歩引いて、譲に怒鳴りつける。
「貴様が、うちの娘を誑かしたんだろう!!」
「譲は何もしてない! 私が勝手に決めた事よ!!」
怒鳴りあう2人の間に立ち、譲が淡々と言った。
「千鳥、結論は出たのか?」
その瞬間、2人ともピタリと黙り、静寂が訪れる。
千鳥は、深呼吸をしてから、静かに言った。
「私は特殊能力課に帰る」
「そうか」
政信が言葉を発するより先に、今度は譲が聞いた。
「それで親子の縁が切れるとしても、か?」
「……」
今まで母親の分まで育ててくれた父親。大好きで自慢の父親だった。
それでも、千鳥は決めたのだ。
「私の居場所は、特殊能力課だから」
「解った」
譲が千鳥の手を取る。
それを止めようと政信が手を伸ばすより先に、譲はテレポーテーションで飛んだ。
「千鳥!!」
千鳥の目に映った最後の政信の顔は、どこか泣きそうな表情をしていた。
「うおっ! ビックリした!」
克己が急に現れた譲と千鳥に驚く。自分が使ってるときは、周りからどう見られるかなど気にしていなかっただけに、テレポーテーションで出現するのがこんなに唐突だとは思わなかったのだ。
「てか、譲。いつの間に人を連れて飛べるようになったんだ?」
「今だな。試してみたらいけた」
「相変わらず、顔に似合わず大胆だな」
そう言って、克己はハンカチを千鳥に差し出した。
「平気じゃないだろ? 好きなだけ泣くと良い」
「……ありがとう」
千鳥はハンカチを受け取って、ボロボロと涙を零した。覚悟して、自分で決めたことでも、別れはツラいのだ。
「うぅ……」
声を押し殺して泣く千鳥の肩を、譲が抱いて椅子に座らせる。そして、頭を撫でてやる。
「助けを呼んで偉かったな」
「……っ来てくれて、ひっく……あり、がと……」
泣きじゃくりながら、礼を言った千鳥を譲は抱き締めながら優しく撫でる。
譲の胸の暖かさに、千鳥の涙は止まらない。
と、譲が克己に言った。
「気の済むまで泣かせてやりたいのは山々だが、すぐ足が付く。克己、このまま車へ飛べるか?」
「ああ、行ける」
「頼む。神崎さん、礼はまた今度」
「気にするな。慣れている」
話してる間にも、荒々しい複数の靴音が近付いてくるのが聞こえてきた。
「それじゃ、また」
克己も神崎に軽く挨拶すると、譲と千鳥を連れて車へと飛んだ。そして、運転席へと乗り込みそのまま車を発進させる。
暗くなり始めた空に、星が見え始めた。
後部座席で譲に抱き締められたまま泣きじゃくる千鳥の涙は、なかなか止まらなかった。




