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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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36.千鳥の決意

 譲が神崎の部屋に行く途中、ちょうど同じく軍部に戻ろうとしていた一條達と出くわした。

 彼らは譲を忌々しげに睨むが、譲は我関せずといった表情で相手にしない。

 と、一條が口を開いた。


「話が都合良く転がって良かったな」

「……」


 譲が無言でいると、小早川空軍大将が言った。


「一般兵士だけでなく、機関長にまで媚びているようだな」


 譲は呆れて言った。


「あの御人が色仕掛けに落ちる訳が無いだろう。それより、千鳥がそちらにお邪魔しているようだが、そろそろ戻ると伝えて欲しい」


 すると海軍大将である菖蒲政信が難色を示した。


「悪いが、娘を直ぐにそちらにひきわたす訳にはいかない」

「なぜ?」

「貴様が信用に値しない人物だからだ」

そう言って政信は譲を睨み付けた。譲は正面からそれを受け止めるが、相手にはしない。

「信用出来なくとも、千鳥の現在の所属は特殊能力課だ。命令権は俺にある」

「しかし、親としてひきわたす訳にはいかん」


 押し問答に、譲は面倒くさそうに溜め息をついた。


「解った。では直接本人に聞くことにする」

「本人が何と言おうと、そっちにやる気は無い」

「……解った」


 これ以上押し問答しても意味がないと考え、譲は引いた。そして、陸軍の方へ歩き出すと、後ろから一條の声が響いた。


「何でも思い通りに行くと思うなよ」


 随分嫌われたものだと思いつつも、譲は相手にせずそのまま神崎の部屋へと向かった。

 元々譲には敵が多かったが、今回の件でさらに日再――特に軍部との関係が悪化したことは確かだろう。






 神崎の部屋に付くと、そこには神崎と克己が居た。


「おかえり~」


 にこやかに克己に迎えられて、譲の肩の力が抜ける。譲はベッドに座っていた神崎の隣に腰掛けて、早速ウィンドウを起動し、克己に聞いた。


「会議は聞いていたな?」

「ああ。あとは問題は千鳥だけか」

「そうだな」


 譲は真維を通じて、千鳥の部屋に強制的にウィンドウを表示した。

 すると、泣きはらした千鳥の驚いた顔が写る。


『ゆ、譲!?』

「悪いが時間がないから強制的にアクセスさせてもらった。海軍大将はまだ戻ってないな?」

『まだだけど、譲は無事なの?』

「ああ、問題無い。それより、千鳥、お前の身柄だ」


 その言葉に、千鳥はきょとんとする。


『私?』

「今、お前の所属は特殊能力課だ。だが、菖蒲氏はお前をこちらに引き渡す気はないらしい」

『……どういうこと?』

「今日の会議の結果、軍部と特殊能力課が対立したんだ。菖蒲氏はこのまま千鳥を軍部に引き上げさせるつもりだ」

『そんなっ……!』

「俺としては、千鳥の意見を尊重したいと思っている。このまま軍部に残るか、それとも俺と特殊能力課へ行くか」

『そんな事、急に言われても……』

「困るのは解る。が、時間が無い」

『でも……』


 途方に暮れる千鳥に、克己が横から口を出した。


「さすがに今すぐ決めろってのは酷だろ。ここから連れ出す方法なんていくらでもあるんだ。少しくらい考える時間をやっても良いんじゃないか?」

「……それもそうだな」


 譲は少し考えて、口を開いた。


「とりあえず、今日の夕まで待つ。それまでに結論を出せ。どちらを選んでも俺は構わない」

『解った』

「本部でも『真維』は使えるから、結論が出たら連絡してくれ」

『うん』


 千鳥が頷いたのを確認して、譲は通信を切った。

 それを確認して、克己が譲に話し掛ける。


「本部でも『真維』が使えるとは思わなかったな」

「大分機能は制限されるがな。実際のところ、本部だけじゃなく、全世界で使用可能だ」

「マジか。すげえな」

「克己。手間だろうが、念の為、千鳥のシールドは展開したままにできるか?」

「ああ、そのくらいなら朝飯前だ。――それよりさ」

「何だ?」

「俺、普通に腹減ったんだけど」

「……神崎さん、コイツを軍部の食堂に連れて行ってやってくれ」

「ああ、わかった。すっかり忘れていて悪かったな」

「いや、それどころじゃなかったしな」


 そう言って、神崎と克己は食事を取るために食堂へと向かった。






 一方、譲との通信が終わった千鳥は、椅子に座ったまま放心していた。

 涙はとっくに止まっていた。考えなければいけないことがあることは解る。けれど、頭が全然動いてくれないのだ。


「軍部に残るか、ESPセクションへ行くか……」


 千鳥にとっては大きすぎる決断だった。

 軍部に残った場合、このまま政信の娘として、そしてESP持ちとして、特別待遇が待っているだろう。ただ、そこにESPセクションのみんなは居ない。もしかしたら敵とまではいかなくても、裏切り者扱いされるかもしれない。

 かと言って、ESPセクションへ行ったら、今度は軍部と対立してしまう。政信とは敵になるかもしれないのだ。

 いや、でも、譲が物事を大きく捉えすぎているだけかもしれない。

 実際は今まで通りの毎日が続くのかもしれない。それは、政信が戻ってこないとわからない。

 一方だけの主張で物事を決めるのは良くないと、学んだばかりではないか。

 そうして千鳥は問題を先送りにして、政信が戻ってくるのを待つことにした。

 が、政信はなかなか戻ってこない。

 時間は刻々と過ぎてゆく。

 昼食には戻るかと思ったのだが、1時を過ぎても戻ってこない。

 千鳥は、焦りながらもじっと待った。

 そして、時刻が3時を回った頃、ようやく政信が部屋に戻ってきた。


「パパ!」

「おお、千鳥。すまなかったね、放置してしまって」

「ううん、それは良いの」

「昼食がまだだろう? 今持ってこさせるから少し待ってくれ」

「それより、会議はどうなったの?」


 その言葉を聞いた途端、政信はドサッと音を立てて椅子に座った。


「特殊能力課を軍部に入れるのには失敗した。あの若造も特にお咎め無しだ」


 その言葉に千鳥はホッと胸を撫で下ろす。

 が、続けられた言葉に耳を疑った。


「お前の所属は軍部に移ることになった」

「え?」

「あんな小僧のところになど、やれん。今、軍部で会議をして決まったところだ。新しい所属先はまだ未定だが」

「それって、特殊能力課じゃなくなるってこと?」

「そうだ。荷物は手配すれば良い。もう、あそこには戻らずに、元の通りここで暮らしなさい」

「でも、挨拶とかは……」

「そんなものは要らん。もう特殊能力課の連中とは関わるんじゃない。これは決定だ」

「そんな……」

「さあ、昼食にしよう。少し待っておくれ」


 そう言う政信は、千鳥の言葉など聞く気は無い。ましてや意見など言ったら怒るに違いない。

 やっぱり甘かったと、千鳥が後悔する。

 今まで通りなんて、そんな都合の良い選択肢は存在しなかった。

 千鳥が選べるのは、父親か、ESPセクションかのどちらかだけ。

 どちらも欲しい。

 だからこそ悩む。

 自分はどうしたいのか。

 考えれば考えるほど解らなくなってくる。

 その間にもタイムリミットは近付いてくる。

 いや、政信はもう千鳥は軍部に異動だと言っていた。

 もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。

 政信の言うとおり、千鳥の所属は軍部になって、特殊能力課にはもう戻れないのかもしれない。

 そう思った瞬間、涙が零れた。

 もう、会えないかもしれないと。

 ESPセクションのみんなに、そして譲に――。

 万が一会ったとしても、冷たい目で見られるのかもしれない。


 そんなの、嫌だ。


 嫌だと、ハッキリ思った。

 政信に二度と会えないかもしれない事よりも、譲に二度と会えない事の方が嫌だと千鳥は思った。

 なぜかは解らない。

 でも、心でそう思ったのだ。

 千鳥は、決めた。

 そして、口を開いた。


「パパ。私、ESPセクションに帰るわ」

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