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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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32.密告

 日再が開発したという能力妨害装置付の簡素な部屋に、譲は見張りと一緒に居た。普通であれば自室で待機の状態であるため、待遇はそこまで悪くはない。そして、相変わらず妨害装置は出力が弱いため、譲がその気になればいくらでも壊せる。だが、今は従っておいた方が得策だろう。

 ベッドに転がり天井を見上げる。アクセサリー類は外されたが、真維へのアクセスキーが総て取り上げられた訳ではない。ただ、室内に見張りが居るため使用は出来ない。

 こうなると暇だった。

 譲はチラリと見張りを見る。基本的にここの施設は女性が少ない。というか、ほぼ居ない。それは男性が多いため、性的な対象にされやすいからだ。そして、それは上層部も解っていて、女性を守る手段も講じている。よって、自然と女に不自由しているヤツらが多くなる。年齢も若いので余計だ。そのため、譲の顔と身体なら、男でも構わないという連中は多い。


 ……たまには思い切り遊ぶか。


 暇を持て余した譲は、メガネを外すと見張りに声をかけた。






 夕食の最中、ふと思い出したようにるいざは言った。


「ねえ、譲、さすがに遅すぎない?」

「そうか? ついでに神崎さんのところでも寄ってるんじゃないのか?」


 克己がポトフを食べながら答える。今日の夕食のメニューはソーセージと野菜たっぷりなポトフに、クルミ入りのパン、またはライス、チーズたっぷりのブロッコリーとベーコンのキッシュ、トマトのカプレーゼだった。

 克己の言葉に半分納得しながらも、るいざが言葉を続けようとした時、チラリと克己がるいざに目配せをする。

 反射的に何かあったと解ったるいざは、そのまま違う言葉を紡ぐ。


「そうね。それに譲が予定通りじゃないなんていつものことだものね」

「そうそう」


 千鳥はそのやり取りに納得したらしく、食事を終えると直ぐに立ち上がった。


「今日は色々あって疲れたから、先に部屋に戻るわ」

「憲人を初めて1人で見てたんだもの。疲れて当然だわ。ゆっくり休んでね」

「ありがとう。お休みなさい」


 席を外した千鳥に代わり、ソファーで創平と食事をしていた麻里奈がるいざのところへやってきた。


「ねえ、るいざ、今日もデザートある?」

「あるわよ。ちょっと待ってね、今持ってくるから」

「やったー!」


 喜ぶ麻里奈が憲人の所へ戻るのを見て、るいざはデザートを用意するために席を立った。






 食事が終わり、創平と麻里奈が自室へ戻っていくと、るいざは後片付けを始める。それを手伝う克己に、るいざは聞いた。


「で、何があったの?」

「日再にデータの改ざんがバレたらしい」

「え」

「データの出所は菖蒲海軍大将だ」

「それって、千鳥ちゃんのお父さんよね」

「だな」

「譲は無事なの?」

「らしい。けど、俺もはっきりしたことは解らない」


 その言葉にるいざが不審気な表情をする。


「克己は誰からその話を聞いたの?」

「西塔だ」

「……」


 少しの間沈黙が流れ、水の流れる音と皿のぶつかり合う音だけが響く。

 と、るいざの隣にはじめが、後ろに真維が現れた。


『譲は無事……というか、元気に楽しんでるから心配はいらないわ』

「は? 楽しんで?」


 今の状況にそぐわない言葉に克己が聞き返すと、真維は呆れたように言った。


『羽目を外しすぎないようにって言ったんだけどね』

「譲君、どんな状況でも楽しみそうだものね」


 はじめが続ける。


「とりあえずはじめさんは一旦黙って」

「えー。るいざを心配して出てきてあげたのに」


 それをスルーして、るいざは真維に聞いた。


「真維、今の状況はどうなってるか解る?」

『菖蒲海軍大将から、データの改ざんの証拠が提出されたわ。それを受けて、譲の管理責任と特殊能力課の今後について会議がされているところよ。譲は軟禁状態ね。それに加えて『私』のシステムを掌握しようと、本部から創平さんへ指令があったわ。もちろん、無理だけどね』


 最後の一言に、るいざと克己は胸をなで下ろす。


「譲君以外が真維ちゃんに触ろうなんて、百年早いわ」

『その通りよ』


 いつの間にか、この2人は仲良くなっているらしい。


「千鳥の親父さんはデータをどこから手に入れたんだろうな」

『履歴上は千鳥ちゃんのアドレスから送られているわ。貴方達が任務に出ていた時の話よ』


 その言葉に、るいざが考え込む。


「でも、憲人の面倒を見てた千鳥ちゃんに、そんな余裕なんて無いと思う……」

「俺も、千鳥じゃないと思う」


 克己も同意する。


「西塔がカモフラージュして送ったって可能性は?」

『勿論あるわ。ただ、その後創平さんからも、別のデータや証拠が一條さんのところへ送られているの』

「つまり、盛大なカモフラージュか、千鳥と西塔が別々に送ったかって事か」

「ねえ、真維。実際千鳥ちゃんはデータを持っているの?」

『今は持っているわ』

「今は?」

『千鳥ちゃんも、自分でデータを探していたけど、見つけられてなかったの。でも、それが『誰か』の手によって、今は千鳥ちゃんの手元にあるのよ』

「つまり、千鳥が父親へ送った可能性も出てくるって訳か」


 こうなってくると話は別だ。


「軍部からの潜入捜査の可能性が出てきちゃうわね」


 千鳥を信じたい。が、証拠と海軍大将の存在が、それを許さない。

 るいざは流しっぱなしだった水を止めて、ため息をついた。


「現状、不確定要素ばかりだし、もう少し様子を見ましょう。何か動きがあるかもしれないし」

「そうだな。譲の身が安全なら、とりあえずは安心だしな」

「案外、譲君がなんとかしちゃったりして」

「それは楽観的過ぎるけど……」


 はじめの言葉にるいざが笑う。


「ま、明日になっても何も無かったら、神崎さんのところへ行ってみるよ」


 克己もようやく笑顔になってそう言った。


『そうね。今出来ることは休息くらいだわ。今日は任務もあったし、2人とも疲れたでしょ? ゆっくり休んでね』

「ありがとう、真維」

「そうさせてもらうよ」


 そう言うと、後片付けを終えた2人は部屋へと戻っていった。






 その頃、千鳥は自分の部屋にいた。

 定期連絡をしようと思ったら、珍しく向こうからかかってきたのだ。


「もしもし、パパ?」

『千鳥か?』

「うん。どうかしたの? パパからかけてくるなんて珍しいじゃない」

『いや、いてもたってもいられなくてな。千鳥、今回はお手柄だったな!』

「お手柄?」

『ああ。メール、ありがとう。おかげで不正を発見できた』

「メール?」


 千鳥は通話をハンズフリーに変更すると、真維のウィンドウを開いてみる。そのメールボックスの送信済みのところに、送った覚えのないメールがあった。送信時間は13時28分。ちょうど1人で憲人の子守をしていた時間だ。


「なにこれ……」


 震える手でメールを開封する。と、千鳥から政信宛てのメールが開かれ、そしていくつかの添付ファイルがある。

 千鳥はそのファイルを開いた。

 すると、そこには譲が日再に提出している物とは違う、能力値のデータがあった。


「うそ……」


 千鳥は他のファイルも開いてみる。すると、その全てが今まで千鳥が探していたファイルで、特殊能力課が――譲が、日再の報告に虚偽の申告をしていた証拠と、元データだった。


『本当にお手柄だよ、千鳥! パパは鼻が高いよ。以前から特殊能力課については疑義があったんだが、これで良い方向へ進められそうだ』


 政信が嬉しそうに言うが、千鳥の耳には入っていなかった。

 いくら探しても見つからなかったデータ。それがメールに添付されて、パパに送られた?

 そんなバカな事があるはずが無い。だって千鳥はデータを持っていない。

 そう思って個人フォルダーを開く千鳥。

 けれどそこには、添付したファイルと同じものが存在して。


『これで縣君も処罰されるだろう。やっと特殊能力課が軍部へ組み込まれ、千鳥も活躍の場が増えるだろう』


 千鳥にかまわず続ける政信の言葉は、千鳥にはもう届いていない。

 ファイルは他にも、見つけられなかった個人データや真維のシステム設計図や、千鳥には何だか解らないファイルまであって。


「なんで……?」


 千鳥は目を見開いて、ウィンドウを凝視することしか出来なかった。

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