31.虚偽報告
「いやー、普通は数値を多めに盛ってるものだが、君のことだから、少し低めに見積もってるのではと思ったけど、まさかここまでとはね!」
そう言って防衛官長 一條圭吾は大笑いした。
「笑い事じゃありませんよ、官長」
そうたしなめるのは陸軍大将の武藤尊だ。
「全くです。だから私はこんな若造に特殊能力課を預けるのは嫌だったんだ」
続けて文句を言うのは、空軍大将の小早川夏彦。そして、意気揚々と証拠のデータを広げているのは、海軍大将の菖蒲政信である。
「全く、これだけの規模でデータの改ざんをしているとは信じられん。日再を何だと思っているんだ」
「本当にね。なかなかの規模だ。菖蒲海軍大将からのデータの他に、そちらに派遣した西塔君からも報告があがってきているよ。何でも、システム自体にも細工がしてあるそうじゃないか」
一條はニコニコと愉しげに笑っているが、その目は笑っていない。
譲は彼らの前に1人立ちながら、とりあえず大人しく話を聞いていた。
と、小早川が口を開いた。
「やはり特殊能力課は軍部に組み込むべきでは?」
「それ以前に、もっとふさわしい人間を上に据えるべきです」
今度は武藤が言う。
「相応しいねえ? まあ、せめて誠意のある人間が望ましいのは確かだね」
一條がにこやかに言った。
「縣君、何か言うことは無いのかい?」
「特に何も」
譲は表情1つ変えずに返した。
「そうかい。では、今後の特殊能力課の扱いと君の権限については、これから改めて検討するということで。それから君の管理責任についても検討させて貰う。それまでは君の身柄を拘束する」
「わかりました」
「確か、研究部で新しく能力妨害装置付の部屋が完成したんだったな。見張りは陸軍からで良いかい?」
一條の指示に、武藤が頷いた。
「構いません。こちらから24時間体制で見張りを付けておきます」
「それじゃ、縣君を連れて行け。くれぐれも注意するように」
「了解!」
普段一條の両サイドに立っていた陸軍の兵士が、譲の腕を拘束しそのまま譲を連れて部屋を出て行った。
官長室に束の間の静寂が訪れる。
「いや、本当にこれほどまでとはね」
一條がデータを眺めながら呟くように言った。
「この数値を現行の戦闘機器に変換すると、いかにその能力が脅威が解りますよ」
と、小早川がデータを摺り合わせて眉をひそめる。そして、菖蒲に言った。
「このデータは娘さんからでしょう? お手柄ですね」
すると、武藤も笑って言った。
「潜入捜査を許可しただけはあったな。ああ、でも本人には知らせていないんだったか?」
「ああ。娘には潜入捜査の事は伏せてある。あの若造に気取られでもしたら五月蝿いからな」
「全くです。いくら縣さんの息子と言っても血のつながりがあるわけでもなし、信用出来る保証は無い」
小早川の言葉に、一條がトンと机を指で叩いた。
「失礼。失言でした」
「ひとまずデータを総て研究部へ渡して、分析を。それから会議の準備。加えて第七シェルターのシステムの掌握をするよう、西塔君に伝えてくれ」
「了解!」
一條の言葉に、武藤、小早川、菖蒲は頷いた。
一方、ESPセクションでは、帰還した麻里奈たちがテラスへ戻ってきた。
「ただいまー!」
「お帰りなさい!」
麻里奈が早速ソファーに座る千鳥に抱かれている憲人に近付く。
「憲人~、お母さんが帰ってきたよ! 良い子にして待ってた?」
「すごく大人しくて、ほぼ寝てたから良かったわ」
「そうなんだ。空気を読む良い子ね、憲人」
そう言うと、麻里奈は千鳥から憲人を受け取り、抱き締めて頬ずりしている。
「真維もありがとう」
『どういたしまして。じゃあ、私は戻るわね』
「お疲れさま~」
真維は鮮やかなエフェクトを出して姿を消した。
「任務も早く終わったし、おやつの準備でもしようかしら」
と、るいざがキッチンへ向かうのを見て、克己が聞いた。
「そう言えば西塔は?」
「コンピュータールームの方が見やすいって譲が言っていたから、そっちに居ると思う」
「そっか。挨拶ついでにちょっと見てくるよ」
「私も帰ってきてるって言ってね」
「はいはい」
麻里奈の言葉に適当に頷き、克己はコンピュータールームへ向かった。
コンピュータールームは扉が開きっぱなしになっており、いつも譲が居るあたりに創平は居た。こちらもすごい数のウィンドウを展開しているが、譲ほどではなく、まだ視認できる範囲だった。
「おーい、麻里奈が帰ってきたぞ」
「ああ、克己君。わざわざ知らせに来てくれたのかい? ありがとう」
創平は克己を見ると、ニッコリ笑って礼を言った。しかし、作業中らしく動く気配は無い。
「何してんの?」
「『真維』のシステム掌握をね、試みているところだよ」
「は?」
一瞬、意味が分からなくて克己は聞き返した。すると創平は、克己に言った。
「君たちが日再へ、虚偽報告をしているのが発覚したんだ」
すいっと手をやり、ウィンドウを総て閉じて、創平が克己に向き直る。
「菖蒲海軍大将から、防衛官長へ証拠の提出があった。今は譲の身柄は拘束され、今後の特殊能力課については会議中だ。そして、ここのシステム掌握の依頼が僕に来たんだ」
克己の目が見開かれる。情報が多くてついていけない。が、ウィンドウを総て閉じたということは、システムを掌握出来たか、諦めたかのどちらかだろう。
「システムは掌握出来たのか?」
「さすがに、無理だったね。さすが譲が製作しただけはある」
「譲は無事なのか?」
「身柄を拘束されているだけだ。元気だよ」
「……」
とりあえず、譲は無事らしい。後は――。
「誰が虚偽報告をしているって、日再に知らせたんだ?」
「それは僕には解らないな。ただ、情報の出所は菖蒲海軍大将だと聞いている。おそらく娘さんじゃないのかい?」
「アンタじゃなくて?」
「さあ、どうだろうね」
笑顔でそう言うと、創平はテラスへとゆっくり歩いていった。




