23.夕日
昼食の片付けが終わると、麻里奈がるいざに声をかけた。
「ねえ、るいざ。この後、憲人を見てもらっても良い?」
「良いけど、どうしたの?」
「さっき浩和と話してて、ちょっと農場の改良で試してみたいことが出来たの。夕食の支度までには終わる予定なんだけど」
「ああ、そういう事ね。お安い御用だわ」
「ありがとう」
るいざはコーヒーをマグカップに淹れ、テラスにあるソファーに座ると、憲人を抱っこした。後片付けを手伝っていた千鳥も、るいざと同じように、こちらはミルクティーを淹れてソファーに座った。
「千鳥ちゃんも抱っこする?」
「え、でも落としちゃったらと思うとちょっと怖い……」
「ソファーに座ってなら大丈夫よ。このソファー広いから、落ちるとしてもソファーにだし」
そう言われて、千鳥は勇気を出して憲人を受け取る。
「あったかい……」
「ふふ。かわいいわよね~」
「うん」
るいざがちょうど良い場所に置いてあげたこともあり、憲人はぐずらずに大人しく抱かれたまま千鳥をじっとみている。
「じゃあ、憲人、お母さんは農場へ行ってくるからね。良い子にしてるのよ。るいざと千鳥ちゃん、後は宜しくね」
「はーい。行ってらっしゃい~」
言うが早いか、農村ブロックの方へ走っていった麻里奈だった。
その様子を眺めていた譲は、自分もコンピュータールームにでも行こうかと立ち上がった。
そこにちょうど外出の支度を終えた克己がやってきた。
「あれ? 克己どこか行くの?」
「ちょっと外に行ってくる」
「そう。気を付けてね」
「おう」
そう言うと克己はエレベーターに乗った。
その姿を見送ってから、るいざは少し考える素振りをした。
「どうかしたのか?」
「うん。ちょっとね……気になるなって」
「克己が外に行くのがか?」
「外に行くのがって言うか……。気のせいなら良いんだけど。でも、憲人預かっちゃったし……うーん」
何やらるいざは1人で悩んでいる。
その気配を感じて憲人がぐずりだした。
「る、るいざ。これどうすればいいの?」
「ちょっと揺らしてあげれば大丈夫よ。ね、譲は今、暇よね?」
「……赤ん坊の面倒なら見ないぞ」
「解ってるわ。そうじゃなくて、克己について行って欲しいの」
「克己に?」
「そう」
「1人になりたくて外に行ったんじゃないのか?」
「そうだとは思うけど、気になるの」
「逃げたりせず、ちゃんと帰ってくると思うぞ?」
「それは私も疑ってないわ。いいから、お願い」
「良く解らんが……断られたら行かないからな」
「それで良いわ」
譲も他のメンバーが言うのなら相手にもしないのだが、克己と一番付き合いが長く、かつ、予知能力持ちのるいざに言われると無下にも出来ない。
千鳥の手前、エレベーターへと乗り込み、途中で車庫へとテレポーテーションする。
すると、克己は運転席に座ってはいたが、まだエンジンは付けないまま暗闇を睨んでいた。
「って、譲?」
「隣、乗るぞ」
「ああ、どうぞ。……じゃなくて、どうしたんだよ? 浩和が何か忘れたのか?」
「いや、俺も外の空気が吸いたくなったんだ」
「嘘クセェ……」
本当の事を言うのが何となくはばかられたので、適当な理由をでっち上げると、克己は呆れた顔をした。が、特にそれについて言及する気にはならなかったようで、車のエンジンをかけた。
「言っとくけど、本当に適当に走るだけだからな」
「ああ」
そう言うと克己は車を発車させた。
2人とも無言のまま、車を走らせる。譲は普段から会話をしようとはしないし、普段話す克己が黙れば自然と沈黙だけになるのは当然だった。
だが、特に苦になる沈黙ではない。
互いにそれぞれ物思いにふけっているだけだ。
30分程走って、譲の胸元のドックタグの反射が克己の目に入る。少しまぶしかったそれに、克己が口を開いた。
「キスマーク、気を付けろよ」
「遺っていたか。気を付ける」
「相手は神崎さんか?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
余りにアッサリ認められて、克己が面食らう。
「俺らは……、いや、俺とるいざは良いとして、後二人はうるさそうだからな」
「そうだな」
そしてまた沈黙が流れる。日は大分傾いていて、もうすぐ沈むだろう。
「いつまで千鳥に本当の事を隠しておくんだ?」
「難しい問題だな」
「そんなに難しい問題か? 信用出来たら話せば良いんじゃないのか?」
克己の言葉に、譲が溜め息を吐いた。
「千鳥もそろそろ数値を疑い始めてはいる」
「だろうな」
「ただ、千鳥は親と毎日専用回線――真維を介さない回線で、父親と話をしている」
「え」
「千鳥が本当の事を知って、親に言うならまだ良い。どちらにせよそろそろバレる頃合いだ。だが、千鳥が言えずに悩むのは可哀想だろ」
確かに、ESPセクションのメンバーと打ち解けてきた千鳥ならあり得る事だ。まだ14歳だ。思い悩んでも不思議ではない。
まあ、本当の所はその裏に軍部のアレコレも絡んでいるのだが、譲はそこまで言う気は無かった。
ふと、克己は自分が14歳の頃どうしてたか考えてみた。
そして、見晴らしの良い場所で車を止める。
そろそろ空の色が変わり始めている。
「お前、俺たちの履歴書をまともに見てないってるいざに聞いたぞ」
「ああ、住所と名前くらいだったからな。必要な情報が。それがどうかしたか?」
「いや……」
克己は、口を開きかけては閉じるを数回繰り返した。譲はそれに気付かぬフリをしながら夕日を眺める。
結局、克己は言葉に出来ず、大きく溜め息を吐いた。
「夕日が綺麗だぞ、せっかく外で見られるんだ。見とけ」
「……そうだな」
譲の言葉に克己が夕日に視線をやる。
ずっと地下シェルター暮らしだったから、こんな夕日を見るのはいつぶりだろう。
「キレイだな」
「ああ」
しばらくそこで2人で夕日を眺めていたのだが、ふっと、克己が笑い出した。
「男2人で夕日を眺めてるとか」
「たまには良いだろ」
「たまにはな」
クスクスと、笑いが止まらないまま克己はエンジンを付けた。そして、元来た道を走っていく。
帰り道も半分を過ぎたあたりで辺りが暗くなり、ライトを付ける。
と、克己が口を開いた。
「実は俺、弟と妹が居るんだ」
「へぇ?」
「つっても、俺は戦前に1人で日本に留学してて、アイツらはアメリカに居たから、今どうしてるかは分からないけどな」
「そうか」
「お前、せめて俺らの履歴書くらいは見とけよ。つか、他人に興味を持て……」
思わずがっくりとうなだれて克己が言った。
「他人に興味ね……」
譲がどこか他人事のように呟く。
「まあ、お前らの事は興味深いと思っている」
「実験動物かよ……」
「それより、早く戻らないと夕食の時間に間に合わないぞ」
「あーはいはい」
克己は溜め息をついて、スピードを上げた。




