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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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22.柚木浩和

 翌日は1日、全員フリーだった。思い思いに過ごす午前、譲はコーヒーを飲みながら、テラスでメディカルチェックと能力測定の結果を報告書に纏めていた。その隣では千鳥が興味深そうに作業を眺め、少し離れたソファーでは、るいざと麻里奈と克己が憲人と戯れている。

 譲は少しの不快感を感じた。なぜこんな気分になるのか、理由はわかっている。あの赤ん坊のせいだ。赤ん坊にかまう3人の姿が――、いちいち不満なのだ。赤ん坊が嫌いなわけではない。嫉妬とも違う。ただ、気に入らなかった。

 あんな風に無条件にただ抱きしめてもらえるのは赤ん坊のうちだけだ。そのうち欲しくても、欲しくても手に入れられないものばかりになる。

 1つ溜め息を吐いて、くだらない思考をリセットすると、譲は改めてウィンドウを見た。

 メディカルチェックは全員、特に気になる点は見つからなかった。これなら明日からいつも通りのトレーニングができるか、と考えていると、外部からの訪問を知らせる音が響き、画面にその人物が映しだされた。見たことのない顔だった。かなり若い男であまり身長も高くない。

 音に反応した克己が譲を見る。


「誰か来たぞ」

「ああ。とりあえず、ゲートフロアへ行こう。克己も来い」

「私たちは?」


 麻里奈が聞くと、克己はあっさりと言った。


「正体がわからない訪問者の前に女性を連れてく趣味はないけど?」


 こういうことをあっさり言葉にできる克己にやや苦笑しながら、譲と克己はゲートフロアへ向かう。そして、入口のモニタに電源を入れ、マイクに向かって話しだした。


「誰だ?」

『日再の職員です。今回の任務の報告書を取りにきました』

「報告書……あ」

「おい、忘れてたんじゃないだろうな?」

「……」


 そう言えば三日後に取りに行くと一條が言っていたなと思い出した。


『昨日念のためにメールも送っているはずですが』


 昨日は能力測定のあと、そのまま寝てしまったため、メールチェックはしていない。そして、今日もすっかり忘れていた。

 ウィンドウを開き見れば、日再から報告書を取りに行く職員の氏名と証明書が添付されていた。


「ああ、すまん。えーと柚木(ゆのき)浩和(ひろかず)……、え、柚木……?」


 入口のドアを開けながら譲は彼の証明書を見なおした。家族構成の欄を見ると……。

『姉・麻里奈』。


「まさか……」


 克己と譲は顔を見合わす。そこに日再の職員という柚木浩和が入ってきた。


「麻里奈の弟?」

「はい。姉がいつもお世話になっております」


 そう言われれば、なんとなく麻里奈に似ている気がする。特に声と幼い顔。彼はどうみても15歳前後にしか見えないが履歴書によれば20歳。麻里奈が現在21歳だということから考えると、麻里奈と年子だ。


「麻里奈からそんなこと聞いてなかったけどな。弟がいるとは聞いたことがあるが……」

「姉は僕が日再に入ったことは知りません」

「仲悪いのか?」

「いえ……そういうわけじゃなくて……、姉は僕が日再に入るのに反対だったんです」

「なんで? 自分は一応日再に入っているくせになあ?」

「さあ……、どうなんでしょうか」


 といいつつも浩和は笑顔で言った。そのことについては別にどうということではないらしい。


「まあ、こんなところじゃなんだから、テラスへ行こう。ちょうどみんな揃っている」


 譲が言って、端末から3人に連絡を入れる。ただし、浩和が来たとは言わず、ただ日再の職員が来たと伝えた。

エレベーターに乗り込んで、テラスがある3階で扉が開く。

その途端――。


「浩和っ!? なんでこんなとこにいるの? まさか日再の職員ってあんたのこと? ってことは姉さんに黙って勝手に入ったわねっ!! それはだめって言ったでしょ!!」

「麻里奈! なんだよ、その赤ん坊!! まさかあいつの子どもなのか!? それでも結婚してくれなかったのか! だからあいつと付き合うのは反対だったんだ!」


 2人が耳をつんざくような大声でまくしたてた。すでに事情を知っていた克己と譲はともかく、るいざと千鳥は何が起こったのか全くわからず呆然とその場を立ち尽くした。


「創平ちゃんのこと悪く言わないでよっ! 私が誰と付き合おうと私の勝手でしょ! それにこの子は捨て子で私が拾った子よ。あと姉さんとお呼び!」

「嘘つけ!!」

「ホントよ! みんなに聞いてみればっ!?」


麻里奈が主張して初めて浩和は4人の視線に気がついた。克己は笑いころげ、譲は苦笑し、るいざと千鳥はやはり驚きの表情のままである。


「ずいぶん、イメージが変わったな」

「克己、泣くほどおかしいか?」

「そーいう譲こそ、笑いがこらえきれないって顔してるぜ」

「いや……、麻里奈が男に捨てられてシングルマザーになるなんて姿を想像したら……」

「どーいう意味よ、譲」

「まあ、とにかく座れよ。るいざ、コーヒーでも入れてくれ」

「あ、ああ……うん」


 言われてるいざがキッチンに向かう。


「確かにその子は捨て子だよ。俺もその場にいたからな」


 ようやく笑いがおさまった克己がフォローする。麻里奈はそらみろという顔をし、浩和はようやく信用したのか、ソファに座った。


「でも麻里奈が母親代わりなんて無理……」

「姉さんと呼びなさいって何度も言ってるでしょう。大体、なんで無理なのよ」

「麻里奈も子どもみたいなものだし」


 やや小声で言う浩和のセリフにまたもや克己が爆笑し、譲が肩を震わせた。


「いつまで笑ってるのよ、二人とも!」

「いや……、さすが弟、よくわかっているなあ……と思って……」


 あまりにも笑い転げている克己に代わって譲が言ったところに、るいざがコーヒーを入れて戻ってくる。


「克己、いつまで笑ってるの……、いくらなんでも麻里奈に失礼よ」

「ああ……、うん、わりいわりい。でもいい姉弟だなあ」


 るいざに渡されたコーヒーに口をつけながら克己が言うと。


「うるさいだけよ」

「目が離せないだけですよ」


と、二人同時に言うので、克己はまた笑った。配られたコーヒーを飲んでようやく落ち着いたところで、麻里奈が口を開いた。


「大体、日再になんか入るなって言ったでしょう」

「そうは言っても……」

「浩和が家を出たら、誰があの家を守るのよ」

「でも僕はこんな時代に北海道でのうのうと暮らしているのは嫌だったんだよ」

「のうのうじゃないでしょ。家と畑を守るっていう仕事がちゃんとあるじゃない。家は伝統的な農業を営む家なのよ。お前が継がないでどうするの」

「わかってるよ……」

「人工的な畑とはわけが違うんだからね。自然にまかせた畑なんだから。天気がいきなり変更したらどうするの」


 強い口調で言われ、浩和は黙ってしまう。どうやら畑を守るという事が大事な仕事とわかっている分、強気に出れないらしい。


「すぐ辞めなさい、いいわね」

「それはっ……」

「まあまあ麻里奈。彼の人生は彼のものよ。日再に入ったのだって何か訳があるんでしょ。それくらい聞いてあげればいいじゃない。確か日再は、北海道開発を始めたんじゃなかった?」

「あ、そうです」

「るいざ、なんでそんなこと知ってんだ?」

「なんでって……、日再から来たメール週報に書いてあったじゃない」

「あったっけ、そんなの……」

「読んでないわけね……」

「ってゆーか律儀に読んでるの、るいざくらいじゃないの」

「譲は知ってたでしょう?」

「いや」

「こらこら所長」

「ムリムリ、こいつ日再の職員がくることすら忘れてたんだから」

「で、北海道開発がなんだって?」


 と、譲が話を元に戻すように促す。


「比較的被害が少なかった北海道から地上に建設を始めるんですけど、まあ実現には何十年もかかりますけどね……」

「気候的な問題もあると思うが……」

「しかし、東京に比べれば再建のメドが早いので。それにやはり地下暮らしというのはストレスがたまるので、一刻も早く地上生活を望む人が多いんです。それで僕のような、地下暮らしですけど、畑を維持しているような人材が必要になったんです」

「それで日再に入ったのか」

「はい」

「じゃあ普段は北海道にいるのね」

「そうだよ。たまたま日再に呼び出されたからついでに報告書をとってきてくれって頼まれたんだよ。身内だからいいだろうって」

「でも飛行機が使えないから車でしょ? 北海道からずいぶんかかるのにわざわざ東京に呼び出す用事って……」

「確かにわざわざ来る用事ではなかったんだけど、東京の土と比較したかったこともあったんだ。こーいう仕事ならいいだろ、麻里奈」

「姉さんと呼びなさい。……まあそういうことなら許すけど」


 どうやら納得したらしく、麻里奈は腕の中の憲人をあやし始めた。その姿を見てなんとなく憮然とした表情を見せる浩和を、克己はめざとく発見した。


「複雑そーだなあ、浩和くん」

「そんなことないですよ」

「シスコンというやつか」

「あらいいじゃない。麻里奈もブラコンっぽいし」

「そんなことないわよっ」

「照れんなよ」


 と、姉弟2人をよそに言いたい放題である。


「あ、報告書をください!」


 なんとか話題をそらそうとして浩和は本来の目的を思いだした。ああ、そうかとつぶやきながら譲は言った。


「悪い。実はまだ出来ていないんだ。後少しだから、施設を見ていったらどうだろう? 帰るまでには完成させる」

「見ていって良いんですか? 実はこの施設の栽培技術に興味があって」

「なら、植物園と農村ブロックを案内してやってくれ、麻里奈」

「いいわよ。じゃあ一緒に行こうか」

「あ、じゃあ、麻里奈、憲人見てるよ」

「私も」

「じゃあ、よろしく」


 憲人をるいざと千鳥に預け、2人はテラスをあとにする。


「やれやれ、びっくりどっきりだな」

「そのわりには大笑いしてたじゃないの」

「だっておもしろいんだもーん。でもいいよなあ、姉弟って……」

「そうね」

「克己は兄弟いないのか?」


 何気なく譲が口にした言葉に克己は間をあけて答えた。


「……いないよ、そんなの。るい、コーヒーおかわりくれ」

「はい」


 憲人を千鳥に預け、サーバーを取りにキッチンに向かうるいざの後ろ姿を確認してから、克己は小声で言った。


「今日は特に何もないんだよな」

「そう言っただろう。なんだ、なにかあるのか?」

「いやちょっと外に行ってくるから。すぐ戻るけど」

「外出?」


 正直外に出るなど仕事以外では好んでするようなことではないので譲は驚きの声をあげた。


「別にいいが」

「Thanks」

「…………」


 克己の言葉に譲は何も言わなかった。


「はいどうぞ」


 コーヒーを克己のカップにそそぐ。


「譲は?」

「ん……、もらおうかな」


 譲はコーヒーを一口飲むと、報告書の続きを書き始めた。






 2時間ほどして麻里奈から連絡が入り、浩和が帰るというが、ちょうど昼食時間だったのでるいざが誘い、テラスに6人が集まった。


「やっぱりここの施設は高度だよなあ。なんでも作れるんじゃないか? 麻里奈」

「でも果実系ばっかりうまくいってもねえ。北海道の土を持ってきたいわ、もっといいじゃがいもが作れると思う」

「あら、じゅうぶん今のもおいしいと思うけど?」


 と食卓にあるポテトサラダをつまみながらるいざが言う。


「そりゃまあそうなんだけど、なんか物足りないっていうか……」

「戦前の味に限りなく近くするのには時間がまだだいぶかかるだろう。その間に味を忘れそうだな」

「麻里奈はけっこう味にうるさいから、食事大変じゃないですか?」

「そんなことないわよっ」

「ほんとにそんなことないわよ、浩和くん。麻里奈に文句言われたことはないし」

「俺だってないぞ」

「俺もないが……」

「譲はなんか口に入ればなんでもいいって感じだからねえ、一度もおいしいって言ってくれたことないし」

「そうだったか……?」

「別にいーけど」

「……なんだよ、まずいとは言ってないだろ……」

「言ってないわね」


 にっこり笑ってるいざが言う。それに対する譲の返答はなかった。


「浩和、日再で牧場の再建の計画はないの?」

「計画はないね。無理だろ、まだ全然」

「そうか……、そうだよね」

「でも今はほとんど人工肉が主流でしょ。保存はきくし、本物は高いし。第一、人道的だし」

「まあそうなんだけどね。人工肉だけにすると繁殖がひたすら進むから、ほどほどに酪農もやっぱり必要かな」

「食物連鎖はどうやっても100%改善できる日はこないってわけか」

「でも可哀想だからというだけで全く食べなかったら死ぬし、他の動物も同じようにやってることだからその形を壊すこともできないわけよ。まあ、可哀想なんて感情を持つのは人間くらいだから食べるならちゃんと最後まで食べることは大事よね」

「おお、いいセリフ」

「克己、馬鹿にしてんのっ!」

「してないよ。お前、被害妄想激しいんじゃないか?」

「前科が多すぎるのよ、克己は」

「うん、確かに」

「うんってゆーな、るいざ」


 明るい昼食が繰り広げられる。そんな様子を譲は何も言わず、じっとその光景を見つめていた。

 やがて浩和を全員で見送ると、譲は明日からはいつも通りトレーニングをすると告げて、午後は自由に時間を過ごしていた。

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