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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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20.メディカルチェックと能力測定①

 翌日の朝、珍しく早い時間に譲がテラスに居た。


「今日はどうするんだ?」


 るいざが朝食の支度をしているのを見ながら、克己がウィンドウを操作している譲に聞く。


「今日はメディカルチェックと能力測定を平行してやる」

「なかなかのスケジュールだな」

「日再から提出の指示があったんだ」

「ふーん」


 そこで一度言葉を切って、克己はるいざに自分の声が聞こえないことを確認してから、再び譲の方に顔を向けた。


「そーいや昨日言い忘れたんだけどな」

「なんだ?」

「俺、結構聴覚いい方だよな?」

「ああ。常人よりかなりいい結果が出てる」

「麻里奈は?」

「まあ、常人並かな。俺とるいざよりちょっといいくらいか」

「……あの赤ん坊の声、聞きつけたの麻里奈なんだ。ちなみに俺がその声に気がつくまでに5分くらいかかった」

「ふ…ん。あの赤ん坊も早いうちに調べてみるか」

「先天的に能力があって親が育てられなくなっただけかもしれないけど。おい今日は調べるのはやめとけよ、あんまり疑うとあの2人がうるさいぞ」

「じゃあお前、スキを見てあの赤ん坊かっぱらってこい」

「やなこった。ばれた時がうるさい」


 と、ちょうどそこにコンビニのパスタを持った千鳥が現れた。


「おはよう」

「おはよう」


 挨拶を交わすと、最近定位置となった譲の隣の椅子に腰掛ける。そしてキョロキョロしている。


「どうした?」

「ううん。赤ちゃんどうしたかなって」

「千鳥も気になっているのか」

「初めて見るから、小さすぎてちょっと怖くて」


 なるほど、その気持ちは理解出来ないでもない。と、るいざがカウンターから顔を覗かせた。


「千鳥ちゃん、おはよう。克己、もうすぐできるから麻里奈呼んで」

「OK」


 克己が端末から麻里奈に呼びかける。しかし返事はなかった。


「起きてないのかしら」

「おおかた、子どもの面倒に手間取っているんだろう」

「じゃあちょっと見に行ってこようかな」

「ほっとけよ。あいつが1人で面倒見るって言ったんだぞ」


 『1人で』とは言ってなかったけど、まあ似たようなニュアンスかな、と思いながら克己は言った。


「でも普通1人で育てられないわよ。3人は先に食べてて」


 と、るいざはいそいそと2人にハムエッグとパンとスープを出してからパタパタと部屋を出ていった。


「ってゆーか、ただ赤ん坊にかまいたいだけじゃないか、あいつは。あ、バター出してないじゃんか。まったく……」

「克己、ついでにチーズ持ってきてきてくれ。……るいざって子ども好きなのか?」

「女は大抵そうだろ? 母性本能ってヤツ? 嫌いだと思っていたけど、見たら可愛くて仕方ないってヤツ多いらしいし」

「麻里奈は特に自分で拾ったから、か」

「譲は嫌いなのか?」

「……別に嫌いじゃない、苦手なだけだ」

「成人した奴はもっと苦手ってか」

「……なんのことだ」

「別に、ほらよチーズ。早く食えよ、冷めるぞ」


 と、克己はさくさくと食事に手をつける。譲もゆっくりと食べ始めた。






「今日は、9時からメディカルチェック。こっちは真維が担当する。場所は医務室。順番は克己、麻里奈、千鳥、るいざの順だ。その後能力測定。こっちは、10時から千鳥、13時麻里奈、15時るいざ、17時克己だ。場所は第1トレーニングルーム」

「はんたーい!」


 譲が言い終わると同時に、麻里奈が声を上げた。見れば克己も苦虫を噛み締めたような顔をしている。


「反対! メディカルチェックは良いとして、能力測定はいくらなんでも詰め込み過ぎよ! せめて、るいざと私は別日にして欲しいわ! 赤ちゃんを見る人がいなくなっちゃう!」

「俺も同意見。さすがに1日で全員は無謀だろ。真維もシステム負荷が高い状態が続きすぎだろうし。それに、お前はいつやるつもりなんだよ」

「真維はそんなにヤワなシステム組んで無いから平気だ。俺は適当な空き時間を見つけてやるから気にしなくて良い。が、そうか。無謀だったか」


 麻里奈が勢いよく頷いている。譲は少し考えてから再度口を開いた。


「なら、能力測定は今日の10時から千鳥、14時麻里奈。明日の10時からるいざ、14時から克己でどうだ?」

「それなら良いわ」

「ああ、無理がなくて良いんじゃないか?」

「じゃあそれで。俺は、一応何かあったときのために、トレーニングルームのコンソールに1日待機しているから」


 すると、千鳥がおずおずと言った。


「能力測定、見学しても良いかしら?」

「かまわないぞ」

「この子連れて見学しても良い?」

「まあ、良いが……。うるさくて泣くかもしれないが平気か?」

「あ、そっか。じゃあ私は部屋に居ることにする」

「私は麻里奈の部屋にお邪魔してるわ」

「俺は能力測定見学するかな」

「それじゃ、呼び出しの連絡は真維からするから」

「はーい」


 異口同音で4人が答えると、譲は一足先にトレーニングルームへと向かい、千鳥は慌ててそれについていく。

 そして、席を立った麻里奈にるいざが声をかけた。


「あ、麻里奈、あの子の着てた服洗濯できたから渡しとくわ」

「ありがと。……あれ?」


 洗濯物を渡された麻里奈がなにか異変に気付く。


「どしたの?」

「う…ん…、なにか裾の裏に書いてあるみたいなんだけど…よくわかんないなあ……」

「え? 見せて見せて」


 るいざが麻里奈の手元を覗きこむ。確かに何か文字が2文字書いてある。だがもうだいぶかすれてて読みにくい。


「次の字は『人』かなあ……」

「ああ、そうみたいね。こっちはうかんむりよね…、ごちゃごちゃしてるなあ……」

「『真維』に鑑定させれば?」


 克己が口を挟む。『真維』には古文書を解読できる機能もあったはずだ。


「布でも大丈夫かなあ?」

「メディカルチェックに行ったついでに調べてもらえよ。名前かもしれないし」

「そう…だといいわね」


 るいざが少し笑って言った。克己はそんなるいざを見て、昔るいざが言った言葉を思い出した。病院で子どもが生まれた時、ふとるいざが口にした言葉だった。


『名前をつけるのっていいね』

『親としては当然だろ』

『その当たり前のことすらしない親がいるのよ。愛情だけじゃなく、名前を与えない…、その子の人格が眼中にないんだわ』

『るい?』

『親だけがしてあげられる、一生ものの贈り物なのにね……』


 その後、克己は初めてるいざが捨て子で、名前も施設の園長が付けたことを知った。戦争で失ったとはいえ、思い出の中では家族がいたのが当たり前だった克己にとって、るいざの環境は想像すらできなかった。だから…あの時はなにも言えなかった。なにを言っても意味がない気がしたのだ……。


 9時までまだ時間があったので、3人はそのままテラスに残り赤ん坊と遊んでいた。他愛もない世間話をしながら克己は初めて赤ん坊を抱き上げた。


「うっわー、軽い! ちっせえー!」

「うるさいわよ、克己。当たり前でしょ」

「あれ? 病院で赤ちゃん抱かなかったの?」

「首据わってないのって怖いじゃないか。あ、もしかして生まれた時ってもっと小さいのか?」

「最近はやっぱり未熟児が多いから……、よくても2500gくらいだったわよ、確か。普通は3000g前後はあるものだけどね」

「これがホントに大きくなるのか?」

「克己だって麻里奈だってそーいう時期があったはずでしょ」

「写真とか見せられたけど、なんか自分じゃないみたいなんだよなあ」

「それわかる。あ、この子のも撮っといてあげよ。カメラどこ置いたっけなー」


 すっかり母親気分の麻里奈である。るいざにしても、私も一緒に撮るとはしゃぎだした。と、そこへ克己に『真維』から呼び出しがかかった。


「お、時間だ。行ってくるわ」

「いってらっしゃーい」


 異口同音に女性軍に言われ克己は医務室へ向かった。






「ねえ、真維。こーいうのって解読できる?」

 麻里奈が医務室に入っての第一声がこれであった。真維は今日は3D化していて、看護士のコスプレをしている。真維は麻里奈が手にしている赤ん坊の産着をじっと見た。


「ここ、ここ見て。名前っぽくない?」

『そうね』

「ダメ? できない?」

『できるわ。鑑定しているから、麻里奈ちゃんはメディカルチェック受けちゃって』

「はーい」


 真維がウィンドウを立ち上げて、解読を開始する。同時進行で麻里奈の診断も行った。


『麻里奈ちゃん、メディカルチェックは終わったわ』

「え、もう?」

『ただ、解読がまだなのよね』

「難しそう?」

『うーん……もう少し待ってね』


 『真維』は世界中のありとあらゆる文字を判別できる。たとえ死語であったとしてもだ。もちろん虫食いの激しい古文書であっても、欠陥の多い石版であってもある程度の判別もできる。


『解読完了。わかったわ』

「なになに?」

『憲と人ね。“けんと”と読むのかしら?』

「“のりひと”かも。どっちがいいかなあ」

『どっちも良いわね』


 ふわりと笑って真維が言った。






「『けんと』になったわ!」


 トレーニングルームに顔を出した麻里奈の第一声がそれだった。子どもはるいざに預けてきたらしく、さすがに連れてはいなかったが。


「は?」

「子どもの名前! 産着にそれらしき文字があってね、真維に解読してもらったら『憲人』って書いてあるんだって。で、なんて読むかるいざと話した結果、『けんと』になったの!」

「ああ、そう……」


 トレーニングルームの3人は、それ以外の言葉が出なかった。

 そうして、麻里奈の能力測定が始まった。

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