18.親子の語らい
日再に到着した譲と千鳥はその足で、防衛官長室へ向かった。
部屋に入るといつもの配置で、一條圭吾が中央の自席に座り、その両側に陸軍の兵士が立っていた。さすがの千鳥も緊張した面持ちで、譲の隣に立つ。
「で、今回の任務は敵の殲滅は出来ず、撤退されました。報告はこれから纏めるところですが、何の用です?」
化かし合いに体力を持って行かれるのも馬鹿らしいので、単刀直入に譲は聞いた。その言い方に千鳥が冷や汗をたらしている。
しかし、それを気にすることもなく一條は言った。
「例の件、良い返事が聞けて良かったよ」
その言葉に先日のメールを思い出して、譲は嫌そうな顔をした。
「そうですか」
「まだ先になると思うが、よろしく頼む。それはさておき、先日の任務はご苦労だったな。君があんな怪我をするのは初めてじゃないか?」
「ここに来てからは初めてですね」
「以前はあったのかい?」
「馴れているとだけ言っておきますよ」
とりつく島もない譲に、軽口を叩く一條。目的が解らないのでやりにくいことこの上ない。
「まあ、今日は用があった訳ではないんだ」
「そーですか」
だったら呼ぶなと言う言葉はかろうじて飲み込んだ。
「海軍大将が娘さんに会いたがっていてね。長く離れるのは初めてだから心配らしい。菖蒲海軍大将も人の親だという事だね」
クスクス笑って一條は言った。
「申請のあった軽トラも用意出来ている。せっかくだから今日はここに一泊して、明日車で帰ると良い。千鳥ちゃんも、久しぶりにお父さんに会いたいだろう?」
「それは、……はい」
そう千鳥に言われてしまっては仕方ない。譲と千鳥は本部に一泊することになった。
「それから、今回の任務の報告書はウチの人間が取りに行くことになった」
「いつです?」
「三日後だ。報告書とメディカルチェックの結果、それから能力値の報告もまとめて提出してくれ。全員分だ」
「一式ですね。了解しました」
「連絡は以上だ。それでは良い夜を」
「失礼します」
2人は揃って防衛官長室を退出した。
緊張していたのか、千鳥が大きく息をつく。
「海軍大将の部屋は解るか?」
「解るわ」
「行くか」
「譲も来るの?」
「一応挨拶だけはしておかないとだろ。案内してくれ」
「わ、解った」
意外な譲の一面を見た気がして、千鳥は驚いた。そう歳が変わらなそうな外見だが、中身は大人の人なのを改めて感じて、少し頬が熱くなる。
それを誤魔化すように、千鳥は歩き始めた。
「ここよ」
広めのコンパートメントの一室の前で千鳥は足を止めた。そして慣れた様子でノックする。
「誰だ?」
「パパ、私よ」
千鳥が答えた途端、部屋のドアが開いた。
「千鳥! 今回の任務はどうだったんだ? 無事か?」
飛んできた政信に聞かれて、そう言えば今回の任務は船が相手だったから、海軍が来ていたなと千鳥は思った。
「怪我一つないわ。それより、私を呼んだのはもしかしてパパ?」
「ああ、そうだ。しばらく会っていなかったのもあって心配でな」
「もう、職権乱用も良いところだわ」
「そう言うな。親ってのはそう言うものなんだ」
やれやれと千鳥がため息を吐く。と、政信はそこでようやく譲が居ることに気付いた。
「縣君も久し振りだな。前回の任務で大怪我をしたと聞いたが、その後はどうだい?」
「見ての通り、すっかり回復しました。その件ではご心配おかけしてすみません」
「千鳥が酷く落ち込んでいたが、元気そうで何よりだ」
「こちらの不手際で千鳥さんには迷惑をかけてしまいました」
「あれは私の――」
「特殊任務課の行動は、縣君の手腕にかかっているんだ。もう少し自覚を持って貰いたいね」
「おっしゃる通りで」
「まあ、千鳥に怪我は無かったようだからこの話はここまでにしよう。千鳥、泊まっていけるのか?」
「うん」
政信は嬉しそうに笑った。
「明日の午後3時に駐車場集合でお願いします。それでは、俺はこれで」
「ああ。千鳥をよろしく頼む」
「譲、また明日」
千鳥が部屋に入ると、ドアが閉まった。
これで用は全て済んだ。
譲は息を吐いて、歩き出しながら真維を呼ぶ。
「神崎さんの居場所は解るか?」
『今は第三訓練場に居るわ』
「Thanks」
譲は第三訓練場へと歩き出した。
「随分親しくなったみたいだな」
「何が?」
政信の言葉にキョトンとして、千鳥が聞いた。
「縣君の呼び方が変わっただろう?」
「そ、そうね」
気付かれていたとは思わなくて千鳥は動揺する。ESPセクションでは誰も何も言わなかったのに。
「みんなが名前を呼び捨てにしてるからうつったのよ」
「そうか。最近はどうなんだ? メンバーと仲良くやっているのか?」
「仲良くって、仕事なんだからそれなりよ」
千鳥はソファーのクッションを抱きしめる。
「でも、一応弱い人でも取り柄はあるし、役に立つ事もあるって気付いたわ」
「それは大きな進歩だな」
「私が守らなきゃいけないしね」
「やっぱり千鳥が一番強いんだな」
「そうよ! ……多分」
「うん? 何かあったのか?」
「あったっていうか……」
ESPセクションのメンバーの登録されている能力値、それが本当にその数値なのか千鳥は少し疑問を持ち始めていた。けれど、まだ不確かな事だし、政信に話すと大事になりかねない。
「……経験は大事なんだなって思っただけよ」
「そうか。確かに何事も経験は大事だな」
政信は納得したようで、そのまま端末を起動して、夕食を自室へ二人分運ぶよう連絡をしていた。
「しかし、久し振りに千鳥の顔が見れて良かった」
「毎日通信で話しているじゃない」
「それとこれとは別なんだ。元気そうで安心したよ」
「もう、パパってば、過保護なんだから」
千鳥は照れて、そっぽを向いた。その様子を政信は嬉しそうに見ていた。
翌日、千鳥と合流した譲は軽トラを運転して、ESPセクションへと戻ってきた。
すると、ゲートフロアに迎えにきたのは克己1人だった。特に迎えを要求した訳ではないので、誰もいなくても構わないのだが、3人揃っていないのは珍しい。
「何かあったのか?」
譲の言葉に、克己はげんなりと答えた。
「あった。驚くぞ」
「そうか」
はっきり言わないところをみると、見ろという事だろう。譲、千鳥、克己はエレベーターに乗ってテラスへと戻ってきた。
するとそこには、るいざと麻里奈、それに――。
「赤ん坊?」
譲は思わず聞いていた。




