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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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14.謝罪

 皆が寝静まった深夜、ふと、譲は目を覚ました。何かを感じて、ウィンドウをいくつか立ち上げる。施設内には特に異常は無い。医務室周辺に人の気配も無い。気のせいかと思い、ついでにメールチェックをすると、一件の新着メールがあった。それも、日再からの重要メール。

 何となく気になって、譲はそのメールを開いた。

 開いてみると、今回の任務の不手際をチャラにしてやる代わりに、一人技術者を特殊能力課へ派遣させろという内容であった。能力者というわけではなく、譲のコンピュータ技術を学びたいということらしい。つまり『真維』をだ。日本人ではあるがドイツに籍を置いているらしく、ドイツとの架け橋的な存在らしい。ドイツはヨーロッパ連盟の中でも、大戦後に勢力を伸ばした大国だ。向こうの要求は飲みたいというところであろう。

 が、譲にとって、そんな日再の思惑は知ったことではない。任務の件を持ち出されても、他人が『真維』の内部にまで触れるのはごめんだ。

 断りのメールを入れようとしたその時、譲の視覚範囲を派遣員の名前がかすめた。

 ――見間違いかと、思った。

 あいつか……。

 譲はその表情を変えることなく、しばらくその名前を見つめていた。

 決して会いたくない人物ではなかった。むしろ会いたい。彼の知識は譲に匹敵するものであったし、なんとなく一緒にいても気にはならない人物であった。友人にはしたいと思ったことは一度もないけれど……。

 ただ、あまり他のメンバーには会わせたくないと、譲は思った。特に克己には。理由は特にない。むしろそう思った自分自身に譲はとまどいを覚えた。

 なんでだ……。

 しかしそれを追求することなく、譲は日再にメールを返した。

 OKの返事を書いて。






 翌日の朝食を持ってきたのは克己だった。


「おはよーさん。調子はどうだ?」

「大分良い。そろそろ治癒能力を使えそうだ」

「そーいや、持ってたな。でもそんなに強く無いから負担もデカいんじゃないのか?」

「深い傷を中心に軽く回すくらいなら、回復力の方が上回ると思う」

「それなら良いけど、無理はするなよ? 返って長引くぞ」

「気を付ける」


 そうしてしばらく食事風景を見ていた克己だったが、ふと譲が眼鏡をかけていないことに気付いた。


「眼鏡はどうしたんだ?」

「無くした」

「お前、視力悪いのか?」

「悪いな。0.1無い」

「それで今、不便じゃないのか?」

「ああ、透視を使って見ている。新しい眼鏡を申請しなきゃならんな」

「透視で見るとか、どれだけ能力使ってるんだか。あ、もしかしてそれで後ろに展開したウィンドウも見てたのか?」

「そうだ。せめてスペアでもかけておくか……」

「不自由無いならそのままでもいいんじゃね? せっかくキレイな顔してるんだし」

「……お前、何言ってるんだ?」


 ジト目で譲に聞かれて、克己もうっかり本音を零してしまったことに気付いた。が、本当の事だからかまわないかと開き直る。


「初めて会ったときから思ってたんだよ、顔はキレイだって」

「顔は」

「性格はぶっ飛んでるけどな」

「……そう言うヤツが多いから眼鏡をかけてるんだ」

「変質者除けか」

「ああ」

「顔が良いのも、いいことばかりじゃないんだな」

「せめてお前みたいに、男らしい顔ならいいんだがな」


 譲の言葉に克己が驚いた。


「お前は人の顔の美醜に、興味無いかと思ってたわ」

「興味は無い。というか人間に興味が無い」

「だよな。でも、そのわりに――」

「ごちそうさま。俺は少し寝る」


 克己の言葉を遮って譲はベッドに横になった。

 少し面食らいつつも1つため息を吐くと、譲の気分屋な所に馴れてきた克己は、食器をのせたトレイを持って部屋を出た。






 克己がテラスに戻ると、そこにはるいざが一人で休憩していた。


「おかえり、克己」

「ただいま」

「ちゃんと食べたみたいね」

「ああ。そろそろ治癒も回せそうだって」

「譲、治癒能力も持ってたわね、そう言えば。ならそろそろ絶対安静は解除かしらね」

「放っておけばすぐ無茶するから、もう少しそのままでもいいんじゃね?」

「たしかに」


 克己は下げてきた食器をシンクに置き、水に浸ける。


「後でこれと一緒に洗うから、克己もお茶しない?」

「いいね」


 そう言うと、克己はたまには紅茶をいれようとお湯を沸かし始めた。


「でも、譲の回復が早くて何よりだわ」

「ホントにな。アレだけの大怪我だったのに、もう普通にしてるし」

「やっぱりESP持ちって、回復が早いのかしら?」

「あるかもな。俺の時も早かった気がするし」

「あの怪我の時ね」


 るいざが眉をひそめた。それを見て克己はしまったと思った。こういう時は話題を変えるに限る。


「そう言えば千鳥は?」


 紅茶をポットにいれ、ティーカップと共にるいざの座るテーブルへ持って行きながら、克己は聞いた。


「食事も取らずに部屋に籠もってるみたい」

「そりゃ大事だな」

「このままじゃ千鳥ちゃんが倒れちゃうわ」

「どうにかしてやりたいけど、コレばっかりは自分で乗り越えるしか無いからなぁ」

「そうなのよね」


 もどかしそうなるいざに、克己は言った。


「まあ、もうしばらく様子を見ようぜ」

「……うん」






 その頃、千鳥は自分の部屋で考えていた。

 政信はああ言ったが、今回の譲の怪我はどう考えても自分のせいだ。

 そもそもスカイツリーが崩れかけていて、危ういバランスなのはミーティングで言われていたことだ。建物へのダメージはなるべく避けるべきだったし、PKを叩きつけてあんな大爆発みたいなものを起こして建物を半壊させたら、スカイツリー自体も崩れて当たり前だ。PKのコントロールもきいてなければ、シールドだって全力で張ったにも関わらず、自分1人も満足に守れなかった。譲が、崩壊速度を緩めていたにも関わらずだ。


「何が足を引っ張るな、よ……」


 足を引っ張ったのは自分じゃないか。調子に乗って、いい気になって、思い上がって。

 任務が失敗しなかったのは、ひとえに譲の力とるいざの判断と克己と麻里奈の連携のおかげだ。千鳥は状態を最悪にして、味方に怪我をさせて、挙げ句フォローをしてもらっただけだ。

 考えれば考えるほど、自分を責めてしまう。誰も千鳥を責めないからこそ、余計に。

 政信が言うには、今回の事は千鳥に責任は問われないらしい。譲の管理責任だと。

 なら、千鳥はどうしたらいいのだろう?

 これだけのことをしでかして、責任すら取らせて貰えないなんて。


「せめて、謝らなきゃ……」


 そうだ。何も出来ないとしても、自己満足だとしても、謝ることくらいは出来る。後悔も反省も、これから態度で示すとしても、せめて譲に謝らなければ何も始まらない。

 千鳥は赤い目を擦って、部屋を出た。






 ふと、人の気配を感じて譲は目を覚ました。まだ時間は午前10時を回ったところだ。昼食には早い。誰かが暇つぶしに遊びに来たのか。

 気配を探ると、部屋から少し離れた廊下に千鳥が居るのが見えた。そこで右往左往している。一体何をしているのか。

 譲はしばらく待ってみるが、一向にそこから動かない千鳥に大きくため息を吐いた。


「千鳥、用があるなら来い」


 まさか気付かれているとは思っていなかった千鳥は、ビックリして固まってしまう。

 このまま逃げたい。でもそれじゃ何も変わらない。

 千鳥は覚悟を決めて、医務室へ入ってきた。

 そして譲を見た。

 見た感じ、いつもと特に変わりは無いように見える譲の姿に、安堵の息が漏れた。

 そして、千鳥はここに来るまで決めていたように、口を開き、譲に謝ろうとした。

 しかし、それより早く譲が口を開いた。


「今回の任務、悪かったな」

「え?」

「要求が無茶すぎた。俺のミスだ。もっと違う作戦にすべきだった」


 譲は千鳥を見ている。


「怪我はもう平気か? せっかく医務室に来たんだからついでにメディカルチェックも受けていけ」


 余りに普段通りの譲の言葉に、千鳥は何も言えなくなってしまう。違うのだ。悪いのは譲ではなく、自分で――。

 言葉の代わりに大粒の涙が零れた。

 泣くつもりは無かったのに、一度こぼれた涙は止まることはなくあふれ続ける。

 譲が驚いて居るのが見えるが、止まらない。


「……め……なさ……」

「え?」

「……ごめんなさい……」


 千鳥は泣きながら言った。


「任務も、PKも、譲の怪我も、ホントに、ごめんなさい!」


 そう叫ぶように言って頭を下げる。


「千鳥……」


 譲の戸惑った声が聞こえたが、千鳥は頭をあげられず、謝り続けた。まるで子供のように。

 こういう場面に馴れていない譲は、どうしたものかとしばらく悩んでいたが、千鳥の謝罪が終わる気配が無いのを見て、そっと、千鳥の頭を撫でた。


「千鳥の責任じゃないから気にしなくて良い」


 千鳥が涙でぐしゃぐしゃな顔を上げると、譲は困ったように苦笑し千鳥を見ていた。いつもの眼鏡が無いから表情が分かりやすく、その言葉が嘘では無いことが解る。


「謝るのはこっちの方だ。怖い思いをさせてごめんな」


 優しく微笑み言った譲に、千鳥はふるふると首を振った。

 怖くなかったと言えば嘘になる。けれど怖かったのは任務や戦闘ではない。自分のせいで、譲が怪我をして血を流したのが何よりも怖かった。


「怪我は……?」

「平気だ。だからもう気にするな」

「でも……ごめんなさい」


 なかなか涙が止まらず謝る千鳥に、譲は彼女の頭を引き寄せ、抱き締めた。


「もう大丈夫だから。いい加減泣き止め」


 そう言う譲の胸のあたりには包帯が巻かれ、点滴だってそのままで、あちこちテープで固定されているが怪我だらけなのは明らかで。

 でも、その胸のぬくもりと、微かに聞こえる鼓動は確かで、千鳥はやっと安心して、目を閉じ、そっと譲に抱き付いた。

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