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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第3章 菖蒲千鳥

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13.絶対安静

 結局、敵の残党は離れた場所の見回りや、警備をしていた人間だけで、麻里奈と克己の連携で問題無く捕まえられた。展望デッキに居た主要メンバーも、譲のPKのお陰で350mという高さからの落下にしては、怪我はしているものの、死者は少なかったため、本部は大喜びだ。唯一、証拠物の回収が不自由ではあったが、こちらは後日本部から人員が向かうとのことで、問題にはならなかった。

 そして、譲はというと、医療班の力と現代の医療の力で、護送車を運転してきた克己と一緒に帰れる程度には回復していた。いや、青い顔をしているところを見ると大分無理はしているようだが。

 克己が、呆れた顔をして譲を見る。


「お前本当に大丈夫なのか?」

「なんとかなるだろ」

「答えになってないぞ」


 それでも、一応丁寧に運転している克己だ。テレポーテーションで譲だけ運んでも良かったのだが、それはそれで身体にある程度の付加がかかる。今の状態なら護送車の代わりに預けてあった車で移動する方が安全だろう。

 しばらくは沈黙していた2人だったが、克己の服にこびり付いた自分の血を見て、譲が口を開いた。


「悪かったな」

「……いや」


 そして再び沈黙が訪れる。

 今度は克己が、正面を向いたまま口を開いた。


「俺は良いけど、女性陣が怖いぞ」

「……」

「つか、お前も人間なんだなと思ったよ」

「人を何だと思ってたんだ」

「いやー、能力はチート級だし頭は切れるし何でも出来るからな」


 克己の言葉に、譲は遠い目をした。


「何でもなんて、出来ない」

「譲?」


 それきり譲は黙ってしまう。

 何となく、口を開き辛くて克己も黙ったまま運転を続けた。






「おかえりなさい、譲、克己」


 ゲートフロアではなく、駐車場まで出迎えに来ていたのはるいざだけだった。


「ただいま、るい」

「ただいま。迷惑をかけたな」

「そんな事はないわよ」


 にっこり笑ってるいざが言う。が、その目は笑っていない。それに気付いた克己が、慌てて口を閉じた瞬間。


「譲、貴方、絶対安静を振り切って来たそうね?」

「え」

「…………」

「医療班と神崎さんから連絡が来てるわよ? そんな好き勝手が許されると思う?」


 この中で一番るいざとの付き合いが長い克己が、引くほどるいざは怒っていた。笑顔でと言うのが更に怖い。


「どういうつもりか聞いても良いかしら? 重傷の縣譲さん?」

「……こっちの方が治療に専念出来るだろ」

「そう。それなら……」


 るいざが真維に用意してもらっていたストレッチャーを叩いた。


「早くここに横になって! 医務室行きよ! 2、3日は絶対安静!」

「いや、歩け……る――」


 譲の反論は途中で止まった。

 るいざが大粒の涙をボロボロとこぼしたからだ。


「る、るいざ?」


 戸惑って譲がるいざを呼ぶと、るいざは譲にすがり付いて泣き始めた。


「心配したんだからー!! 譲の馬鹿ー!」

「あーあ。だから言っただろうが」


 克己が、苦笑して譲を見ている。譲はどうしたものかとしばし悩んだのち、るいざの頭を撫でた。


「まあ、一応無事だから泣くな」

「無事とは言わないわよ!」

「それもそうか。……解った。しばらく医務室で大人しくしてるから、それで勘弁してくれ」

「ホントに?」

「ホントに」

「ご飯もちゃんと食べる?」

「食べるよ」

「……解った」


 まだ半分泣きながら、るいざはやっと譲から離れた。


「もう、こんな思いはしたくないからね!」

「気を付けるけど、コレばっかりは断言出来ないな」

「もう、そこは嘘でも断言するところでしょ」


 ようやくるいざが、クスリと笑った。


「とにかく、譲は早く医務室へ。顔色真っ青よ」

「ストレッチャーが嫌なら俺がお姫様抱っこしてやろうか?」

「断る。医務室くらいなら行ける」


 そう言うと、譲はよろけながらも自力で歩き出したのだった。






 医務室で改めて真維が譲の身体をメディカルチェックすると、傷がいくつか開いていた。チェックの途中で譲が意識を手放したのを良いことに、るいざが真維のアドバイスのもと、見様見真似で手当てをし直していく。


「病院に居て良かったわ」

「るいざは記憶力が良いからな。見てただけにしては上手いと思うぞ」


 克己が、譲をベッドに寝かせる。

 ついでにそのままになっていた留置針に点滴を繋いで、ひとまず手当ては終了だ。


「ルートがそのままで良かった」

「何も言わなければ自分で全部やる気だったのかしら?」

「多分な」

『そういう子なのよ』


 不意に真維が会話に口を挟んだ。そう言えば真維も、いつになく無口だった気がする。譲の事が心配だったのかもしれない。


「後は真維に頼んで、克己は着替えた方が良いわ。血だらけよ」

「だな。シャワーも浴びてスッキリしてくる」

「私も夕食の準備をして来るわ。真維、後はお願いね」

『任せて』


 そうして、2人は医務室から出て行った。






 一眠りした譲は医務室のベッドでウィンドウを展開する。今回の任務は流石にヘマをした自覚があった。それに、先日のアメリカ連合軍との一件以来、能力を伸ばしてきたつもりだったが、まだまだ全然足りない事も解った。そして、千鳥のアフターフォローもしなくてはいけない。

 正直寝ている場合ではないのだが、身体は言うことを聞いてはくれない。せめて、真維のシステムを存分に使えるだけ幸いと言うべきか。


「るいざの司令塔は成功だったな。克己と麻里奈の連携も問題ない。トレーニングの成果が出たか」


 宝探しは未だゴールにたどり着けてはいないが、確実に成果は出ているようだ。

 と、開けっ放しの医務室の扉から麻里奈が顔を出した。


「夕食の時間よ~」

「わざわざ悪いな」

「そこは素直に『ありがとう』で良いのよ」

「そうか。ありがとう」

「……素直な譲ってなんか、ちょっと気持ち悪い」

「随分な言いぐさだな」


 取り敢えずテーブルを用意して、その上に食事の乗ったトレイをのせる。


「普通食だけど平気?」

「ああ」


 譲が身体を起こし、食事を始めると、麻里奈は近くの椅子に座ってその様子を眺めている。


「そーいや、千鳥のアフターフォローをしてくれたらしいな。Thanks」

「どういたしまして。ていうか、あの状態の千鳥ちゃんは、さすがにほっとけないわよ」

「そんなに酷かったのか」

「譲の怪我を、自分のせいだって責めてたわよ?」

「そうか」

「まあでも、途中から復活して、後片付けを手伝ってくれたけどね。思ったより強い子だわ」

「そうか」

「そうよ」


 麻里奈の中で千鳥の印象が少し変わったらしい。


「トラウマにならなきゃ良いんだが」

「そう思うなら早く治すことね。で、ちゃんとごめんなさいすること!」

「……そうだな」


 とりあえず回復しないことにはどうしようもない。そのためには食事と睡眠だ。譲は目の前の食事に集中する事にした。






 夜の定期連絡が、気が重いのは初めてだった。でも、約束したからには連絡しないといけないと思い、千鳥は専用回線を繋いだ。途端に、政信の声が響いた。


『千鳥? 今日は大変だったそうじゃないか! お前は怪我は無いか?』

「パパ。私は大丈夫。かすり傷ばかりだったから、もう治ったわ」

『それは良かった』

「良くないの……」

『どうしたんだ? 元気が無いな』


 千鳥は暗い部屋の中で膝を抱えた。


「私のせいで、縣さんが大怪我を負って……、任務も上手く遂行できなかった」

『千鳥……』


 少しの間の後、政信は言った。


『それについては千鳥が気にすることは無い。今回の任務は一応遂行された。そして、怪我の件も含め、メンバーを危険に晒した責任を取るべきは縣君だ』

「どうして? 私のせいなのに?」

『組織とはそういうモノだ。上に立つ者が責任を取るのが、当たり前なんだよ』

「でも、それじゃあ……」


 千鳥の頬を涙が零れた。それを悟られまいと、嗚咽は堪える。

 政信は優しく千鳥に言った。


『トレーニングも含めて、特殊能力課は縣君が全権を持っている。全権を持つという事はそう言うことなんだよ。千鳥にはまだ難しいかもしれないが。……とにかく、今日は疲れただろう? ゆっくり休みなさい』

「わかったわ、パパ」

『おやすみ、千鳥』

「おやすみなさい」


 プツリと通話が切れた。しかし、千鳥は膝を抱えたまま動けなかった。あの時カッとならなければ、あの時私がもっと能力をコントロール出来ていれば、私がもっと真面目にトレーニングしていれば……。後悔は尽きることが無く、涙がポロポロ溢れて止められない。挙げ句に、あれだけ馬鹿にしていた人達に助けられて、フォローされて、心配されて……。

 情けなくて悔しくて、涙はなかなか止まらない。

 いつしか千鳥は泣きながら眠りに落ちていた。

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