8.本部への呼び出し
数日、平和なトレーニングの日々が続いたある日の朝、譲が言った。
「今日はフリーだ」
「珍しいな」
「何かあったの?」
克己とるいざが聞くと、譲はため息を吐いた。
「また本部から呼び出しを受けてな。面倒くさい」
「おい、本音が漏れてるぞ」
「特に隠すことでもないだろ」
付き合いも長くなってきたせいか、譲も大分打ち解けてきたように思う。まだ秘密主義な部分と人嫌いが完全に消え去った訳ではないが、少しずつ変化はしていると克己は思っている。
「また任務があるのかな?」
麻里奈が聞いた。
「その可能性は高いな。あとは千鳥関係だろ」
「いつ戻るの?」
今度はるいざが聞いた。こちらは食事の関係で聞いたのだろう。
「今日は戻らない。明日か明後日か、わからないから食事は気にしなくて良い」
「わかったわ」
「なんでいつもそんなに曖昧なんだ?」
単純に気になって克己が聞いた。
「そりゃ、本部でやることが色々あるからだな。どうせ行かないといけないなら、ついでに溜まっている用事も済ませたいだろ?」
「ためてるのかよ」
「いつでも良いヤツはな」
しれっと言う譲に、克己は呆れたような顔をした。
本部の駐車場へ車を止めて、警備を顔パスで通過して本部に入る。
「さて、まずは呼び出しだな」
譲はかつて知ったる廊下を迷わず歩いていく。特殊能力課を立ち上げるまでのしばらくの間、ここで生活していたから今更迷うこともなく、目的地に到着する。
譲は特に緊張する事もなく、防衛官長室の扉をノックした。
「入れ」
「失礼します」
扉を開けて中に入ると、そこには防衛官長である一條圭吾が自席に座り、その両側にはボディガード替わりの陸軍の兵士が立っていた。その兵士にジロリと睨みつけられるが気にすることもなく、譲は前へ進んだ。
「呼び出しを受けて来ましたが、何の用でしょう?」
一応は丁寧な言葉遣いであるが、雑な敬語を気にした風もなく、一條は口を開いた。
「君は相変わらずだな」
「変わる必要性を感じないので」
軽口の返答に兵士達は眉をひそめたが、一條は愉快そうに笑った。一條はその地位の高さにしては若く、まだ32歳である。そして、譲と同じ旧日本軍に親を持つ、いわゆる二世である。そのせいか、譲に対する態度も他の者より好意的である。ただ、腹の底で何を考えているかはわからないが。
「そうか。まあ、それはいい。今日呼んだのは他でもない。1つ、特殊能力課へ依頼したい任務があるんだ」
一條は早速本題へ入る。
「君はSSSblueを知っているかい?」
「確か、反日再を掲げるレジスタンス組織ですよね?」
「その通りだ。彼等がどうやらこちらへ拠点を増やそうとしているらしい」
「彼等の本拠地は富士でしたね。対日再の足掛かりを作りたいところですか」
「そのようだ。そこで、特殊能力課に調査を依頼する」
「場所は解っているんですか?」
「スカイツリー跡地だ」
「そこまで解っていて、敢えてウチに命令する理由は?」
「菖蒲海軍大将の娘がいるだろう?」
「居ますが、調査には不向きの能力ですよ?」
「彼女のトレーニングの成果を示すように、というのが軍からの要望だ」
「……」
「今回の任務は君と彼女の2名で行うように。解っていると思うが、これは確認じゃない。命令だ」
一條は譲に笑みながら告げた。だが、その目は笑っていない。
これは面倒な事になったと、譲はため息を吐いて承諾の返事をした。
「わかりました」
話を終えた譲は、その足で神崎の部屋へと向かった。事前にスケジュールは確認済みで、この時間なら自室に居るはずである。
ノックもせずにPKを乱用し、内側から鍵を開けて中に入る。しかし、気配を察したのか特に驚きもせずに神崎は譲を見た。
「久々にしては、ずいぶんな面構えだな」
「一條と話して疲れたんだ」
「化かし合いでもしたか?」
「そこまではしていないが、疲れた」
珍しく素直に弱音を吐く譲は、神崎のベッドへと腰掛けた。1人部屋のここは、椅子は神崎が座っている1つしかない。
「稽古をする予定だったが、明日にするか?」
「あんたのスケジュールが平気ならそうしたい」
「俺はかまわんよ。夕食はどうする?」
「それより休みたい」
そう言って譲は、神崎のベッドへ転がる。
そのまま眠るのかと思った譲だが、その手が神崎の服を引っ張る。苦笑して神崎は、椅子から立ち上がりベッドへと腰掛けた。
「どういう意味のご休憩だ?」
「解ってるクセに」
「女王様の仰せのままに」
神崎は譲の顔の横に手を付き、部屋の明かりを落とした。




