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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第2章 初仕事

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6.はじめ

「それは、つまり、お前は麻里奈が見た幽霊のことを知っているということか?」


 間髪入れずに譲が聞いた。


「そのことに関してはノーコメントよ。だから出ていくの」

「そうか、わかった。登録の抹消はしておく。行く所が決まったら出ってていいから」


 るいざがうなずくのを確認してから、譲は椅子から立ちあがった。

 その時――。


「……ちょっと待てよ」

「どうした、克己?」

「どうしたって……るい、それでいいのか?」

「だって……、決めたんだもん」

「俺はるいざに警告した。そしてるいざは結論を出した。なにか問題があるのか?」

「問題っていうか……、そうじゃないけど、なんかるいざが我慢して言っているように聞こえるぞ。どうなんだ、るいざ」

「仕方のないこともある」

「譲は黙ってろ。俺はるいざに聞いてるんだ。そもそも別に言いたくないことなら言わなくてもいいじゃないか。あの幽霊が害を及ぼすことはないなら、るいざが出ていく必要もないんだぞ」

「害を及ぼさないと、どうしてわかるんだ」

「『真維』にひっかからないってことは生物じゃないんだろ」

「だから余計に警戒する必要があるだろう」

「るいざが出てったからってその問題が解決する保証があるのかよ!」


 空回りな口論についに克己が声をあらげた。


「俺は所長として決断を下した。それに従ってもらわなければ、何かあったとき責任のとりようがない」

「納得いかない命令も聞けってか?」

「るいざは納得してこの場を設けたんだ。克己がどうこういう権利はない」


 るいざと麻里奈はおろおろして2人のやりとりを見ているだけだった。2人がこんなに正面から衝突するのを見たのは初めてだったからだ。いつもは譲が克己の言う事をのらりくらりとかわして相手にしてない。克己もそれをわかっててもなお言っているようだった。しかし今回は明らかに違った。


「どうしよう、麻里奈……」

「どうしようって言っても……るいが残るって言えば落ち着くかも」

「だからそれができないからこうなってるんでしょ―」

「あっ、そうか」

「わかった!」

「「なにが?」」


 と、同時に麻里奈とるいざが聞いた。2人は顔を見合わせ怪訝な表情になる。


「なにが……? わかったって……?」

「え、麻里奈が言ったんじゃないの?」

「私、言ってないわよ」

「私も言ってな……、あ!」


 るいざは思わず大声をあげたので、譲と克己もふと言葉をとめた。


「どうした、るいざ」


 克己が問いたがるいざはそれに答えようとせず、空中に何か探すように首を巡らせた。その動作につられて麻里奈と克己も上を見上げる。譲だけがるいざの視線を追っていた。

 すると――。

 ぽんっと1人の女性が空中に現れた。克己が見上げている高さに、浮いていたのだ。純白の着物におさげに色白の肌、16・7歳かと思われる幼い顔立ち。ただ――、

 足がない。


「この人―!」


 麻里奈が彼女を指さして大声で叫んだ。


「麻里奈が見たのはあんた?」


 譲が全く表情を変えずに聞く。


「そーよ」

「『真維』に反応しない生物ということは?」

「確かに肉体は死んでるからねー。いわゆる幽霊なのかなあ。だってほら私の体、触れないでしょ」

「あ、ほんとだ」


 彼女は譲の視線の高さまで降りて自分の体を示すと、譲は手を彼女の肩にかけようとするが通りぬけてしまう。

 最初は驚いていた克己と麻里奈も、緊張感のない会話に呆れてしまった。


「譲、お前、幽霊とか見たことあるのか?」

「いや、初めて」

「……冷静よね」

「大騒ぎするものか?目の前にいるからいるんだろ」

「科学的じゃないだろ」

「そもそも科学ってなんだよ」

「うーん……」


 2人は思わず考え込んでしまったが、それをよそに譲と彼女の話ははずみ始めていた。

 が、やがて表情が凍りついたままのるいざがようやく口を開いた。とても小さい、震える声だった。


「……なんで?」

「るいざ?」

「なんで、でてきたの?」


 今にも泣きそうな顔でるいざが彼女に言った。彼女は少し考えてから、今までと変わらない同じ口調であっさり言った。


「だって出たかっただもん」

「はじめさんのばかっ!」


 るいざは一気に怒りが爆発したように叫んで食堂を飛びだして行ってしまった。

 しばらく沈黙が続いていたが、はじめが口火を切った。


「ばかってゆーかね、そんな言葉は使っちゃダメって教えたのに……」

「はじめさんていうんですか……」

「そーよ」

「るいざ、なんで怒ったの?」


 麻里奈の問いに、はじめは少し自嘲的な笑みを浮かべた。


「そうねえ……、まあ座ったら?」


 と、克己と麻里奈に呼びかける。それに促されて二人は椅子に座った。


「まあ、簡単にいうとね、私はあの子だけに見えるような幽霊なわけよ。とり憑いているとかそーいうんじゃないんだけど。基本的にはあの子にしか見えないから、他の人には見えないんだけど、大戦後にどういうわけか、見える人が増えたわね。」

「それって、能力者が主?」

「そうねえ、麻里奈ちゃんにも別に見せようと思って出てきたわけじゃないしね。見られてこっちがびっくりよ」

「るいざはどうしてはじめさんの存在を隠す必要が?」

「あの子とのつきあいは長いんだけど、初めてちゃんとあの子に会った時、私の存在は誰にも言ってはだめって言い聞かせてたの。誰かに私のことがばれたら、2度とるいざの前には現れないって脅迫まがいのこと言ってね」

「それであんなに悩んでたわけか……。でもなんで?」

「万人に見えるわけじゃないから、幽霊が見えるなんて言ったら、他の人には頭おかしいと思われるでしょ。特にるいざは孤児だからかばってくれる親がいるわけでもないしね」

「ってことは他人にばれたら消えるってゆーのは……」

「ウソ」


 笑っていうはじめに思わず克己がホッとしたような表情をした。


「でも最初から出てくるくらいなら、ばらしても大丈夫だってるいざに言ってあげればよかったじゃない」


 麻里奈が言う。


「うーん、そうしたかったのもヤマヤマだったんだけど、15年も信じ込ませてきたことをいきなり嘘でした、って言っても簡単に納得しないだろうし、ちょっと様子も見たかったの」

「様子って……」

「あの子がどういう結論をだすのか……」


 よくわからないという表情をした3人にはじめは言葉をつなげた。


「正直言って、あの子はとても重要な事に関しては優柔不断でね。いつも私に相談してたの。実はここに来るのもどうしようかって決まらなくてね。それくらいは自分で決めなさいって言ったら、またひたすら悩むのよ。もうとにかく行ってみればって言おうかと思った矢先に、克己くんが言ってくれたから後は後押しするだけだったけどね。でも今回は私は何も言わなかったし、るいざも私を呼ばなかった。どっちかを選ぶわけだし、私は今回その対象だったしね」

「で、るいざが出した結論の感想は?」

「意外だった」


 譲の問いにはじめは間髪入れずに答えた。


「あの子はここを選ぶと思ってたの。ずっと私にはるいざしかいなかったように、るいざにも私しかいなかった。でももう、るいざにはあなたたちがいてくれる。るいざもそれをわかっていたはずなのに……」


 未だにわからないという表情を見せるはじめに、克己は当たり前のように答えた。


「じゃあ、あなたを選ぶでしょ。どう考えても」

「なんで?」

「るいざには俺たちがいても、結局あなたにはるいざしかいないから。そういうことでしょ」


 はじめが目を見開いて克己を見た。克己もそれ以上何も言わずにただはじめを見ていた。


「……しょーがないな、謝ってこようかな……」

「しばらくすねるかもしれませんね」

「ああ、そうね。すぐすねるもんね、あの子は……じゃ、ちょっと行ってくるわ」


 とはじめはその場からふっと消えた。

 と、思ったとたん、またぽんっと姿を現したので、克己と麻里奈は驚いて、手を心臓にあてた。


「確認しておきたいんだけど……」

「はい?」


 ドキドキしている2人をよそに譲が聞いた。


「るいざ、ここ出ていかなくてもいいよね」

「まあ、約束ですからね……。るいざから正体は聞けなかったけど、本人が出てきましたし」

「そっか、よかった」


 にっこり笑ってはじめは姿を消した。


「……いきなり出てくると驚くな」


 譲が事も無げに言うと、克己が怪訝な表情を浮かべた。


「お前、驚いていたのか?」

「驚いたよ」

「全然そーは見えなかったけどね……。まあこれで安心だわ。寝よーっと」


 麻里奈はそう言うと食堂を出て行った。克己も飲み残したカップの中身をぐいっと空けると、麻里奈のカップを手に取った。


「お前のも片付けるか?」

「ああ、もういいよ。Thanks」

「どうしたんだ、ぼーっとして」

「いや、おもしろいもんだと思ってね」

「おもしろい?」

「なにがどうこうわけじゃないんだけど、そーいう気分だな」


 と、譲は少し笑うと、食堂をあとにしようとしたので、克己はあわててカップを片付けて一緒に食堂を出た。






 翌日、朝食を準備しているるいざに一番に会ったのは克己だった。


「おはよー、るい」

「……おはよ」


 なんだか珍しく不機嫌な声でるいざが言うので、克己は思わず笑ってしまった。


「なにがおかしいの」

「いや、まだすねてんのか?」

「怒ってんのよ!」


 と、るいざはどんっとコーヒーを入れた克己のカップを置いた。


「まあ、そうすねるなよ」

「怒ってるんだってば!」

「はいはい」


 とそこへ、譲と麻里奈が現れた。挨拶をかわす前にすでにるいざの様子がおかしいことがわかったらしい。


「おはよ、なんだまだすねてるのか、るいざ」

「すねてないわよ!」

「まだ怒ってるの?」

「怒って……! ないよ……」

「怒ってんじゃん」


 3人が同時に言うので、るいざは何も言わずに台所に向かった。ほどなくして朝食が出てきたが、いつも通りの朝食だった。


「あ、そうだ。今日から通常のトレーニングに戻るから」

「へいへーい」

「それから、午後、新人が来るから」

「へいへーい……へ?」

「だから、新人が1人来るから」

「能力者?」

「他に居ないだろ。まだ子どもだから断ったんだが、上からの命令で仕方なくな」


 譲はため息を吐いてそう言った。

 どうやらまだ平穏な日常は訪れそうに無かった。

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