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日本再興機関ESPセクション ー虚空を超えてー  作者: 島田小里
第2章 初仕事

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3.幽霊騒ぎ

 るいざを受け止めた少年は、嬉しそうに譲に言った。


「久しぶりだな」

「そんなに経ってないだろ、大戦前に会っている」

「相変わらず口の減らないやつ」

「……アメリカについたのか、沙月」


 その言葉に沙月と呼ばれた少年は驚いたような顔をした。


「お前の口からそんな言葉がでるとはね。敵味方があるのか、お前に。どうせこいつらのことだって味方なんて思っちゃいないんだろ」


 沙月は自分の腕の中にいるるいざを一瞥して言った。譲が口を閉ざしていると沙月は微笑し、ESP妨害装置に手を向けた。小さな衝撃音が響き、装置が壊れる。同時に譲は身動きがとれるようになった――はずである。が、それでも動こうとはしなかった。

 沙月はるいざを腕に抱き、譲へ歩み寄る。


「目的は果たしたんだろ? 帰ったほうがいいんじゃないか?」


 そう言うと、沙月はるいざを譲に引き渡すような仕草をする。譲がようやく腕を伸ばした。その瞬間、沙月に腕をつかまれ引き寄せられる。沙月の唇がやや背の高い譲の唇に振れた。


「また、会おうぜ」


 るいざを譲に託すと、沙月はテレポーテーションでその場から姿を消した。

 譲は沙月の消えた場所を睨むように見つめている。無表情のその端正な顔立ちからは何も読み取れない。怒りか動揺か、それとも――。

 その時、僅かに腕の中のるいざが身じろぎした。


「気がついたか、るいざ」

「……気持ち悪い」

「貧血だ。傷は浅いが出血箇所が多い。止血すれば平気だ。すぐ戻ろう」

「すぐっていっても……克己がいないんだけど……」

「車を昨日のうちにとめておいた。少し我慢してくれ」

「うん……」


 譲はるいざを抱き上げ、走り出す。

 ぬかりない譲の行動に感心しながらるいざは、なんとなくこの腕とは違う、知らない男の腕の中にいた気がして譲を見上げた。


「なんだ?」

「うん……。今の人、誰?」

「敵」

「それだけ?」

「それだけだ」

「じゃあ私、敵に捕まってたの?」

「そうなるな」

「それは……迷惑かけちゃったね、ごめんね……」

「別に。口をきくな。血の」


 血の匂いが鼻につく。この匂いは嫌いだ。


「え?」

「いやいい」


 譲はなんでもないというようにさらりと言った。るいざも視線を伏せる。下を向くと涙がこぼれそうになった。冷たく言われたのが悲しいのか、迷惑かけた自分が情けないのかもうよくわからなくなってしまった。






「譲たち、遅いね。」

「まあ、テレポーテーションで帰ってこれないからな。でもそろそろだろ」


 と、そのとき真維が譲たちの帰還を告げた。そのすぐ後、エレベータが動く音が聞こえる。


「お、帰ってきたみたいだぞ。ここにいること知らせてなかったな」


 克己は真維に用件を伝える。

 数分して二人が姿をあらわした。そのとたん――克己は怒鳴り声をあげていた。


「おい、るいざ! なんだその怪我は!」

「あ、ちょっとヘマしちゃって……。別にどうってことないのよ。譲が応急処置してくれたし」


 実際、譲は車につんであった救急箱と治癒力を利用して、医療経験があるのかと思われるくらい、的確な処置をした。そのおかげかあまり痛みを感じない。


「譲! お前が付いてて何でっ……」

「譲のせいじゃ無いから!」

「こういう時のるいざの言うことは当てにならない! 譲、どういう事だよ!?」


 譲の胸ぐらを掴んで克己が問い詰める。


「どうもこうも、お前の言うとおり俺のミスだ。すまない」

「ミスって……は?」


 さらに問い詰めようとしていた克己が、アッサリ自分の否を認めた譲に動きを止める。まさか譲が謝るとは思わなかったのだ。

 譲は特に抵抗するでもなく、やんわりと克己の手を外すと、立ち尽くするいざに声をかけた。


「るいざ、お前はちゃんとした手当てが先」

「え、でも今はそんなに痛まないし、今日はまだご飯食べてないから作らないと……」

「食事は真維でも作れる。来い」


 譲が少しいらだったように言う。仕方なくるいざも腰をあげた。


「ごめん。じゃあちょっと医務室に行ってくるわね」

「はいはーい」

「あ、俺もいく」


 るいざと譲にくっついて克己も部屋をでて医務室にむかった。






 医務室でるいざを処置台に寝かせ、念のために外傷をスキャンする。

 結果を見て、克己は少し安心したようだ。


「深い傷は無いんだな」

「目に見える深い傷は塞いだつもりだ。後は跡が残らない程度の傷だけだとは思うが……」

「いったーい! しみるー」

「あたりまえだ。今日はもう寝ろ。命令だ」

「せめてご飯だけは食べたい」


 遠慮がちに言ったるいざに、譲はため息をついてから許可した。確かに、食べないと治る物も治らない。

 消毒の終わった傷に、透明なシートを貼り付け手当を終える。


「じゃあ俺は少し寝る。今日の食事は各自でとること。解散」


 言ってさっさと譲は出ていった。自分の部屋に向かったらしい。


「俺も飯喰ってからねよー、あんまり今日ねてないし」

「あ、克己、頼まれていた洗濯物、まだ私の部屋にあるんだけど」

「明日でいーよ、取りに行くから」


 そう言うと克己はるいざの手を取り、テラスまで飛んだ。


「力の無駄遣い」

「トレーニングと言ってくれ」

「手当終わったの?」

「うん。もう平気。ご飯食べてから寝ようと思って」

「そうね。るいざは座って。取ってくるから」

「もう、病人じゃないんだから甘やかさなくても」

「病人ではないが怪我人だ。たまには頼れよ」


 克己の言葉に麻里奈も大きく頷いている。るいざは照れ臭そうに、小さく頷いた。


「ありがとう、2人とも」


 そうして譲はそのまま、3人は食事を終えると、昼間から寝静まったのである。






PM5:50

 浅い眠りから譲は覚醒する。少し汗をかいていた。気分がよくない。

 なにか夢を見ていたような気もするが、決していい夢ではなかったと思う。

 部屋に設置されているキッチンの蛇口をひねり水を飲む。それでも目覚めの不快感はぬぐえなかった。

 なぜこんな気分になるのか、理由はわかっていた。るいざの怪我――正しくは血のむせかえる臭いのせいだ。

 ふと過去のことがよみがえりすぐに消える。何を思いだしたのかすらはっきりしない。まだ眠いのに目を閉じるとまたいろいろ思いだしそうになる。それが嫌だった。

 ベットから起き、解熱剤を手にする。自分用ではない。たぶんるいざが発熱するだろうと思って一応用意しておいたものである。少し早いが様子を見にいくことにした。

 廊下にでるとまだ全員が眠っているらしく、静寂な空間が広がっていた。

 一応所長なのですべての部屋の鍵はもっている。だがるいざの部屋にいくと鍵はかかっていなかった。無用心なやつとは思いながらも一応ノックしてから入る。返答は予想どおりなく寝室に入ると何度も寝返りをうつ、るいざの姿が目に入った。近寄って額に手をあてる。呼吸もすこしあらい。やはり熱があって苦しくて寝返りをうっていたらしい。


「るいざ、起きれるか?」


 頬を軽く叩いて起こす。


「ん……? 譲?」

「解熱剤だ、これだけ飲め」

「気持ち悪い……」

「貧血もおこしてるんだ」


 譲はるいざの体を起こし薬を飲ませた。再び寝かせると汗をかいていることに気づき冷やしたタオルをつくってきて顔にあててやると少し楽な表情になった。

 ――着替えさせたいが。

 別に女性に特に興味はない。しかしるいざは一応女性で、異性。

 とは一瞬思ったが、それよりも面倒くさいという気持ちがわきあがっていた。

 麻里奈に頼むか。

 身を翻すとくんっと服をひっぱられる。るいざが起きたのかと思って振り向いたがただ無意識のうちにつかんだだけらしい。

 ……ほんと、面倒くさい。

 やや無理やり手をはずしてから、適当に部屋を物色してTシャツとタオルを取り出し、部屋の電気を消してほとんど手さぐり状態でるいざの服を脱がせ、汗をふく。

 人の体が、熱い。


「ホントにメンドーくさい。」


 文句を言いながら作業を続ける。し終えた時には脱力感を感じていた。思わずベットに腰かけるとるいざの体温が伝わってきた。


AM2:00

 目がパチっと覚めてしまい、麻里奈はムクっと起きあがった。ひどく喉が渇いていていることに気づきキッチンに立つ。ずいぶん長く眠っていたので逆にだるい感じがした。

 ……誰も起きてないのかあ。

 麻里奈はゆっくりドアを開けて廊下を見まわした。完全に真っ暗ではなくいくつかの街灯があるのだがその明かりが逆に不気味だった。


「あれっ?」


 目の端に光が揺らいだ気がして視線を移動する。その先に――。

 瞬間、麻里奈はかん高い悲鳴をあげていた。


「なんだっ、どうした!」


 一番に飛びだしてきたのは克己だった。真維が緊急事態と判断し、周辺の照明が昼の明るさまで一気に引き上げられる。

 麻里奈はというと一度閉めたドアをおそるおそる開けていた。克己の姿を認めて扉を思いきりあけると、タックルする勢いで克己に突進した。


「うわっ、なんだよ麻里奈!」

「でっでっでっでた!」

「何が」

「幽霊よ! 白い着物に髪の長い女……!」

「……熱でもあんのか?」

「ほんとよっ! いたのよ、女の幽霊がっ!」

「ちゃんと足がなかったか?」

「なかったわよ!」

「おきまりのパターンだな。冗談を言うにしても、もう少しオリジナリティがあったほうがいい」


 ほとんど聞く耳持たない克己に、麻里奈はなおも食い下がった。


「絶対間違いないわよっ、はっきりこの目で見たんだから!」

「髪が長いならるいざじゃねーのか?」

「ちがうわよっ、おさげだったし、るいざより短かったもの!!」

「お、少しはオリジナリティが……」

「きゃあああああ!!」


 克己の声を中断させるかのように、今度は別の悲鳴が響いた。


「るいざだわ!」

「おいっどうした、るいざ!」


 麻里奈の隣のるいざの部屋に飛びこみ、寝室に入ると――。

 るいざの傍らで爆睡している譲がいた。


「あ、ごめんね。譲がいたからちょっと驚いちゃって……」

「そりゃ起きて目の前に人がいたら普通驚くだろうけど……なんでこいつこんなところで寝てるんだ?」

「なんとなく薬のませてくれたのは覚えてるけど……でもあと服も着替えさせてくれたみたい」

「は?」


 るいざの人ごとのような言葉に二人は同時に聞き返す。


「だから着てたはずのパジャマがそこにおちてるし、洗濯してあったはずのTシャツ来てるし、汗すごかったから着替えさせてくれたんだと思う。」

「って……お前なんとも思わないのか?」

「なんともって?」

「いやだからお前は女性で、譲は男で……」

「ああ、そーいうこと。別に何もないからいいんじゃない?」

「あ、そう……」


 としか言い返しようもない。二人は思わずため息をついた。


「今、何時?」

「2時ちょっと過ぎかな」

「今日はみんな寝ちゃったのね」

「まあさすがになー。俺もう少し寝るわ。朝飯はどうする? るい」

「それぐらいは平気。私ももうちょっと寝よ」

「私ムリ……」


 麻里奈が思いだしたのか真っ青な顔になる。るいざが驚いて本人ではなく克己に聞く。


「どしたの麻里奈」

「それが……幽霊見たっていうんだ。白い着物におさげの女の」

「幽霊?」


 るいざは克己のように呆れることはなく、確認するように聞き返した。


「んなことあるわけないだろ? 寝ぼけてたに決まってるさ」

「そんなわけないわっ、寝ぼけてるにしてははっきりしすぎだもん!」

「まあまあ、その話は譲が起きたときにでもしようよ」


 とるいざはその会話に無理矢理終止符をうった。


「ってるいざ、お前もいると思ってるのか?」

「え、あ、まさか……」


 半笑いしたるいざに麻里奈がなにか言おうと口を開きかけたところで、後ろから克己に口をふさがれた。


「譲が起きちまうだろ、んじゃ、明日な」

「るいざぁ、私一人じゃ眠れない。ソファ運んでここで寝ちゃだめ?」

「いいけど大丈夫よ、麻里奈。もう出ないわよ」

「そりゃるいざ、信じてないんだもん、私の話」

「んー、でも絶対出ないから、保証する」

「なにるいざ、確信でもあるのか?」

「幽霊ってそんなに頻繁にでるもんじゃないでしょ、大体一夜に一回くらいが相場じゃない」

「相場なんか、あるわけないだろ」

「あるわよ、多分。だから大丈夫よ、麻里奈」

「じゃあ……一人で寝るけど……克己、部屋の前まで一緒に行って」

「わかったわかった、じゃあお休み、るいざ」

「はい、お休み」


 二人が出ていき、廊下に出た音を確認した後、るいざは少し視線を自分が座っているベットの脇、さっき克己と麻里奈が立っていた方を向く。

 まるで『誰か』が、そこにいるように――。


「……そーいうわけで出てくるのは私の前だけにしてくださいね」


 その言葉に誰も何も答える者はない。しかしるいざはそれを気にするようでもなく、布団をかぶり眠りについた。

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