1.帰還
「あいつ、『2日』って言ってなかったか!?」
と、克己はいらついてコーヒーカップをテーブルの上に荒々しく置いた。
「まあ、予定が変わることもあるでしょ」
「るい、それはそうだけど、普通その場合連絡の一つくらい寄越さないか!?」
確かに、今は譲が出掛けて3日経った日の午前3時をまわっている。つまり譲が初の外出をして予定より1日半オーバーしていることになる。
「コーヒーこぼしたら自分でふいてよ、克己」
と麻里奈。彼女はどうやら眠くてイラついている。
「眠いならねてもいいよ、麻里奈」
「んーねむいんだけど、ねむれなくてさー、るいこそ眠くない?」
「私、今日昼寝しちゃったし。克己、文句言うくらいならこんな時間まで起きていなくていーわよ」
るいざの言葉に無言で克己はそっぽを向いた。
と、麻里奈が良いことを思いついたとばかりに、提案する。
「そうだ。譲のは無いけど、お互いの能力値を見せ合ったらどうかな?」
「……どうせ暇だし、情報共有がてらするか」
「私も良いわよ」
そう言って3人は自分のウィンドウを並べ、レーダーチャートを開く。
3人でデータを見ていると、ふとるいざがつぶやいた。
「克己の防御力はすごいよね」
「そうね。普通は自分一人を守るのが精一杯だけど、克己はこの建物ごと守れるんじゃない?」
麻里奈もそう言って克己を見た。
「そうかな。でもあんまり疲労しないんだよね、どーいうわけか」
「良く食べるからでしょ、がつがつと」
「お前だって俺に負けずに食ってるぜ」
「そんなに食べてないわよ、失礼ね!」
どうもこの二人は出会いが悪印象だったせいか、未だにイマイチ喧嘩ごしである。しかしるいざに言わせると『喧嘩するほど仲がいい』という関係に発展したらしい。
「発動の速さなら自信あるのになぁ」
と、麻里奈はボヤく。
「意外と性格が反映されてる気もするな、このチャート」
「確かにそうね」
「こうなると譲のレーダーチャートが見たくなるのよね」
麻里奈が呟いたその瞬間、食堂のドアが開いた。
「あ、なんだ、まだ起きていたのか。なにやってんだ、こんな時間まで。」
と、入ってきた当人――もちろん譲である――が何事もなかったかのように口を開いた。
「あのなあ、お前の『2日』って何日なんだよ!」
「誰も待ってろなんて言ってないだろ。あ、るいコーヒーくれる?」
「はい」
るいざがキッチンに立つと麻里奈が聞いた。
「本部でトラブルでもあったの?」
「うん、ちょっとな」
「ふうーん、ちょおっとか、ちょおっとで1日半もオーバーね」
「お前ら、早く寝れば?」
にっこり笑った譲に克己が何か言いかけた時、るいざが譲にコーヒーを渡した。
「サンキュ」
「じゃあ私ねるわ、おやすみ」
「あ、私もねよーっと、おやすみ」
と女性陣二人は食堂を出ていった。
「お前は寝なくていーのか」
「……ねるよ。でもなあ、ほんとはあの二人、心配してたんだぜ。あんま女性を不安がらせんなよ」
「フェミニスト?」
「うるせ、論旨をずらすな」
「どうでもいいだろ、黙って出ていったわけじゃない。子どもじゃあるまいし」
突き放すように言われて克己は一瞬たじろいだ。別に譲は特になれなれしい奴ではないが、彼の干渉嫌いを目の当たりにしたのは初めてのような気がした。克己は返す言葉が見つからず、席を立った。
「ねるのか?」
「ああ」
「怒ったのか?」
「別に・・・それこそどうでもいいだろ」
「そりゃ、そう、だ・・・」
語尾があやしくなったので後ろを振りかえるとテーブルに突っ伏した譲がいた。熟睡している。
「おいおい、こらこら」
克己は歩み寄って譲をあおむけにしたが、それでもまったく起きない。
まさか全然ねてなかったのか?
克己は譲をおぶさると、自分の部屋に向かった。各室は鍵がついていて本人しかもっていない。譲も身につけてはいるだろうが、本人の許可なしに入ることはためられた。とはいっても放っておくこともできず、仕方なく自分の部屋のベットに譲をねかせた。
寝顔はけっこうかわいいんだよな。それこそ性別なんかないくらいに。
克己はしばらく譲の寝顔を見つめていたが、そのうち電気を消し、寝室に持ち込んだソファに横になった。かすかな譲の寝息が聞こえる。
そーいや誰かと同じ部屋で眠るなんてひさしぶりだな。
克己は大戦後の混乱の中、病院の警護をしていた。そこで働いていたるいざと出会っている。職員は男女別にほとんどザコ寝状態で寝ていたのでここにきた当初は静か過ぎるのに慣れなかったくらいだ。るいざなど最初は怖くて眠れなかったらしく、麻里奈に泊まりに来て貰ったりしていたという。
なんかちょっと放っておけないカンジなんだよなあ。
もう半年になるというのに譲は自分たちに必要以上になじんでこない。仕事で集まった連中だから馴れあいになれとはいわないが、ギスギスしていては仕事はやりにくい。いい仕事をするにはそれなりの信頼とリラックスできる関係が必要だと克己は思っている。病院でもそうだった。警備をする同僚とだけではなく、医者や看護婦、るいざのような資格がなくても食事や清掃などの仕事をするひとたちともできるだけ交流をはかった。ふと、病院のことを思いだしたがようやく眠気がおそってきた。部屋の時計が4時をさしていたのを克己はかすかに覚えている。
「おきてーっ、おっきってー! 克己!」
とおたけびをあげて克己の部屋にとびこんできたのは麻里奈だった。上から体ごとのしかかられ、克己は初めて鍵をかけ忘れていたことに気づく。
「っなんだよー麻里奈ぁ、まだ7時半じゃないかよお」
「とゆーかなんであんた自分の部屋でソファに……って譲?」
「あー、昨日食堂でねむっちまったから、仕方なくな。で、何なの?」
「ああ、私もるいに起こされたんだけど、なんかね『真維』に依頼が入ってるんだって!」
「はい?」
克己はきょとんとして、その言葉を反芻した。
「依頼……?」




