43.目を覚ました克己
克己が目を覚ました時、目に入ったのは自分の部屋とは違う白い天井と、開けられたカーテン。そして、るいざの姿。
「あ、目、覚めた?」
克己が気が付いたことに気付いたるいざは、最初こそ心配そうな顔をして克己に聞いたが、途中から笑いを堪えられない様子で、最後は肩を震わせながら言った。
「覚えてる? 克己、麻里奈に殴られてのびちゃったのよ?」
「えーと……」
叶と詩愛と通話をした後、ずっとコンピュータールームに籠もって考えていた。そしたら、麻里奈が来て、いきなり殴られて――。
「そうだ! 俺、麻里奈にいきなり殴られたんだけど!?」
「そうそう。ちゃんと覚えてるわね」
「何で麻里奈に殴られんの!?」
「それは、克己がいつまでもいじけてるからでしょ」
「いつまでもって、そんなに長く考え込んでなくない!?」
「そう思うのは克己だけよ。あれから丸一日以上経ってるわよ」
「そんなに!?」
「ていうか、ここでのびてる時間も含めると、丸2日くらい経ってるわね」
「マジか……」
クスクス笑うるいざに、克己は頭を抱える。
「ところで、コンピュータールームで私が話しかけたの、覚えてる?」
「え? えーっと……」
克己の目が泳ぐ。
やっぱり覚えていなかったかと、るいざはため息を吐いた。
「そんなことだろうと思ってたから良いけど。私もああやって克己を殴れば良かったのよね」
「勘弁してくれ……」
弱々しい克己の言葉にるいざは笑う。
「それはおいといて、麻里奈に言われたことはちゃんと心に刻んでおきなさいよ」
そう言うと、るいざは椅子から立ち上がった。
「ご飯持ってくるから、ここで大人しく寝てなさい」
「いや、テラスに行くよ」
「ダメ。譲の許可が出るまでそこに居なさい」
「譲……って、アイツ怪我してなかったか!?」
「してるわよ。その譲に手間をかけさせたくなかったら、ここで大人しくしてるのね」
そう言うと、るいざは譲に克己が目覚めたとの連絡を入れて、医務室を出て行った。
克己は仕方なくベッドに転がると、天井を見つめる。
意識が途切れる前に見た譲は、血濡れだった事しか思い出せない。いやでも、自力で立っていたようだし、あれは相手の返り血かもしれない。
と、克己が希望的観測に思いを馳せていると、その譲が医務室に入ってきて、開いているカーテンから克己を見た。
「元気そうだな。麻里奈にノックアウトされたのは弱っていたからか」
「もうそれは言わないでくれ……」
「いや、見事だったからな。麻里奈のコンボが。トライアルの時にも感じていたが、麻里奈もある意味戦闘慣れしてるな。相手は浩和だろうから同情を禁じ得ないが」
相手が浩和と言うことは、姉弟喧嘩と言うことだ。なんてハードな姉弟喧嘩なのか。
譲は一旦カーテンの向こうに姿を消すと、メディカルチェックのバンドを持って、さっきまでるいざが座っていた椅子に座った。
「お前、その傷――」
あの後服は着替えたらしい譲は、いつも通りのワイシャツにチノパン姿だったが、その頬に縦に大きく傷があり、シートで固定されている。
「これか。ちょっとヘマをしただけだ。それより、メディカルチェックをするぞ」
「あ、ああ」
譲は慣れた手付きでバンドを克己の手首に巻くと、チェックを開始する。
「てか、その傷、ちょっとってレベルじゃ無くね? ちゃんと縫ったのか?」
「生憎、自分の頬を縫えるほど器用じゃないんでな。るいざがシートを貼ってくれたから大丈夫だろ」
「おいおい。せっかくのキレイな顔に傷でも残ったらどうすんだよ」
「興味無い」
そう言うと、譲は不意に克己の顔に自分の顔を寄せた。
いきなりの至近距離に、克己が驚いて目を見開く。
その様子に、譲が笑った。
「何もしない。額の傷を見るだけだ」
「ああ……」
そう言えば頭突きもされたっけと、克己が思い出す。克己の前髪を上げて、額を確認する譲の頬が、ちょうど克己の目の前で、その傷の深さと長さをマジマジと見てしまう。
そう言や、任務があったって言ってたっけ。
克己は小さくため息を吐いた。
後悔して、落ち込んで、そのせいで余計に後悔する事が増えて。
譲の怪我がどういう経緯でついたものかは解らないし、聞いても答えてくれないだろうが、克己が任務に出ていれば防げた可能性はどう考えてもあるだろう。
と、譲の襟首からチラリと覗く鎖骨と、胸の辺りにも傷口シートが貼られているのが見えた。
「お前、この傷、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。問題無い。それより、お前」
「ん?」
「額にコブが出来てるぞ。麻里奈の方は無事だったが、どんだけ石頭なんだアイツは」
譲はクスクス笑いながら身体を起こした。
克己は自分の額を触ってみると、痛みと共に、少し膨らんでいるのがわかる。
「あー……、俺、情けねー……」
「なんだ。違うとでも思っていたのか?」
「そういう訳じゃないけどさ」
譲はメディカルチェックの結果をウィンドウに表示して、バンドを外す。
「特に問題無いな。少し脱水の症状があるから、水分は多めに取るように。それから、2日くらい何も食べてないから、消化に良いものから食べるように」
「ああ。Thanks」
「食事をとったら部屋に戻って良いぞ」
「へーい」
克己は額をさすりながら、天井を見て譲に聞いた。
「なあ」
「なんだ?」
「お前はあの話を聞いて、どう思った?」
あの話とは、叶と詩愛の話だろう。譲は椅子に座ったまま足を組んで、ウィンドウを閉じた。
「どうとも思わないな。そもそも俺には関係のない話だ」
「そりゃそうなんだけどさ……」
「人に意見を聞いてどうする。答えを出すのは自分だろ」
「そうなんだけどさあ……」
解ってはいるのだ。けれど、誰かに聞きたいときもある。
「何かこう、アドバイスとかさ」
「そんなものが出来るほど大層な人間じゃないんでな」
「ああそう……」
克己はため息を吐いて、目を閉じた。麻里奈に殴られて気絶してる間に、少しは眠れたのか、頭は少しだけスッキリしている。
すると、譲がポツリと言った。
「麻里奈じゃないが、過去は過去だ。変えられるモノでも、無くなるモノでも無い」
克己が目を開けて譲を見ると、譲はどこか遠くを見ていた。
「俺たちに出来るのは、今、この先をどうするかだけだ。後悔も、悔しさも、全てを引き連れたままな」
どこか自分に言い聞かせているような譲の言葉に、克己は口を挟めない。
「なんて、俺が言えた義理じゃ無いがな」
譲が席を立ちあがるのと同時に、部屋にノックの音が響いて、るいざが入ってきた。
「克己、ご飯持ってきたわよ」
「あ、ああ」
「って、お邪魔だった?」
「いや。メディカルチェックも問題が無かったからちょうど良いタイミングだ」
「そう?」
るいざは配膳台を押して、克己のベッドのところへ来る。そんなるいざに、譲は湿布を渡すと、言った。
「額にたんこぶが出来ているから貼ってやってくれ」
「麻里奈は無事だったのに? よっぽど凄い力で頭突きしたのね」
るいざは笑いながら、克己のベッドにテーブルを用意する。
「食事が終わったら、部屋に戻って良いから。特に制限は無しだ」
「そう。良かったわ」
そう言うと、るいざはご飯の準備を始める。それを横目に、譲は部屋を出て行った。




