42.麻里奈の怒り爆発
諸々の報告と伝達を終えて譲がテントを出ると、麻里奈が車を回して出入り口のすぐ側で待っていた。
「乗って!」
「ああ」
るいざが後部座席のドアを開ける。
譲はそこから車に乗り込んだ。
「ESPセクションへ帰れば良いのよね?」
「ああ。頼んだ」
「任せて」
そう言うと、麻里奈はアクセルを踏んだ。
「麻里奈。後ろ明るくしても良いかしら?」
「構わないわよ」
麻里奈の返事を確認して、るいざは後部座席の照明をつけた。
そして救急箱を取り出し、譲を改めて見る。譲の傷は、よく見ると頬が切れているだけではなかった。ナイフが振り下ろされた時にかすったのだろう。ワイシャツも大きく切り裂かれ、鎖骨と胸にも切り傷が続いている。が、こちらはごくごく軽いものである。
「本当に、ごめんなさい……」
「るいざのせいじゃない。今回は任務が思ったより重かったからな。俺の作戦ミスだ。気にするな」
そう言うと、譲は自分で救急箱を開ける。
るいざは慌てて救急箱の中から、消毒液とガーゼ、傷口シートを取り出し、譲の頬を自分の方へ向けさせた。
ハンカチを取り、傷口を確認すると、頬が10センチ近く、切れている。深さは思ったほどではないが、浅くも無い。
消毒液をガーゼに含ませ、傷口を拭うと、譲が小さく声をあげた。
「っ!」
しみて痛かったのだろう。ざっと傷口の周りを拭っている間にも、新しい血が溢れて傷口が上手く観察出来ない。
「縫った方が良いかもしれないけど……」
「大丈夫だろ。適当にシートを貼っておけば、そのうち治る」
「傷口が広いから、変にくっつくと痕が残るわよ?」
「別に残ってもかまわないだろ。傷の一つや二つ」
「私が構うわ」
見る度に気にするのは、るいざも嫌だ。
ひとまず血を何とかしないと、貧血になってしまう。るいざは半ば強引に傷口シートを貼り付けると、シャツのボタンを外す。シャツは切り裂かれていたる上に血で真っ赤なので、もう着られないだろう。
譲は疲れが出てきたのか、限界なのか、うとうとしはじめていて、るいざのする事に無抵抗だ。これ幸いと、るいざは譲の鎖骨と胸の傷も軽く消毒すると、傷口シートを貼った。
「譲。一応終わったわよ」
「Thanks。悪いがちょっと寝る」
「はーい」
譲はすぐに後部座席に身体を預けて、意識を手放す。
るいざは後部座席の照明を消すと、小さくため息を吐いた。
そんなるいざに運転しながら麻里奈が聞く。
「傷、治りそう?」
「もしかしたら残るかも」
「そう……」
麻里奈はそう言うと、アクセルを踏み込んだ。
「譲のキレイな顔に傷をつけるなんて」
麻里奈の言葉にるいざが驚く。
「麻里奈は、譲の顔に興味が無いのかと思っていたわ」
「興味っていうか、キレイなものは好きなだけよ。だって、潤いになるじゃない」
「そうね。心の潤いになるわね」
恋とかそう言うものとは全く別の感情で、キレイなものが好きなのは解るし同じなので、るいざも同意する。
「だから、その原因には天罰を下さないと!」
麻里奈はそう言うと、帰り道を急いだ。
ESPセクションに戻ると、夜遅いにもかかわらず、ゲートフロアで憲人が出迎えてくれた。
「お帰りなさい――って、譲!? どうしたの!?」
「私を敵から庇って……」
「だからるいざのせいじゃないってば。それより憲人、克己は今どこに居るの?」
「え? 多分コンピュータールームだと思うけど」
と、真維がふわりと現れた。
『コンピュータールームにまだ居るわ。もう、ガツンとやっちゃって! 私の大切な譲の顔に傷をつけるなんて許さないわ!』
「任せて! 麻里奈ちゃんにお任せよ!」
そう言うが早いか、麻里奈はエレベーターに乗り込み1人で下に降りていってしまう。
「ちょっと、麻里奈!? 何する気!?」
慌ててるいざが追おうと、エレベーターの下のボタンを押すが、エレベーターは3階までノンストップで降りていってしまう。
仕方なく、次のエレベーターに乗って、るいざ、譲、憲人の3人はコンピュータールームへ向かう。ゲートフロアに来るエレベーターは一台しかないので、待つ以外に選択肢は無かったのだ。
るいざと憲人は小走りでコンピュータールームへ急いだ。すると開いているドアから麻里奈の声が聞こえた。
一足先にコンピュータールームに着いた麻里奈は、勢い良くコンピュータールームのドアを開け、中に入る。
すると、ぼんやりと座っている克己の後ろ姿が目に入る。入ってきた麻里奈を、見もしないし何も言わないその姿に、麻里奈はブチ切れた。
「いい加減にっ……」
走って克己の襟首を掴むと、麻里奈は勢い良く克己の頬を――。
「しなさーーーーい!!!」
拳で殴りつけた。
完全に油断していたのと、この所全く食べず、飲むのも最低限だった克己は、麻里奈の全力のパンチに後ろに転がる。
「いっ、て~……」
「いい大人がいつまでもうじうじして引きこもって! 話し合いがどうだったかは知らないけど、いい加減にしなさいよね!!」
その言葉に、起き上がり掛けていた克己は俯く。
「話、は……、俺は取り返しのつかないことをしたんだ……」
「だから何よ!?」
「だから何って……」
「あのね、後悔するだけなら誰でも出来るのよ! 克己が後悔したいなら好きなだけすれば良いわ! ただし、人に迷惑のかからない方法でね!」
麻里奈は克己を怒鳴りつける。
「生きてて、人と関わってれば、取り返しのつかないことの一つや二つ、誰だってするわよ! だからって、後悔してても何にもならないでしょ! 後悔するくらいなら、過去に戻って過去を変えてやるくらい言ったらどう!?」
「いや、それは……」
「それが出来ないなら、これからを変えるように努力するしかないでしょ! だいたい、こんな風に閉じこもっているから、余計に取り返しがつかないことになるんじゃない!」
「まさか、アメリカ連合軍が攻めて来たのか?」
「アメリカ連合軍かは解らないけど、任務はあったわよ」
「何で? 知らないんだけど」
「『何で』ですって!?」
麻里奈は克己の胸ぐらを掴むと、克己の頭に勢い良く頭突きした。
「何でかは自分の胸に聞いてみるのね!」
「いっ……」
「アンタの痛みなんて些細なもんよ! 譲なんて思いっきり怪我したんだから!」
「え。それってどういう?」
克己がコンピュータールームの入り口を見ると、そこにはるいざと憲人、そして血塗れの譲の姿があった。
克己は慌てて立ち上がり、よろけながら入り口へ行こうとして、麻里奈に腕を掴まれた。
「何をっ?」
「今の克己に譲を心配する資格は無い!!」
そう言うと、麻里奈は再度、克己を思い切り殴った。
今度は当たりどころも良かったのか、克己は数歩よろけて、そのまま意識を失って倒れた。