34.4人の朝食
翌日、譲は自室のベッドで目を覚ますと、まず真維を呼び出し、聞いた。
「克己はどうした?」
『まだコンピュータールームに居るわ』
「そうか」
どうやら今日はコンピュータールームに行けそうもない。まあ、この施設内なら、どこにいても同じように真維の機能は使うことが出来るからかまわないが。
ただ、自室に戻ることすらしてないのは少々気になる。だが、もう少し放っておくべきだろう。昨日の今日だ。
譲はベッドを出ると、バスルームへ向かった。
るいざが朝食の準備をしていると、珍しく譲が一番にテラスに現れた。
シャワーを浴びた後らしく、髪から水が滴っているが、譲は気にした様子もなくキッチンのカウンターからるいざに話しかけた。
「コーヒー」
「はいはい」
るいざはコーヒーメーカーにセットされているサーバーを取ると、マグカップへコーヒーを注いだ。
「はい、どうぞ」
「牛乳はあるか?」
「あるわよ。ちょっと待ってね」
るいざは冷蔵庫から牛乳を出すと、そのまま譲に渡した。
「ついでにテーブルに持って行って。あとこれも持っていってテーブルを拭いてちょうだい」
「……」
譲は面倒そうな顔をしたが、仕方なく台ふきと牛乳を受け取り、テーブルへと向かった。
「あ、そういえば」
「まだ何かあるのか?」
「ううん。克己は朝食、食べるのかしら?」
「まだ無理だろう」
「そう……」
るいざの表情が沈む。それを横目に見て、譲はテーブルを拭くと、そのまま椅子に座りコーヒーを飲みながら、ウィンドウを立ち上げた。
日課の、タスクチェックをしていると、ふと、忘れている項目に気付いた。
というか、それどころではなく後回しになっていた項目だ。
譲は少し考え込むと、ウィンドウを切り替え、憲人のバイタルデータを表示した。これは病み上がりの時のデータだが、やはり能力反応が高い。
「もう一度チェックして、高ければ適正診断をした方が良いかもしれないな」
譲は一人呟くと、次にメールチェックをしていく。
譲のところへ来るメールは多い。いつもの緊急メールの他に、通常の日再の課長クラスへの日報や、お知らせ、日再全員向けの広報メール等の他に、第七シェルター宛のメール、そして譲個人に宛てた仕事関係のメールや個人的なメール等、雑多に来る。特に、譲個人に宛てた、譲は覚えていない人間からのメールが一番邪魔だ。が、最近それが増えている気がしてならない。
内容も、どうもきな臭い物が増えている。
おそらく、中野の体調不良と関係があるに違いない。中野の描いたbestの組織図がどこからか漏れているのではないかと、譲は踏んでいた。
「迷惑だな……」
ざっとメールを流し読みして、不要な物はすべて削除する。
と、譲の前に目玉焼きの乗った皿が置かれた。
「難しい顔してどうしたの?」
るいざが譲を見て聞いた。
「メールが面倒だと思っていただけだ」
「面倒って。重要な物もあるんでしょ?」
「ほんの一握りだけだな。ほぼゴミばかりだ」
「そう思って見るから、見落とすんじゃないの?」
「それはあるかもしれない」
が、反省はしていないので、教訓にはなっていない。
るいざは呆れた顔をして、食事を運ぶためにキッチンへと戻っていった。
すると、そこへちょうど、麻里奈と憲人が姿を見せた。
「おっはよー!」
「おはよ」
「おはよう」
麻里奈は元気良く挨拶をすると、キョロキョロと克己が居ないのを確認だけして、特に聞くでもなく、そのままキッチンへと向かっていった。
「るいざ、手伝うわよ」
「ありがとう。でももう料理は出来てるから、後は運ぶだけよ」
「そっか。もう少し早く来れば良かったわね」
麻里奈はそう言うと、トレイに皿を乗せて手際良く運んでいく。
憲人もそれに倣って、手伝おうとキッチンへ向かい掛けたが、譲に呼び止められた。
「憲人。お前はちょっとこっちに来い」
「え?」
「もう一度メディカルチェックをしたい」
譲の言葉に、憲人が首を傾げた。
「もう、治ったんじゃなかった?」
「治って安定してる。だから見たい数値があるんだ」
「良く解らないけど、医務室へ行けば良いの?」
「そうだな。それが一番早い。朝食の前に済ませてしまおう」
譲が憲人を連れて歩き出したので、るいざと麻里奈が目を丸くして言った。
「もう、朝ご飯よ?」
「メディカルチェックだけだからすぐ戻る。先に食べててくれ」
「食べてからじゃダメなの?」
「食事中に分析した方が、時間のロスが少ない」
「解ったわ。冷めないうちに戻ってきてね」
「ああ」
譲はそう言うと、憲人を連れてさっさと医務室へ向かった。
医務室に着くと、譲は憲人に円形の装置に乗るように言った。
「靴のままでいい。服もそのままで構わない」
「こう?」
憲人が機械に乗ると、システムは既に起動していたらしく、輪っかのような物が頭の上まで上がって降りた。
「OK。もう戻って良いぞ」
「え、もう?」
「ああ。俺も戻るしな」
装置は特に片付けなどいらないらしく、譲はさっさと部屋を出ていこうとしたため、憲人は慌てて追いかけた。
そうして、ものの数分で戻ってきた2人に、るいざと麻里奈の方が驚く。
「おかえりなさい。早かったわね」
「うん。俺もビックリした」
「まあ、冷めなくて良かったわ。それじゃ、食べましょう?」
「お腹空いた~」
麻里奈がさっさと椅子に座ると、手を合わせる。
それに倣って、全員席に着いた。
「いただきます」
こうして、4人の朝食は始まったのだった。