33.後悔
一方、克己は、コンピュータールームで座ったまま、動けないままでいた。
まさか、叶と詩愛がアメリカでそんな事になってるなんて、思ってもみなかった。
叔母に引き取られた後、幸せとは言わなくても、それなりの暮らしはしていると思っていた。それまでに会ったことがある叔母は良い人で、面倒見も良く優しい人だった記憶がある。心臓が弱く、異国の地で暮らす母を、いつも気にかけてくれていた。叔父も、直接血は繋がっていないが、克己たちの事を気にかけてくれ、父親が仕事で長期で居ない時など、キャンプに連れて行ってくれたりもした。それが、まさか、こんな事になっていたなんて。
それに、母さんの具合がずっと悪かったなんて、克己は知らなかった。
恐らくあの母のことだ。克己に心配をかけまいと、嘘を突き通したに違いない。母は、とても優しい人だったから。
そんな事にも気付けなかった克己は、子どもで、自分の事しか考えていなかった。
考えてみれば、叔母と連絡が取れなくなったのがおかしいと、今なら解る。
いくら向こうもこっちもゴタゴタしていたとしても、音信不通になどなるはずがないのだ。あの時点で、克己はアメリカに帰るべきだった。いや、そもそも母さんと一緒に父さんを引き取りに行くべきだった。
いや、それよりも、父さんを止めるべきだった。どうしてあの時の克己は、両手を挙げて賛成したのか。
戦争が身近になって解った、恐さ。
あの頃の克己は、本当に子どもだったのだ。
そして、もし、叔母と音信不通になった時点でアメリカに帰っていたとしても、叶と詩愛と出会える可能性は低かった。雲隠れした家族を捜せるほど、アメリカは狭くはない。
と、ふと思い出す。確か叔母のところにも、子どもが居たはずだ。克己より少し年上の兄と妹の2人兄妹だった。だが、彼らは高校を卒業するより早く、自宅を出ていた筈だ。
当時は理由が解らず、克己は聞いただけだったが、今なら解る。恐らく叔父は、叶や詩愛だけでなく、実の子どもにも暴力を振るい、性行為を強要したのだろう。
そこから逃げるために、従兄妹は家を出たのだろう。
今なら理解出来る。
そして、少し考えれば、叶と詩愛の事も予想も出来る。
それがなおさら、克己を苦しめた。
全く知らなければ、解らなければ、克己は被害者面もできただろう。
けれど、そうするには、克己は大人になりすぎてしまった。
「これはなかなか、くるな……」
自分が今感じている苦しみなんて、当時の叶と詩愛からしたら、ちっぽけなものだろう。
そもそも克己に、そんな権利なんてあるのか――。
『ソイツは、俺達を見捨てたんだ』
叶の台詞が蘇る。
確かにその通りだ。
克己に言い訳なんか出来なかった。
克己は、叶と詩愛を見捨てたのだ、知らないうちに。
でも、知らないことが理由になると思うほど、克己は子どもではなくなってしまった。
克己が少しでも違う選択をしていたら、この状況は防げたかもしれない。
過去を悔いても何も出来ないが、少なくとも今は、それしか出来そうもない。
結局克己は、どこまでいっても自分のことで手一杯で、他人のことなんて考えられない人間なのだ。
自己嫌悪と後悔と情けなさで、克己の目から涙が零れた。
自分に泣く資格など無いとわかっているのに、涙は止まらない。
「っ……」
克己は嗚咽を呑み込んで、ずっと動けないまま、涙をこぼしていた。
どうしたらいいか解らない。
このままじゃ、前にも後ろにも進めない。
誰かに縋りたい気持ちすら浮かぶ。
「そうじゃないだろ……」
克己は、キツく目を閉じて、手のひらを握り締めた。
爪が食い込んだ手のひらから、ポタリと血が床に落ちた。
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