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32.冷たい紅茶

 譲がテラスに行くと、そこにはるいざと麻里奈、そして憲人が揃っていた。

 一応、テーブルの上にティーセットはあるものの、誰も手をつけていない。


「通話、終わったの?」


 譲の姿を見つけて、るいざが聞いた。


「ああ。一旦終わった」

「一旦?」

「とてもすぐに結論が出る内容じゃ無かったからな。克己も話が出来る状態ではなくなったし、向こうの話を全部聞いて、一度通話を終了した」

「それって……」


 るいざが心配そうな顔になる。


「あと、克己は夕食はいらないそうだ」

「……そう」


 るいざは俯いて、冷めた紅茶をじっと見つめる。

 すると、同じく心配そうな顔をした麻里奈が聞いた。


「ねえ、譲。話の内容は教えてくれないと思うから聞かないけど、仲直りは出来そうなの?」


 すると譲は珍しく険しい顔をした。


「難しそうだな」

「そうなんだ……」


 そう言うと、麻里奈も視線を落としてしまう。


「私、余計な事をしちゃったかしら……」


 ポツリと言ったるいざの言葉を、譲は否定した。


「それは無い。遅かれ早かれぶつかる問題だ」

「でも……」


 るいざは俯いたまま、唇を噛んだ。

 憲人はそんなるいざと麻里奈の様子を見て、オロオロしている。譲はテーブルの中央に置かれたクッキーを摘まむと、るいざに言った。


「るいざ、俺にも飲み物をくれ」

「え? あ、うん……。ちょっと待ってね」


 譲に言われて、るいざはのろのろと席を立つ。


「ちょっとは自分でやったら?」


 麻里奈がるいざに同情して、譲に物申すと、譲は空いている椅子に座りながら言った。


「どうせ当事者以外には、何も出来ないんだ。それならただ落ち込んでるより、何かしてる方が良いだろ」


 それが、譲なりの気の使い方なのか、ただの方便なのかは分からなかったが、麻里奈はそれ以上は言わなかった。

 るいざはキッチンでお湯を沸かしているようで、せわしなく動いているのが見える。身体が覚えている行動だから、火傷したりはしないと思う。

 少しすると、新しいティーポットと、カップとソーサーを持って、るいざがキッチンから出てくる。

 そして、譲の前にカップを置くと、温かい紅茶を注いだ。


「結果はどうあれ、通話させてくれてありがとう。譲」

「どういたしまして」


 るいざが礼を言うと、譲は何でもない事のように答えた。

 これで、いい結果に落ち着いていれば、もう少し譲の気分も明るくなるのだが。

 しかし、克己と一緒に落ち込む訳にもいかない。と言うか、当事者でもないのに、横から首を突っ込んで、落ち込むほど厚かましくはない。


「しばらく、克己は任務から外す」


 譲は紅茶を飲みながら言った。

 今の精神状態でESPを使ったらどうなるか、想像に容易い。


「そうね。それが良いと思うわ」

「私もそう思う」


 るいざと麻里奈も同意する。

 アメリカ連合軍戦だけでなく、全ての戦闘で克己のテレポーテーションとシールドが使えないのは不自由だが、克己自身には変えられない。


「せっかくだから、農作業でこき使ってやれ」

「え、いいの? 人手は大歓迎よ」

「どうせ暇だろうから、良いんじゃないか?」

「でも、独りで考えたいかもしれないわよ?」


 るいざが克己に気を使って言う。気を紛らわすのも一つの方法だが、その前に1人になる時間が欲しい事もある。


「無理に誘わなければ良いだろ」

「……そうね」


 るいざは納得すると、冷たくなった紅茶を一口飲んだ。


「まあ、自分からここに顔を出すまでは放っておいてやれ」

「わかったわ」


 麻里奈がコクリと頷く。

 そして、気を取り直して紅茶を一気飲みすると、新しく温かい紅茶をティーポットから注いだ。


「せっかくのソフィアのクッキーを、難しい顔して食べてちゃもったいないわよね」

「そうだな。そういえば今日の夕食は何なんだ?」

「お蕎麦にしようと思ってるわ。もうつゆは作ってあるの」


 るいざが答える。


「譲が夕食を気にするなんて珍しいわね」

「たまにはな」

「何かリクエストでもあった?」

「いや。強いて言うなら出汁巻き玉子が食べたいと思っただけだ」

「そのくらいなら、作れるわよ」

「なら頼んでも良いか?」

「任せて。でも、すぐに出来るから、もう少しだけここでお茶するわ」

「ああ」


 るいざは小さく息を吐くと、顔を上げて、クッキーへと手を伸ばした。






 結局、夕食は掛け蕎麦に、出汁巻き玉子、白菜の煮物、ブラウニーというメニューになった。

 いつも沢山食べる克己が居ないので、テーブルの上がどことなく寂しく感じる。

 と、るいざが思っていたら、麻里奈が言った。


「譲が蕎麦を食べている姿に違和感を感じるのは私だけ?」


 どうやら麻里奈は完全に気持ちを切り替えていたようだ。

 そんな麻里奈の言葉に憮然として、譲が言った。


「俺が何を食べようと、俺の自由だ」

「それはそうなんだけど、見た目があんまり日本人っぽくないから」

「日本人しか蕎麦を食べないという思い込みを訂正すべきだな」

「確かに! その発想は無かったわ!」


 すると、憲人が首を傾げて聞いた。


「そういえば、譲は日本人じゃないの?」


 外見は大人になってきていても、まだ精神面は大人まで行っていない憲人の純粋な問に、麻里奈とるいざがおそるおそる譲を見る。

 しかし、譲は気にした風もなく、出汁巻き玉子を食べながら答えた。


「国籍は日本だ。俺を引き取ってくれた義理の父親が日本人だったからな」

「引き取って? その前は?」

「その前は俺にも解らん。義父はそのあたりのことを俺に伝えなかったからな」


 淡々と、事実を話す譲に、麻里奈とるいざがホッとする。密かに地雷な話題だったらどうしようかと思っていたのだ。


「案外、私みたいに孤児だったりしてね」


 るいざが言うと、譲も頷く。


「その可能性が高いな」

「だとすると、国籍は日本でも、外国人の可能性もあるのね」


 麻里奈が言った。譲は、それに頷いて答えた。


「当時ドイツに居たらしいから、ドイツ人かもしれないな。まあ、顔立ちはともかく、若く見られるのは日本人と共通しているが」

「確かに。憲人と同じくらいに見えるわよね。16~17歳くらい?」

「麻里奈には言われたくない……」


 憲人が小声で言った。麻里奈は良くて中学生、悪くて小学生に見えるからだ。

 が、それを気にしている、自称大人の女性の麻里奈は、憲人の頭を軽く叩く。


「失礼ね! レディに対しての態度がなってないわ!」


 ちゃんと教育し直さないとと呟く麻里奈に、るいざが苦笑すると、ようやく場の空気が少し和む。

 克己の存在はムードメーカーでもある。

 その彼の一大事ということはみんな解っているようで、どこか、気を張っていたのだ。

 るいざも、まさか通話の結果がこうなるとは思っていなかっただろう。むしろ、良い方向に変わることを期待していたに違いない。

 その事で責任を感じなければ良いがと、譲は考えていた。

 克己の問題はあくまで克己の問題で、るいざに干渉出来るたぐいの物ではない。

 自分と他者との境界線と割り切りが上手く出来ることを祈るのみだ。

 譲はつゆを一口飲むと、デザートのブラウニーを引き寄せた。

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