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31.通話②

『ソイツは、俺達を見捨てたんだ』


 叶の言葉に、克己が唇を噛む。

 そう思われているのではないかと、ずっと心のどこかで思っていた。

 沈黙したままの克己に、譲は仕方なく話を続ける。


『すまない。前後の経緯が解らないから説明してくれないか?』


 すると叶は、言葉を探すように口を開いては閉じるを繰り返す。そんな叶を見かねて、比較的冷静な詩愛が口を開いた。


『兄さんに変わって、私が説明しても良いかしら?』

『OK』


 譲にあっさり許可されて、詩愛はおずおずと話し出した。


『貴方がどこまで知ってるか解らないから、最初から話すと、私達は家族全員、アメリカに住んでいたの』


 譲は頷いて先を促す。


『アメリカ人の父と日本人の母の間に産まれたのが私達3人。父の職業は戦場カメラマンだったわ。でも、私達が子どもの頃は、父は普通のカメラマンとして働いていて、その関係で日本に渡ったの。私がまだ5歳の頃の話よ』


 克己はその頃の事は良く覚えている。当時克己は12歳で、子ども心に、父の代わりに家族を守らないとと思ったのだ。


『それから、3年経って、今度は克己兄さんが日本に留学したの。兄さんは凄く反対していた。でも、母に説得されて、しぶしぶ克己兄さんを見送った』


 そのあたりの記憶は、克己の中では曖昧だ。特に叶とは、ほとんど話をしていなかった気がする。母さんが賛成してくれていたから、家族全員に賛成されている気になっていたのかもしれない。まだ見知らぬ日本に心を奪われていたのかもしれない。


『その後、ずっと兄さんは、克己兄さんへの恨み言を言ってた。私も置いていかれたって思った。母は違うって言ってたけど、克己兄さんは私達を見捨てたんだって思ってた』

『それは――』


 誤解だと伝えようとした克己を、譲が制する。ひとまず、向こう側の話をすべて聞きたかった。

 詩愛は克己をちらりと見たけれど、続きを話し出した。


『克己兄さんが家を出てから、母の具合は目に見えて悪くなった。元々心臓の弱い人だったけれど、10歳の兄さんと8歳の私を立派に育てないとって、無理してた』


 克己の知らない母の話。克己が電話で連絡するときは、いつも元気だったから、大丈夫だと思っていた。


『そんな中、父は何を思ったのか、戦場カメラマンとして戦地へ赴き、殉職したわ。そして、遺体を引き取りに行った母も、きっと限界だったのね。向こうでそのまま亡くなったわ』


 詩愛は克己をじっと見た。


『私達はどうして克己兄さんが父を止めてくれなかったのか、母と一緒に行ってくれなかったのかって思ったわ』

『……』

『その当時、12歳だった兄さんと10歳だった私は、父の姉に引き取られた。けど、そこでの生活は酷いものだったわ。私達は着る物はおろか、食べ物すらまともに与えられなかった。それに、旦那の方はアルコール中毒で、暴力だって日常茶飯事だったし、酷いときは性的な暴力だって受けた』

『っ……!!』


 克己が弾かれたように詩愛を見る。


『兄さんは、全く連絡もくれない、帰っても来ない克己兄さんはもう、私達のことなんか捨ててしまったんだって言った。でも、私はいつかきっと克己兄さんが助けてくれるって思ってた』


 詩愛の目から涙が零れた。


『でも、兄さんは来なかった』


 そこまで話して、言葉に詰まってしまった詩愛に変わり、今度は叶が口を開いた。


『大戦後も酷いモンだった。あの人たちは詩愛の身体を売って、食べ物を手に入れていた。それでも、俺達にその食べ物が回ってくるのは稀だった。そんな中、あのウイルスが流行ってくれたおかげで、俺達はやっと自由になれた』


 叶は暗い笑みを浮かべた。


『けど、自由になっても、大戦後のシェルター暮らしじゃ、どこへも行けなくて、俺達を守ってくれる人も居ない状態で、必死で生き延びた』


 叶は克己を憎しみが籠もった目で睨んだ。


『そんな中、俺は特殊能力に目覚めた。そしたら、今まで俺達をバカにしていたヤツらの態度が変わった。突然媚びへつらうようになったんだ。それに、軍までやってきて、俺をスカウトしていった』

『兄さんは、身の安全と、私と一緒というのを条件に軍に入った』

『だから、アメリカ連合軍には感謝してるし、アンタには憎しみしかない』


 叶が克己を睨み付ける。

 その話を聞いて、克己は自分の事で手一杯だった過去を悔いた。


『たまたま攻めた病院で、アンタと会ったときは運命かと思った。まさか、この手で殺せるなんて思わなかったから、神に感謝したさ。まさか、まだ生きてるなんて思わなかったけど』

『その後、私も特殊能力に目覚めて、今は2人でアメリカ連合軍で、食べるのにも眠る場所にも困らず暮らせているわ』

『……ははっ……そうか』


 克己の目から涙が零れた。それが、後悔から来るのか、情けなさから来るのか、それとも他の感情からなのかは、克己には分からなかった。


『アメリカとか日本とか関係無く、アンタは憎むべき敵だ。必ず俺の手で殺す』


 叶ははっきりとそう言った。


『私も、兄さんに賛成するわ。私の力じゃ戦闘は出来ないけど、克己兄さんに裏切られた事は忘れられないから』


 詩愛もはっきりとそう言った。


『……そうか』


 克己は力無く俯いた。そして、それきり黙ってしまう。

 これ以上通話しても、進展は無いだろう。

 譲はそう判断すると、今回の通話はこれで終わりにする事にした。


『沙月、今回はここで終了にしよう。これ以上は意味がない』

『そうだね。叶と詩愛は言い残したことは無い?』


 2人はコクリと頷くと、俯いてる克己をチラリと見て、ウィンドウを閉じた。


『じゃ、譲、またね~』

『今回はThanks』

『貸しだかんね』

『わかってる』

『じゃ、お休み~』


 そう言うと、沙月もウィンドウを閉じて、通信は終わった。

 譲は思った以上に重かった内容にため息を吐くと、克己に歩み寄った。


「大丈夫か?」

「…………」


 俯いた克己から、返事は返ってこない。

 当然だろうと譲は思い、コンピュータールームの出口に足を向けた。


「お前の分の夕食はいらないと、伝えておく」

「……ああ」


 うなだれる克己を残して、譲はコンピュータールームを出た。

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