30.通話①
午後2時45分、コンピュータールームに居たのは克己と譲だけだった。るいざと麻里奈、憲人は話の邪魔にならないよう、気を利かせて席を外していた。
譲は開いていたウィンドウの1つに通話要請のアラームが表示されたので、それに応じる。
すると、新しいウィンドウが開き、パジャマ姿の沙月が表示され、こちらに手を振った。
『譲、こん~』
『まだ時間になってないぞ。どうしたんだ?』
『アイツらがくる前に、譲と話でもと思ってさ。いつも落ち着いて話せないだろ? 周りの目もあるしさー』
今日は私的な通話なので、沙月は普段とは雰囲気が大分違う。と言っても、克己が沙月を見たのは一度きりだが。
そして、通話の言語も最初から英語だ。
沙月はちらりと克己を見たが、特に気にはならなかったようで、譲に向かって話しかけた。
『勧誘は置いといてさ、日本はどうよ? 食事美味しい?』
『ああ。今いるシェルターは美味い』
『譲が言うくらいだから、相当だね。アメリカは結構恵まれてて、量はあるけど、ジャンクフードが多いんだよね』
『だろうな。少し肉付きが良くなったんじゃないのか?』
『マジで? ヤバいな。少し絞らないと』
『お前はまだ成長期だろ。変なダイエットをすると身体を壊すぞ』
『心配してくれるんだ?』
『一応な』
目の前で繰り広げられる親しげな会話に、克己は驚いて目を丸くした。これで、戦闘時は敵同士で殺し合ってるんだから、割り切り方が凄いというか、何というか。
『それより、今は1人暮らしなのか?』
譲が沙月に聞くと、彼は少し考えて言った。
『身内はもう居ないよ。今はアメリカ連合軍のシェルター暮らし』
『ウイルスか?』
『そうそう。助かったよ~。アレがなかったら俺が殺してるとこだったもん』
『平和的に解決出来て良かったな』
『譲のおかげでもあるんだよ? メッチャ感謝してる』
『いけない遊びを教えただけな気がするが?』
『あはは! まあね!……っと、来たみたいだ。ちょっと待って』
ウィンドウから沙月が消える。
来たというのはおそらく叶と詩愛だろう。
克己が緊張した顔をする。
と、何やら問答している声の後、沙月が戻ってきた。
『お待たせ~』
にこやかな沙月が、ウィンドウを2つ開いた。一つはふてくされた表情の男で、もう1人はオロオロしている女性だ。
『そっちの人――克己だっけ? は、知ってると思うけど、一応紹介するね。こっちが、克己の弟の叶で、こっちが妹の詩愛』
紹介された叶は無言でふてくされている。沙月に何か不本意な手を使われてこの場に来させられたのだろう。
一方、女性の方は兄の様子にオロオロしつつも、克己を見て涙ぐんだ。
『……あの、……こんばんは?』
何と言っていいか分からなかったのだろう詩愛が、小さな声で挨拶する。
それに、克己が反応した。
『詩愛、なのか?』
克己の記憶にある詩愛は、まだ10歳に満たない少女だった。それが、今目の前に映し出されているのは、すっかり美人に育った立派な女性だ。面影があるから、詩愛だと解るが、つい確認してしまう。
『そうよ。詩愛よ。……克己兄さんなのよね?』
詩愛の記憶の中の克己と今の克己は、そう変わっては居ないが、時が流れすぎていることと、子どもだったこともあり記憶が曖昧だ。
『そうだよ。2人とも生きてて良かった……』
克己の言葉に、ピクリと叶が反応した。
『生きてて良かったって、それ、本当に思ってるのか?』
『兄さん――』
詩愛が叶を止めようと叶を呼ぶ。が、叶は構わず言った。
『俺はアンタを兄だなんて思わない。アンタなんか、死んでれば良かったんだ』
言い捨てて席を立とうとした叶を、沙月がPKで止める。
『クソッ、離せよ! 俺はコイツと話すことなんか無い!』
叶の言葉に、二の句が告げない克己に変わって、譲が仕方なく口を開いた。
『お前達の関係をとやかく言う気は無いが、とりあえず状況を説明してくれないか?』
『アンタ誰だよ?』
叶は譲をジロリと睨む。
『随分顔が良いな。もしかして克己の彼女か?』
『それは無い』
あっさりと、譲と沙月が否定する。
『てか、ソイツ男だぞ』
『えっ!?』
沙月の言葉に詩愛が驚いて声を上げる。
譲は不本意な扱いに憮然としながら、言った。
『余計な話は良いから、何があったか説明しろと言っているんだ』
『なんで、何の関係もないアンタにそんな事を言わなきゃいけないんだ?』
反論した叶に、譲ではなく沙月が言った。
『叶。譲を敵に回すことだけは避けた方が良い。普通に聞かれているうちに答える方が身のためだよ』
『こんな女みたいなヤツに何が出来るって言うんだ!?』
『ちょっと、兄さん、言いすぎ……』
『沙月。売られた喧嘩は買っても構わないか?』
『俺に止められるとは思ってないよ』
『良い覚悟だ』
譲は沙月を褒めると、叶に向かってテンプテーションと、脳波干渉を展開した。
『それで、なにがあったんだ?』
再度譲が聞く。
今回はバレないように能力を展開する必要など無いから、最初から出力は高めだ。
叶の脳内で譲の言葉がこだまする。
叶も詩愛も、距離があれば能力なんか使えないと油断していたのが、間違いだった。
譲の力は、通話で繋がっていれば干渉可能なのだ。もちろん、沙月はそれを知っているから、譲を本気で怒らせることはしない。
『叶』
名を呼ばれて、ピクリと叶が反応する。
そして、口を開いた。