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29.通話準備

 譲はコンピュータールームに入ると、いつもの定位置ではなく、前の方の中央の椅子に座った。普段は立ったまま作業していることが多いので、後方の広いスペースに居るのだが、今回は時間がかかる事を見越して、座って作業をする事にしたのだ。


「アメリカ連合軍、か」


 今時、ネットワークが繋がってない場所は無い。だが、それと侵入出来るかは別の問題だ。アメリカ連合軍は日再ほどセキュリティーがザルではない。多分。


「真維」

『はーい。待ってたわ』

「楽しそうだな」

『だって、初めての戦闘だもの。腕が鳴るわ』


 真維にとっては、ネットワークの方が戦場だ。はからずしも、初陣になってしまった。

 それにしても、どうしてうちの女性陣はこうも強いのか。譲はため息をついて、ウィンドウを立ち上げた。






 夕食に姿を見せなかった譲に、るいざはいつものように文句は言わず、嬉々として差し入れを作っていた。


「食う余裕、あるのかな?」


 克己が聞くと、るいざはしれっと答えた。


「食べないなら、克己の夜食にしちゃって良いわよ。1日2日食事を抜いたところで、死ぬわけでもないし」


 いつもと言っていることが余りに違いすぎて、るいざの本気度が解り、克己は心で譲に同情する。まあ、同情するだけで、手伝えることは無いのだが。


「あ、せめてクッキーとスコーンも持って行ってやろう」

「そうね。じゃあ、チョコチップの入ったのも持って行って。脳は糖分を使うから」

「おー。んじゃ、後はミルクも持って行くか。向こうのヤツは終わりかけてた気がする」

「よろしくお願いね」


 克己がせめて何かしたいと思い、差し入れ係を申し出たので、るいざは食料をバスケットに入れて、克己に渡す。


「それじゃ、おやすみなさい」

「おー。おやすみ」


 休めるうちに休んでおかないと、突然任務があったときに困るので、るいざも麻里奈もこんな状況でも、ちゃんと寝ることにする。どうせ、譲の手伝いは誰も出来ないのだから、邪魔をするくらいなら休んでいた方がよっぽど良い。

 中央回廊でるいざと別れ、克己がコンピュータールームに行くと、譲がいつもと違う場所に居て驚いた。

 そして、入ってきた事に気付いてるかもしれないが、一応ドアをノックする。

 すると、振り向きもせずに譲は聞いた。


「何の用だ?」


 特に怒ってるわけでもない、平坦な声だ。どうやらるいざに無茶な頼まれ事をしたのを、不愉快に思っている訳ではなさそうだ。

 まあ、譲の事だから、嫌だったら作業自体していないだろうが。


「差し入れ。るいざから」

「……メニューは?」


 譲は手を動かしたまま、克己に聞く。


「パニーニと、ビーフシチューにサラダ、あとフライドポテト。それとクッキーとスコーン」


 すると譲はしばらく考える。いつもよりシンキングタイムが長いのは、目の前の作業にタスクを持って行かれているからだろう。


「パニーニとクッキーだけでいい。それと、ついでにそこのコーヒーを足しておいてくれ」


 克己が見ると、コンピュータールームに備え付けられているコーヒーサーバーは空になっていた。


「OK」


 とりあえず紙で包まれたパニーニと、トレイに乗ったクッキーを譲の手の届く場所のテーブルに置くと、克己はコーヒーフィルターを交換した。そして、ついでに豆も追加しておく。コーヒーメーカーが静かに動いてコーヒーのいい匂いが立ち上る。

 克己はこっちに置いてある自分のマグカップを引っ張り出すと、譲に聞いた。


「どうだ? 何とかなりそうか?」

「するしかないだろ?」

「まあな。今は何してんの?」


 コーヒーサーバーにコーヒーが貯まっていくのを見ながら克己が聞くと、譲はパニーニにかぶりつきながら言った。


「アメリカ連合軍のシステムへは入れた。ただ、この状態だと不安定すぎるから、どこかに巣を作りたいと、良い場所を探しているところだ」

「もう侵入できてるのか」

「入るだけならそんなに難しくはなかったな。セキュリティーの厳しい部分には今回はノータッチだし」

「いや、それでもすげーよ」


 コーヒーメーカーが止まったのを確認して、克己がコーヒーをマグカップへ注ぐ。ついでに譲のマグカップへも追加してやる。


「どちらかというと、問題はここからだ」

「そういうもん?」

「ああ」


 譲のマグカップにミルクも注ぎながら、克己はウィンドウを覗き込んだ。すると、いくつかのウィンドウはどこかの基地の内部をカメラで捉えている。恐らく、アメリカ連合軍の内部の様子だろう。

 譲は流れるプログラムを見ながら、パニーニを食べ終わり、残った紙を克己に押し付けた。


「集中するから、黙っていてくれ」

「OK」


 克己は押し付けられた紙を畳みつつ、邪魔にならないように譲から離れた。

 ここに居ても、邪魔にしかならないので、克己は残った料理を持って、部屋に戻る事にした。






 翌朝、譲は朝食に顔を出さなかった。

 4人でのんびり朝食を食べていると、るいざが言った。


「まだやってるのかしらね?」

「譲に限って寝落ちしてることは無いだろうから、まだやってるんじゃないか?」


 克己が言う。が、どことなく緊張した様子だ。

 麻里奈は気にせずのんびりと出汁巻き玉子を口に入れた。


「うーん、出汁の加減が絶妙で美味しいわ」

「そう? 良かったわ」


 今日の朝食は和食だ。ご飯、アサリのみそ汁、アジの干物、出汁巻き玉子、ひじきの煮物、漬け物に、デザートは桃だ。


「海産物が食べられるって、凄いよね」


 憲人がアジの干物と格闘しながら言う。


「本当よね。これも、麻里奈のおかげよ」

「自分が食べたかったからなんだけど、そう言って貰えると嬉しいわ」


 麻里奈は農村ブロックの2階の1ブロックを、海水にして、海洋生物を飼育していた。もちろん、譲には許可を取ってある。


「でも、そろそろちょっと手狭になってきたのよね」


 麻里奈はそう言うと、キュウリの漬け物をポリポリと食べる。


「でもこれ以上広げると、手が回らなくならない?」


 るいざが聞くと、麻里奈は頷いた。


「そうなのよ。さすがに実験的な物はジョンには頼めないから、自分でやるしかないし」

「メインの仕事は農業じゃないしな」


 克己が言うと、麻里奈が複雑そうな顔をした。


「そうなのよね。環境が整いすぎてるから、つい農業に精を出しちゃってるけど、本業はESPセクションの方なのよね」


 良い環境も良し悪しのようだ。

 と、そこにやっと譲が顔を見せた。


「おはよー」

「Morning」

「おはよう。進捗はどう?」

「一応、システム周りは固まった。あと、交渉も出来た。時差があるから、向こうが真夜中の午後3時に通話する事になった」


 その言葉に、克己は真顔になり、るいざは微笑んだ。


「凄いじゃない、譲。やっぱりやれば出来るものね! でも、誰と交渉したの?」


 譲は椅子に座ると、ぐったりとした様子で机にひじを付いた。


「沙月と」

「なるほど」


 るいざが納得する。と、克己が聞いた。


「沙月とってことは、叶と詩愛が通話に応じてくれるかは解らないんだよな?」

「それはほぼ確実に応じる筈だ」

「何でそう言い切れるんだ?」


 克己が聞くと、譲は言いたくなさそうに言った。


「沙月が面白がってたからな。アイツが面白がってるときはろくな事がない」


 酷い言われようだが、これで克己は弟妹と話が出来るようだ。

 緊張した表情で、箸を止めた克己に、譲が言った。


「システムの関係があるから、俺も同席する。いざとなったら力を使う。先に言っておく」

「そりゃ……」


 願ったり叶ったりなのか、余計なお世話なのか、克己には判断が付かなかった。

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