28.るいざの脅し
克己となにやら話していたるいざが、麻里奈達の方へ戻ってきたと思ったら、おもむろに譲の前のテーブルに勢い良く手をついた。いや、叩きつけたと言った方が正しいかもしれない。
憲人の診察を終えて、コーヒーを飲みながらウィンドウを操作していた譲は、突然のるいざの行動に、不審気に顔を見た。
「ねえ、譲。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「なんだ?」
「前に、真維って世界中のどこでも使えるって言ってたわよね?」
「――ああ。機能は制限されるが、どこでも使える」
突然のるいざの質問の意図が分からず、譲はとりあえず答える。
すると、るいざがニッコリ笑って言った。
「じゃあ、アメリカ連合軍の克己の弟妹と連絡を取ることも可能よね?」
「――……」
そうきたかと、譲は思った。
「真維を使用するのが可能なのは、アクセスキーを持っているのが前提だ。今、向こうに真維のアクセスキーを持っている人間は居ない」
冷静に譲が答えると、るいざは間髪入れずに口を開く。
「でも、情報収集は出来るんだから、繋がっては居るのよね?」
「そりゃ、今時ネットワークが繋がってない場所なんて無いが……」
「だったら、譲がその気になれば、映像通話くらい、真維のアクセスキーが無くても出来るでしょ?」
「……」
譲は言葉に詰まる。
ニッコリ笑ってはいるが、るいざは本気だ。
そして、是か否かと問われれば、是である。
が、ただし、そのためにはアメリカ連合軍のシステムに侵入する必要がある。
譲は努めて冷静に答えた。
「今の段階では、何とも言い難い」
「何故?」
「恐らく、克己の弟妹はアメリカ連合軍内に居るだろう。通話するには、アメリカ連合軍のシステムに侵入しないといけない。が、それが可能かどうか解らない」
「システム関係で譲に出来ないことなんて無いでしょ?」
「いや、ある……」
いくらなんでも、強引にも程がある理屈に、譲も引き気味だ。
「でも、やりもしないで出来ないなんて言わないわよね?」
「……」
「言わないわよね?」
るいざがニッコリ笑って、繰り返した。
笑ってはいるが、圧が凄い。
譲は、これが怒らせると怖い人間というヤツかと思いながら、しぶしぶ答えた。
「解った。可能かどうか調べてみる。可能なら、通話出来るよう努力する」
「努力は要らないわ。私が欲しいのは結果よ」
それはそうだろう。と、解るが、言うべき事は言っておかないといけないと、譲は口を開いた。
「……仮に通話出来たとして、向こうが応じてくれない可能性も高い」
「そうね。それは解ってるわ」
克己の弟妹は、ここ最近はいつも日本戦へ来てはいるが、船から降りて来はしない。
だが、以前病院に居たときの弟の雰囲気から、るいざは彼が克己に何か言いたがっている気がしていた。
「会話に応じる応じないは、そこまでの準備が整ってからの話よ」
るいざはようやく譲の前に付いていた手を退かすと、譲に聞いた。
「通話は明日には出来る?」
その言葉に、譲はため息を吐いた。
「解った。明日、通話出来るようにする」
「そう! 良かったわ。よろしくね」
今度は含みのない笑顔でるいざは軽く言うと、克己のところへ戻っていった。
「……譲、本当にそれって可能なの?」
おそるおそる麻里奈が聞くと、譲はウィンドウを消し、マグカップを持って立ち上がった。
「可能にするしかないだろ」
どうしてこう、次から次へと余計な用が増えるのか。
そう思いながら、譲はコンピュータールームの方へと歩いて行った。
一方るいざは、嬉しそうに笑って克己の向かいに座った。
「明日、通話出来るって!」
「いや、それは聞こえてたから解ったけど……」
克己の口の端が引きつっている。
「どうしたの? 何か問題でも?」
「無い。無いけど」
「けど?」
キレたるいざは恐ろしいなんて言えない。
克己はコーヒーを一口飲むと、誤魔化すように言った。
「何を話すか、考えねーとな」
「そうね。ケンカなんかしちゃったらもったいないから、聞きたいことをちゃんと整理しておかないとね」
「だな」
譲が可能と言ったんだ。何が何でも可能にするに違いない。
克己は何を聞きたいのか、何を話したいのかを考えるために、コーヒーを飲み干すと、席を立った。
「ちょっと、植物園に行ってくるよ」
「それが良いわ。マグカップは片付けておくから、ゆっくり考えたらいいわ」
「Thanks」
そう言うと、克己はテレポーテーションで消えた。
残されたのは、満足気なるいざと、不安そうな麻里奈に、脅えている憲人だけである。
「さて、片付けて夕ご飯の仕込みをしちゃおうかしら」
いつも通りのるいざに、麻里奈は慌てて言った。
「私はそろそろ農場に行こうかしら!」
「あっ、俺も久しぶりに農場行きたい!」
置いていかれたくない一心で、憲人も言う。
そうして逃げるように2人は農場へと消えていった。
その様子に、るいざは不思議そうに首を傾げた。
「変な麻里奈と憲人」
原因はるいざであるが、それを突っ込む人間はここには存在しなかった。