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27.克己の葛藤

「ウイルスによる症状は完全に治まったな。もう、普段通りにしていいぞ。よく頑張ったな」


 譲の言葉に憲人が嬉しそうに笑った。


「やっと思い切り農作業ができる!」

「農作業なのね」


 るいざが苦笑した。

 が、憲人にとっては重要なポイントだったらしい。


「だって、毎日の日課だったし、ジョンやマリアやソフィアにも会えなかったし、農産物の成長も気になるし」

「麻里奈の英才教育が行き届いてるわね」

「英才教育じゃないわ。普通の事よ」

「そうかなあ?」


 普通と信じて疑っていない麻里奈に、るいざは苦笑しつつ、克己を見た。いつもなら、克己が突っ込んだりする場面なのだが、ここ数日様子がおかしい。

 みんなで話していても、輪には入らず心ここにあらずといった具合だ。たまに麻里奈が話を振るが、聞いていない事の方が多く、麻里奈が怒ってしまい会話が成り立たない。

 るいざは気になって克己に聞いたのだが、何でもないと言われてしまった。そして、考えてみると譲と話してから様子がおかしい気がしたので、譲にも聞いてみたのだが、今は放っておいてやれと言われてしまったのだ。

 譲は原因を知っているようなので、ある意味では安心なのだが、長く続くとさすがに気になってくる。

 今も、テラスに居ることは居るが、少し離れた場所に座って、ぼんやりと中央の木を眺めている。

 いい加減焦れて、るいざはコーヒーサーバーを持つと、克己に歩み寄った。


「考え事?」

「ああ」

「コーヒーのお代わりはいる?」

「ああ。Thanks」


 るいざは克己の空になったマグカップにコーヒーを注ぐと、さり気なく言った。


「良かったら話してね。話すことで解決する事もあるし、解決しなくても、頭の中が整理されることもあるから」

「うん……」


 心配をかけていることは解っているだけに、克己も心苦しい。けれど、これは自分で答えを見つけないと意味がない。


「悪いな。不甲斐なくて」

「そうは思わないけど、なんだか頼りにされていないみたいで、少し寂しいわ」


 克己とるいざはここにくる前の、病院時代からの付き合いである。この中の誰より長いつきあいをしているのに、相談すらされないのはやっぱり寂しかった。

 るいざは克己の斜め向かいの椅子に座ると、コーヒーサーバーを置いて聞いた。


「弟さんの事?」


 克己が誰にも言わず悩んでる事が他に浮かばなくて、るいざが聞くと、克己はマグカップのコーヒーを眺めて緩く首を振った。


「……いや」


 てっきり弟さんの事だと思っていたるいざは少し驚いたが、表情には出さないで、ゆっくり次の言葉を待つ。


「……なんかさ、俺、考えが甘かったなって」


 意外な言葉が返ってきて、るいざは聞いた。


「どうしてそう思ったの?」

「……」


 今度は克己は黙ってしまう。けれど、るいざは焦ることなく克己の言葉を待つ。

 克己は会話を断ち切りたいのではなく、言葉を探しているだけだと思ったからだ。

 しばらく逡巡した後、克己は口を開く。


「譲に言われたんだ。戦争をしているんだって」

「……そうね」


 ここにいると忘れがちになるし、第三次世界大戦は終わったものの、今はその後の勢力争いのまっただ中だ。ある意味世界大戦中と言っても過言ではない。そして、日本は小国ながら、単独勢力として粘っている。


「……わからないんだ」


 小さな声で、克己が呟いた。

 るいざは聞き逃すまいと、耳をすませる。


「叶が、例えばるいざを傷付けた時、自分がどうなるか――」


 るいざは納得した。克己が悩んでいたのはこれだったのかと。


「敵同士だものね。そういうこともあるわ」

「……あるのは分かるよ。だけど、その時に自分がどんな反応をするかが解らない。叶を憎むのか、仕方ないと割り切るのか、――能力暴走するのか」


 能力の制御に一番必要なのは、使用者の精神の安定だ。それが著しく失われれば、当然能力は暴走するだろう。

 その時は、敵味方関係無く、被害が出るだろうし、何より克己自身も無事ではない。


「俺の知らないところで、叶と詩愛が戦うのも嫌だよ。だけど、俺の手の届く範囲で、俺の親しい人が犠牲になるのも嫌だ」


 その親しい人には、るいざや麻里奈、譲だけではなく、弟と妹も入っているのだろう。

 難しい問題に、るいざはコーヒーサーバーを撫でた。中途半端に入ったコーヒーが揺れる。


「せめて話が出来れば、何か変わるかもしれない。――変わらないかもしらないけど」


 克己の言葉に、るいざはふと、思い付いた。


「話。そうよ、話が出来れば良いのよね?」


 るいざの勢いに、克己が驚いた顔をする。


「けど、俺はアメリカ連合軍戦は出られない。こんな迷ってる状態じゃ、足手纏い以外の何者でもない」

「別にアメリカ連合軍と戦う必要は無いわ。話しだけすれば良いんだもの」

「それは……。いや、それが出来れば、何か吹っ切れるか?」


 克己は突然の提案に混乱している。


「でも、話なんてどうやってするんだ?」

「それは当然、私たちには頼れる仲間が居るじゃない」


 るいざはウィンクすると、席を立って、みんなの方へ戻っていった。

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