26.戦争をしているんだ
食後、譲がコンピュータールームで作業をしていると、克己が現れた。
ドアは開けっ放しで、コンピュータールームには誰が入っても構わないのに、克己は律儀にノックをして、存在をアピールする。
「何か用か?」
見られて困る物も無いので、作業を続けながら譲が聞くと、克己は譲の近くまで歩いてきて、椅子に腰掛けた。今日は珍しくマグカップを持参している。
「話ってゆーか、アメリカ連合軍との戦闘の件だけどさ」
言い辛そうに克己は続ける。
「やっぱりさ、俺も戦闘に参加したい」
予想通りの言葉に、譲はため息をついて答えた。
「ダメだ」
「でも、譲は沙月と知り合いなんだろ? 似たようなモンじゃん」
「あのな、俺とお前じゃ割り切り方が違う。お前は情が深すぎるんだ。それに、日再の軍の規定でも、近親者がいる場合、戦闘に参加出来ない規定になっている」
「そんな規定があるのか」
「レジスタンス組織もあるからな。日本人同士の戦闘も当然ある」
「なるほど。じゃ、バレなければ問題無いよな?」
「もうバレてるけどな」
「どうせ、ESPセクション内部だけの話だろ? お前のことだから、本部には届けていない」
「……」
克己の読み通り、譲は克己の弟妹のことを本部には報告していなかった。面倒なのが主な理由だったが、それ以外にも、克己はそもそも二重国籍で立場が悪い。それを更に悪化させる事も避けたかったし、何より能力者と遺伝についてのモルモットにされるのも防ぎたかった。
「本部に届けていないのに、毎回アメリカ連合軍との戦闘に参加しないのは、おかしいだろ」
「出撃記録を偽装する事もできるんだぞ?」
「そんな面倒な事をするくらいなら、俺を連れて行けばいいだろ?」
譲はため息をついてウィンドウを消した。
「なら聞くが、お前はいざという時、弟を手に掛ける覚悟はあるのか? 弟だけじゃない。妹もだ」
「――……」
克己が目を見開いた。
それにかまわず、譲は言葉を続ける。
「あるいは、それは俺かもしれないし、麻里奈かもしれないし、るいざかもしれない。その時に、お前はそれに耐えられるのか?」
「それは……」
口ごもる克己に、更に譲が言った。
「または、お前の弟妹が殺す立場かもしれない」
「っ……!」
「俺や、麻里奈、るいざを殺すのが、お前の弟妹かもしれない。お前はそれに耐えられるのか?」
「……」
克己は言葉を失う。
譲はじっと克己の目を見て言った。
「戦争をしているんだ。そして、お前の弟妹は敵なんだ。Understand?」
真っ直ぐな譲の視線に耐えきれなくて、克己はのろのろと視線を床へ落とした。
「戦争……」
改めて、自分に言い聞かせるように力無く呟く。
克己はそこまで考えていなかったのだ。
せめて話がしたいだけだった。
話せばなんとかなるなんて思っていたワケじゃないけれど、話さないと何も進まないと思っていた。
だが、それは克己だけの、勝手な話で。
敵として、アメリカ連合軍として現れた叶と詩愛は、敵で、犠牲になるのが自分ならまだ良い。だけど、その相手が麻里奈やるいざ、譲だったら許せない。
ましてや、その原因が自分だとすれば、克己は一生自分を赦せないだろう。
今日、出撃出来なくて、いてもたってもいられなかった。いっそ、自分が戦った方がマシだと思った。
けれど、それこそが甘えだった。
マグカップを握る手に力がこもり、ギリッと嫌な音を立てる。
「戦争……か」
呟いた克己に譲は歩み寄り、マグカップを取り上げた。そしてそれを机に置くと、口を開いた。
「やっと自覚したか。もう一度、じっくり考えてみろ」
そう言うと、譲はコンピュータールームを出て行ってしまった。
残された克己は、譲が与えてくれたチャンスに気付いていた。
譲は、今までのように『却下』ではなく、『もう一度じっくり考えろ』と言った。
それはつまり、結論次第では、戦闘に参加を認めると言うことだ。
だが、克己は決められなかった。
叶や詩愛を、自分の手で殺すことが出来るのか? それとも、譲や他の誰かが殺すのを見て、冷静で居られるのか?
考えたくないが、麻里奈やるいざを、叶や詩愛が殺したとしても、必要な犠牲だったと割り切って、前へ進めるのか?
「わっかんねーよ……」
克己は力無く呟いて、目を閉じた。