25.パンとご飯
少し遅めになった夕食に現れた克己は、いつも通りの顔をしていた。
緊急任務があったため、真維が気を回したのか、マリアさんからシチューの差し入れもあり、るいざが作っていた鶏のソテーやラタトゥイユ、サラダ等が揃い、今日も豪華な夕食になった。
「パンとご飯どっちが良い?」
るいざの問いに、パンを希望したのが譲と憲人、ご飯を希望したのが麻里奈とるいざ、両方と答えたのが克己だ。
「お、珍しくハードブレッドだ」
克己が嬉しそうに切り分ける。
「ソフィアが焼いた、ライ麦のパンとベリーとクルミのパンですって。マリアが差し入れしてくれたシチューと一緒に入っていたの」
「良いね!」
克己は切り分けたパンを憲人と譲に渡し、自分の分も切り分ける。
それを見て、るいざが言った。
「美味しそうね。私も明日の朝食べようかしら」
「残しておいた方が良い?」
「まだあるから平気よ。たくさん焼いてくれたみたい」
「真維様々だな」
「本当ね。私も、夕食を頼むところまで頭が回らなかったし」
「私も農場に居たのに、お菓子のことで頭がいっぱいだったわ」
「麻里奈はそれが通常運転だから大丈夫」
「それどういう意味よ!」
「深い意味は無い」
「本当でしょうね?」
麻里奈が疑いの目で克己を見るが、克己は気にせず鶏にナイフを入れた。
どうやら本当に深い意味はなかったようだと判断し、麻里奈は憲人を見た。
「それにしても、憲人がパンを選ぶとは思わなかったわ」
「そうね。私もてっきりご飯だと思ってたわ」
るいざも同意すると、憲人はベリーのパンを千切って答えた。
「このところ、ずっとお粥とかご飯だったから、久しぶりにパンを食べたくなっただけだよ」
「ああ、なるほど」
そう言われてみれば、寝込んでいた間はお粥やリゾット等、消化の良い物中心だった。とくれば、パンが食べたくなるのも納得だ。
「ごめんね。パンの病人食のレパートリーが少なくて」
「ううん。ご飯も美味しいし、好きだから大丈夫だよ」
謝ったるいざに、憲人が笑って答える。実際、普通の状態でご飯とパンの選択を迫られたら、憲人はご飯を選ぶ。味もさることながら、収穫を手伝ったからというのが大きい。
「でも、今日は早く終わって良かったわね」
麻里奈がシチューをすくいながら言うと、るいざも頷いた。
「誰も怪我をせずに済んだしね」
「それが一番よね」
同意する麻里奈を横目に、克己は譲に聞いた。
「シールドの強さは譲より俺のが強いハズなのに、なんでお前は無傷なんだ? 沙月と戦闘したんだろ?」
「した。お互い、相手の手の内を読みあって効率的に攻撃も防御もするから、強度が違う」
譲の言葉に、麻里奈が口を挟む。
「譲は沙月と知り合いなんでしょ? やりにくくないの?」
「別に。敵なら心置きなく戦えるし、下手に味方にいる方がやりにくい」
「その気持ちは良く分からないわ」
るいざが呆れて言った。
「沙月は見ての通りまだ子どもだし、能力も強いから、止める人間が周りに居なくて自己中なんだ。あれを制御する労力を払うくらいなら、敵対していた方が良い」
そう言った譲に、麻里奈が首を傾げた。
「随分詳しいのね。最近も連絡とってたの?」
「いや――。戦前に会ったのが最後だった」
「そのわりに能力についても詳しいじゃない」
「それは……、まあ、色々あったんだ」
「色々って?」
麻里奈が聞いたが、譲はそれ以上は答えず、パンを口に入れた。そして、思い出したように克己を見た。
「そう言えば、克己に講師を頼みたいんだが」
「は? 講師? 何の?」
「英語の」
「英語? お前は英語ペラペラだろ?」
「俺にじゃない。るいざと麻里奈と憲人にだ」
「憲人は分かるけど、るいと麻里奈も必要なの?」
不思議そうに克己が聞くと、るいざが言った。
「テレパシーは、相手の思考を読んだり、会話を聞いたりもできるんだけど、その時に必要だったの」
「ああ。会話はさすがに相手の言葉だもんな。もしかして思考もそうなのか?」
「思考は、深い感情は言葉は関係ないんだけど、表層化してくるものは、母国語になるわ」
「そーなのか」
納得した克己に譲が言う。
「と言うわけで、主に必要なのはるいざだが、英語は話せて損は無いからな。可能ならるいざは他の言語も覚えたいところだが、あれこれ手を出しても仕方ない」
「そうね。とりあえず英語で手一杯よ」
「そういうことならOK。俺で良ければ講師やるよ。でも、人に教えたことなんか無いから、譲のが上手そうだけどな」
「俺は忙しい。それに、俺が教えるとクイーンズイングリッシュになる。今回必要なのは、アメリカ英語だ。まあ、真維が手伝うから大丈夫だろ。学校で学ぶようなヤツじゃなくて、実践用の方を頼みたいしな」
「ああ……。日本の学校の英語って特殊だもんな」
高校から日本に来ていた克己は、一応日本の英語の授業も受けたことがある。が、ネイティブのくせに成績は散々だった。
「基本的な進め方は真維が作るから、克己は自由にやってくれて良い。明日から頼む」
「OK。それなら気楽でいいや」
克己は笑顔になると、シチューを平らげてお代わりをした。
が、どことなく無理をして笑っているのが分かる。だからと言って、あえてそこに触れるような人間は居ない。
「テレパシーか。あったら便利そうだよな」
克己が言うと、麻里奈が反応した。
「それよりテレポーテーションの方が便利よ。今日も不便だったんだから!」
「そうなのか?」
「移動が車になるから、色々制限されて、克己が居たらって思ったわよ」
麻里奈の言葉に、克己は照れくさそうな顔をした。
麻里奈は基本的に裏表がない。だから、彼女の言葉はそのまま本音なのだ。
「そうだな。俺も参戦したいよ」
克己が小さく呟いた言葉は、譲は聞こえないフリをした。